どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

文字の大きさ
上 下
13 / 145
1巻【二】

4 線対称

しおりを挟む
 段ボールを抱えたまま室内をきょろきょろと見回していると、上履きを脱いで部屋にあがった山宮に「折原」と呼ばれた。

「その箱、右の棚に置いて」

 言われて朔也は入り口すぐ側の棚を見た。だが、天井まで続く棚には使い古された段ボールがひしめき合っている。空いているスペースもあったが、どこに置けばいいのかさっぱり分からない。

「えっと、何段目?」
「下から二段目。緑の線が入ってる段ボールは一番下。紙袋は上の空いてるとこに並べて。紺色の紙袋は入り口の横に適当に置いて」

 山宮はてきぱきと朔也に指示をすると、大きな台の前に立った。

 突然、山宮の腕がふわりと浮いた。学ランの袖から覗く細い手がピアニストのように台へと伸びる。きれいに爪が切られた指先がメモリのついた黒い盤のスイッチを弾いた。

 パチンパチン。

 マスクをしていても分かる。山宮の横顔が生き生きとして、黒い瞳に輝きがともる。楽器を弾くような慣れた手つきで白い指が機械の上を滑り、無機質なボタンたちが軽快なリズムで音を奏でた。うっかり自分が触れば不協和音を起こしてしまいそうな調べだ。

 興味をそそられた朔也はすぐに荷物を運んで棚に納めた。が、最後の紙袋を運び入れたとき、既に彼は機械から離れ、壁に凭れて床に直に座っていた。学ランは横にたたまれ、紺色のセーターを着たリラックスした様子で片膝を立てている。

「外の荷物はこれでおしまいだけど、次は?」

 そう言って紙袋を入り口の脇に置くと、山宮がこちらを見て頷いた。

「片づけ終了。サンキュ。助かったわ」

 どうやら自分は用なしになったらしい。が、その物珍しい部屋に朔也は「そこってなに?」と窓と反対側の壁にある小さなカーテンを指した。ところが、山宮はそれに答えず眉間にしわを寄せる。

「扉」
「え?」
「扉閉めろよ。埃とか入ってくるだろ。機械は繊細なんだよ」
「え? あ、ごめん!」

 慌ててしゃがみ込んでストッパーを外すと、重い扉がこちらに閉まりかけてガンッと思い切り頭に当たった。

「いってッ」

 あまりの衝撃に思わず頭を両手で押さえる。が、朔也の抗議の声も虚しく扉は他人事のように大きな音を立ててしまった。半分涙目で山宮のほうへ向き直ると、彼は少し呆れたようにこちらを見ていた。

「折原ってがさつだな……静かに閉めろよ」
「あんなに重いなんて思わなくて」
「放送室なんだから、防音扉なのは当然だろ」

 山宮は平然とそう言った。

 だから金属の分厚い扉だったのか。

 上履きを脱いで、上がり框へと膝をつく。床は音を吸収するためだろうか、水色のカーペットになっていた。学校らしさとは違う部屋の空気になんだか身が縮こまる。再び部屋を見回した朔也の目が、扉横に置いた紙袋から覗いているそれを捉えた。

「あ、これ」

 それは食堂で山宮と会ったときに、彼が読んでいた冊子だった。手にとると、やはりプリントをホチキスで留めただけの手作り冊子だということが分かる。

「ああそれな。それは、今日使った台本で」

 そう説明する山宮の声が突然遠ざかった。 

――一年D組 山宮基一

 裏表紙に書かれた縦書きの名前が朔也の目に飛び込んでくる。思わず息を呑んでその文字を食い入るように見つめていると、突然冊子を奪われた。「あ」という言葉と目がそれを追う。山宮が露骨に嫌そうな顔をした。

「お前、今、字が下手だなとか思ったろ。これだから書道部は」
「……山宮」

 言葉を遮りずいっと朔也が手をついて身を乗り出すと、彼が少し驚いたように後ろへ身を引いた。が、朔也は構わず叫んだ。

「山宮の名前、最高だ!」
「……は?」
「基一って完璧な線対称じゃん! すっごくきれいな名前! 羨ましい!」

 ほら、と冊子を奪い返して手書きの字を指し、山宮の眼前に突きつける。

「な!? 『基一』って縦書きだと線対称だろ! おれの名前と全然違う! ああ、おれもこういう名前がよかった! って、親にそんなこと言えないけど。もう、基一って最高! 名前を書くだけですっごく横線の練習になる!」
「……お前、バカにしてんのか」

 山宮がなにか言ったのは聞こえたが、朔也の意識はすぐに名字のほうに向いた。

「あっ、山宮って名字もほぼ線対称だ! すごい! すごすぎる‼ あのさ、山宮の名前って篆書に向いてると思うんだ。きれいに左右対称になるし、見た目もおしゃれだし。印鑑を作るなら断然篆書がお勧め! いや、『一』に特徴を出すには隷書がいいのかな……? そうだ、山宮の家って表札どんなの!? うちは母親が選んだんだけど、行書なんだ。つなげ字ってかっこよく見えるのかな? 折原って名字自体カクカクした雰囲気だし、楷書よりもいいかなとも思うけど。って、おれの家じゃない、山宮の家だ!  なあ、表札どんなの!? どんな書体!?」

 王道で楷書か。でも隷書がいい。絶対隷書が似合う。

 朔也はわくわくして答えを待ったが、何故か緊張した様子で山宮がごくりと喉を鳴らした。

「……ローマ字でYAMAMIYA」
「ローマ字!?」

 朔也は悲鳴をあげた。
「なんで!? なんで漢字じゃないんだよ!?」

 だんっと床に手を打ちつけてがくりと肩を落とすと、「んなこと言われても」とぼやく声がした。

「どうして……どうしてローマ字に……せっかくの美しい名字が……」
「なんで折原が悔しがる」
「山宮……全国にどれだけ美しい線対称の名字があると思う……篆書も隷書も似合うのに、案外いないんだ……」
「そんな価値観で人の名字見たことねえわ」
「おれのイチ押しは高木さん……特に梯子の髙だったんだけど、山宮もすごくいいって気づいたのに……こんなにいいのに……表札がローマ字だなんて……」
「……今初めて気づいたけど、YAMAMIYAはローマ字でも線対称だし、それでよくね」
「うそ!?」

 朔也ががばっと顔をあげると、その勢いに彼がびくっとしたように体を揺らした。

「ローマ字でも線対称!? うわ、すごい、すごいよ山宮! すごい! いや、すごいけど……でも、できれば、表札は、漢字であってほしかった……」

 防音の部屋に沈黙が下りる。数秒後にはあとため息をついて朔也は顔をあげた。

「山宮、将来家を買ったら表札は漢字にしなよ……」

 なんのアドバイスだよ、とぼそりと呟く声がする。朔也は改めて手元の冊子の字を見つめた。山宮の手書きの文字は一画一画がきちっきちっと書かれていて、ゴシック体のように見やすい字だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

婚約破棄された王子は地の果てに眠る

白井由貴
BL
婚約破棄された黒髪黒目の忌み子王子が最期の時を迎えるお話。 そして彼を取り巻く人々の想いのお話。 ■□■ R5.12.17 文字数が5万字を超えそうだったので「短編」から「長編」に変更しました。 ■□■ ※タイトルの通り死にネタです。 ※BLとして書いてますが、CP表現はほぼありません。 ※ムーンライトノベルズ様にも掲載しています。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...