12 / 145
1巻【二】
3 知らないなら、知ってやろうじゃん
しおりを挟む
空気が淀んでいる。
朔也は筆を止めて顔をあげた。
その日、部活は筆供養の話し合いだけで終わりとなったが、朔也は自主練のために午後も書道室に残っていた。自主練に参加しているのは四人。皆が集中して黙々と取り組んでおり、昼休み以降空気の入れ換えをしていなかった。
これは小休止だな。そう悟った朔也は書道室を出た。廊下でぐぐっと伸びをすると凝り固まっていた筋肉がほぐれる。前髪を留めていたピンを外してカーディガンの胸元につけた。
外の空気を吸いたくなった朔也はなんとなく窓へと近づき、二階のそこから校庭を見下ろした。
この高校の本校舎は平行する二つの棟を三本の廊下を挟んでつながっている。廊下と校舎にぐるりと囲まれた部分が例の中庭であり、南側のコの字の部分は校庭を囲む形だ。
午前中降り出した雨はもうあがっていたが、校庭で活動している部活はない。水の筋が残る窓を開けると冷たい空気がびゅっと髪の間をすり抜けていった。雨のにおいが鼻先をかすめる。
白い息をつきながら新鮮な空気を味わっていると、職員室に通じる廊下から教師と一緒に出てきた山宮の姿を発見した。植え込みの並ぶ外廊下に段ボールやら袋やら荷物が積んであり、それらを指さしながらなにやらやり取りをしている。
山宮が何事か言い、頷いた。教師だけが校舎内へと戻っていく。山宮が積み上げた段ボールを重ねて持とうとして、すぐに諦めたように一番上の箱だけ持った。どうやら重すぎたらしい。校庭に面した小部屋に出たり入ったりした。
ちょこまかと動いている山宮を見て、朔也はぷっと噴き出した。
あんなこと言ってたのに、山宮もクリスマスに学校に残ってるじゃん。
気づけば階段を下りていた。水たまりの残る校庭を突っ切って山宮がいるほうへ歩いていく。
「山宮」
部屋から出てくるのと同時に声をかけると、彼は弾けるように顔をあげた。
「……なんだ、折原かよ」
「なんだ、ってなんだよ。クリスマスに予定のない折原君は部活の休憩中なんだけど、山宮君はクリスマスになにしてるの」
嫌味が通じたのか、眉をきゅっと寄せて山宮はそこにある袋を抱えた。
「部活の後片づけ」
彼はそう言い切ると、会話は終了したと言わんばかりにくるりと背を翻した。拒絶感の漂う濃紺の学ランの背中。
瞬間、朔也の耳に数日前の彼の声が蘇った。
――他人に興味ねえだろ。
――俺のことなんかなんも知らねえ。
こちらの存在など忘れたかのように一人荷物を抱える彼を見、ふとその感情が湧き起こった。
知らないなら、知ってやろうじゃん。その部活の片づけ、絶対に手伝ってやる。
カーディガンの袖を捲りながら「手伝う」と言うと、彼は驚いたように荷物を持つ手を止めた。
「書道部、まだやってんじゃねえの」
「自主練だから大丈夫」
「……一人でできるし、手伝いなんていらねえわ」
「でも、放送部がどんな部活なのか、答えをまだ聞いてないしさ」
すると意外だったのか、山宮が丸く目を見開いた。が、すぐに地面に置いてある箱や袋を見て顎をしゃくる。
「それ、運んで。絶対落とすなよ、繊細な機材も入ってっから」
山宮が小部屋の左側に回り、取っ手に手をかけてぐっと力を入れて扉を開けた。その様子から、普通とは違う、重たい扉だということが分かる。山宮が扉の下に大きなドアストッパーを咬ませたが、それでもズズッと扉が動いた。
小部屋は外廊下のほうへぽこんと突き出た形になっており、校庭に面した部分は五、六メートルほどあるだろうか、大きなはめ殺しの窓があって、内側のカーテンは閉まっている。左側にある入り口から部屋の中を見ると、部屋の幅はその奥行きの半分ほどしかなかった。
先にあがって上履きを脱いだ山宮がパチンと部屋の電気をつけた。急な眩しさに思わず目を瞬かせる。そっと目蓋を開けると室内の様子がはっきりとした。
「お邪魔します……」
小さく断って入る。その部屋にはなんだか分からない機械がうずたかく積み上げられていた。
家庭用のDVDデッキと同じような四角いデッキがずらりと縦に並んでいるところもあれば、複雑なスイッチが並ぶ壁もある。校庭に面したカーテンの前には、手前に傾斜した幅広い台が設置されていた。一面に白や黄色、緑などの丸い突起やつまみ、ボタンなどがぎっしりと行儀よく列をなしている。
その中央に銀色のマイクが据えられていて、ひときわ存在感を放っていた。そこでようやく朔也の頭の中でマイクと放送部という言葉が結びついた。
そうか、ここが放送室で、放送部の部室なんだ。
だが、部室と呼ぶにはなんだか敷居が高い。独特な部屋の形とおびただしい機械群にただただ圧迫される。教室にあるものと同じ椅子が一脚だけあったが、隅に追いやられていた。
朔也は筆を止めて顔をあげた。
その日、部活は筆供養の話し合いだけで終わりとなったが、朔也は自主練のために午後も書道室に残っていた。自主練に参加しているのは四人。皆が集中して黙々と取り組んでおり、昼休み以降空気の入れ換えをしていなかった。
これは小休止だな。そう悟った朔也は書道室を出た。廊下でぐぐっと伸びをすると凝り固まっていた筋肉がほぐれる。前髪を留めていたピンを外してカーディガンの胸元につけた。
