どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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1巻【一】

7 俺なら、お前のこと分かってるのに

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 まだ早いけど、戻って練習しよう。

 スマホで時間を確認すると、朔也は定食を掻き込んで席を立った。が、椅子の脚が床のタイルに引っかかって思いがけずガタガタと音を立てる。すると離れたテーブルにいた山宮が顔をあげてばちりと目が合った。既に完食していたようだ。空いた丼一つと水の入ったコップを横に置き、なにやら冊子を広げてペンを持っている。

 流れで「よ」と笑いかけると、山宮は目で頷くようにし、冊子を閉じた。まだマスクはつけていなかった。

「勉強?」

 トレーを持ったまま近づいて声をかけると、彼は首を横に振った。

「別に。部活関係のものを見てただけ」

 だが、その冊子はコピーをホチキスで止めた手作りのもので、表紙は真っ白だ。それがなんなのか見当もつかない。

「それ、なに?」

 妙に気になり、「山宮って何部だっけ」と向かいに腰を下ろした。

 多分、写真部とか、将棋部とか、そういう系だろう。文芸部だったらいかにもって感じだけど――そんなふうに思ったところへ「放送部」という予想の斜め上を行く答えが返ってきた。

「放送部?」
 想像もしていなかった、というより、そういう部活があったとは知らなかった朔也は驚いた。

 放送部……? 新歓の部活紹介で聞いた覚えがない。文化祭でなにかを展示したりデモンストレーションを行ったりしていた記憶もない。いや、おれが自分の部活動に夢中だったから覚えていないのか――。

 思い返すと、中学校に放送委員はいたような気がする。が、彼らがなにをしていたのかまでは覚えていない。

「それって放送委員とは違うの?」

 するとその質問は聞き飽きたと言わんばかりに、山宮がため息を漏らして頬杖をついた。

「うちの学校に放送委員会はねえわ」
「そう、だっけ? 放送部ってなにするの?」
「いろいろ雑多。筋トレするところは運動部と同じじゃね」

 彼はあっさりそう言ったが、放送部がてっきり文化部だと思った朔也は想定外の答えに再び驚いた。

「え? 筋トレするの? なんで?」
「なんでって……書道部と変わかんなくね。体作りのためだろ」
「あれ、おれが書道部だって知ってるんだ?」
「自己紹介で全国制覇するとか大見得切ったやつのことくらい覚えるわ」
「そ、そうか。えっと、それで、放送部って文化部じゃないんだ? なんで筋トレ?」

 すると山宮がきゅっと口を引き結び、考えるような目つきでじろじろとこちらを見た。

 あれ、なんか失敗したか?

 朔也の背中にたらりと汗が流れた。

 目が合ったから話しかけただけなんだけど。なんでそんなに見てくるんだ?

 普段の学校生活では接点もない上に、マスクを外した彼と向き合うのは罰ゲームのときくらいで、その顔をはっきりと見つめるのは初めてだった。

 いつもは隠れている色白の肌やスッと通った鼻梁が際立って、睫毛にかかる前髪の隙間から右目に泣きぼくろが覗いている。ストレートの黒髪も手入れがいいのか艶があり、つむじを頂点にしたツーブロックの髪型も似合っている。

 山宮って、よくよく見るとやっぱりかっこいいんだな。マスクなんてしなきゃいいのに。でも、体が弱いとか事情があるのかもしれないし、うかつなことは言えないか。というか、かっこいいというより、視線から妙な空気が漂ってくるような――。

 そのとき、頬杖をついたまま彼が口を開いた。

「折原って、そういうとこ自覚ねえんだな」
「え、なにが?」
「お前、他人に興味ねえだろ」

 思いがけず強い言葉が朔也の腹をえぐった。が、彼は瞬きもせず鋭い眼差しでこちらを見てくる。

「今の質問に意味はない。ただ会話を続けるための浅い好奇心。同じクラスでも俺のことなんてなんも知らねえ。さっきそこで一緒に食べてたやつらもそう。オトモダチと仲良しこよしのぬるま湯が大好き。いつもへらへら適当にやり過ごしてる。自分も傷つきたくねえし相手も傷つけたくないのでこっそり壁を作ってます――そんなとこ?」

 急にどっどっと心臓が音を立て始めた。背中にさあっと冷たいものが走って、こぶしをぎゅっと握る。

――折原君ってさ、ホント残念だよね……。
――できるアピールうぜえんだよあいつ。
――折原、最近元気がないぞ。なにかあったなら先生に話してくれ。

 蘇る記憶に無理矢理蓋をして口の端を引っ張り上げた。

「それは、言い方きつくない? へらへらとか、ひどいな。笑顔を心がけてるだけだけど」
「……まあ、お前はそう言うわな。でも折原って、胡散臭い笑顔のときがあるぞ」

 彼がテーブルに手をつき、向かいにいる朔也のほうへ身を乗り出す。

「俺なら、お前のこと分かってるのに」

 思わず体がびくっとする。そんな朔也の耳元に更に顔が近づいた。

「……告白する相手のことくらい、俺はちゃんと見てるんだぜ?」

 いつもとは違う低く囁くような声に体をぞくりとなにかが走り抜ける。が、次の瞬間、頭をぽすっとはたかれた。反射的に顔をあげれば、丸めた冊子片手に山宮がふふんとこちらを見下ろしている。

「なんてな。クリスマスに予定のない折原君、ちょっとはどきどきしたか? 放送部のことを知りたきゃ委員長に聞きな。あいつなら知ってっから」

 動けない朔也の前から彼は食器を持って立ち去った。
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