外の空気を吸いたくなった朔也はなんとなく窓へと近づき、二階のそこから校庭を見下ろした。
この高校の本校舎は平行する二つの棟を三本の廊下を挟んでつながっている。廊下と校舎にぐるりと囲まれた部分が例の中庭であり、南側のコの字の部分は校庭を囲む形だ。
午前中降り出した雨はもうあがっていたが、校庭で活動している部活はない。水の筋が残る窓を開けると冷たい空気がびゅっと髪の間をすり抜けていった。雨のにおいが鼻先をかすめる。
白い息をつきながら新鮮な空気を味わっていると、職員室に通じる廊下から教師と一緒に出てきた山宮の姿を発見した。植え込みの並ぶ外廊下に段ボールやら袋やら荷物が積んであり、それらを指さしながらなにやらやり取りをしている。
山宮が何事か言い、頷いた。教師だけが校舎内へと戻っていく。山宮が積み上げた段ボールを重ねて持とうとして、すぐに諦めたように一番上の箱だけ持った。どうやら重すぎたらしい。校庭に面した小部屋に出たり入ったりした。
ちょこまかと動いている山宮を見て、朔也はぷっと噴き出した。
あんなこと言ってたのに、山宮もクリスマスに学校に残ってるじゃん。
気づけば階段を下りていた。水たまりの残る校庭を突っ切って山宮がいるほうへ歩いていく。
「山宮」
部屋から出てくるのと同時に声をかけると、彼は弾けるように顔をあげた。
「……なんだ、折原かよ」
「なんだ、ってなんだよ。クリスマスに予定のない折原君は部活の休憩中なんだけど、山宮君はクリスマスになにしてるの」
嫌味が通じたのか、眉をきゅっと寄せて山宮はそこにある袋を抱えた。
「部活の後片づけ」
彼はそう言い切ると、会話は終了したと言わんばかりにくるりと背を翻した。拒絶感の漂う濃紺の学ランの背中。
瞬間、朔也の耳に数日前の彼の声が蘇った。
――他人に興味ねえだろ。
――俺のことなんかなんも知らねえ。
こちらの存在など忘れたかのように一人荷物を抱える彼を見、ふとその感情が湧き起こった。
知らないなら、知ってやろうじゃん。その部活の片づけ、絶対に手伝ってやる。
カーディガンの袖を捲りながら「手伝う」と言うと、彼は驚いたように荷物を持つ手を止めた。
「書道部、まだやってんじゃねえの」
「自主練だから大丈夫」
「……一人でできるし、手伝いなんていらねえわ」
「でも、放送部がどんな部活なのか、答えをまだ聞いてないしさ」
すると意外だったのか、山宮が丸く目を見開いた。が、すぐに地面に置いてある箱や袋を見て顎をしゃくる。
「それ、運んで。絶対落とすなよ、繊細な機材も入ってっから」
山宮が小部屋の左側に回り、取っ手に手をかけてぐっと力を入れて扉を開けた。その様子から、普通とは違う、重たい扉だということが分かる。山宮が扉の下に大きなドアストッパーを咬ませたが、それでもズズッと扉が動いた。
小部屋は外廊下のほうへぽこんと突き出た形になっており、校庭に面した部分は五、六メートルほどあるだろうか、大きなはめ殺しの窓があって、内側のカーテンは閉まっている。左側にある入り口から部屋の中を見ると、部屋の幅はその奥行きの半分ほどしかなかった。
先にあがって上履きを脱いだ山宮がパチンと部屋の電気をつけた。急な眩しさに思わず目を瞬かせる。そっと目蓋を開けると室内の様子がはっきりとした。
「お邪魔します……」
小さく断って入る。その部屋にはなんだか分からない機械がうずたかく積み上げられていた。
家庭用のDVDデッキと同じような四角いデッキがずらりと縦に並んでいるところもあれば、複雑なスイッチが並ぶ壁もある。校庭に面したカーテンの前には、手前に傾斜した幅広い台が設置されていた。一面に白や黄色、緑などの丸い突起やつまみ、ボタンなどがぎっしりと行儀よく列をなしている。
その中央に銀色のマイクが据えられていて、ひときわ存在感を放っていた。そこでようやく朔也の頭の中でマイクと放送部という言葉が結びついた。
そうか、ここが放送室で、放送部の部室なんだ。
だが、部室と呼ぶにはなんだか敷居が高い。独特な部屋の形とおびただしい機械群にただただ圧迫される。教室にあるものと同じ椅子が一脚だけあったが、隅に追いやられていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
学園の天使は今日も嘘を吐く
まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」
家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。


婚約破棄された王子は地の果てに眠る
白井由貴
BL
婚約破棄された黒髪黒目の忌み子王子が最期の時を迎えるお話。
そして彼を取り巻く人々の想いのお話。
■□■
R5.12.17 文字数が5万字を超えそうだったので「短編」から「長編」に変更しました。
■□■
※タイトルの通り死にネタです。
※BLとして書いてますが、CP表現はほぼありません。
※ムーンライトノベルズ様にも掲載しています。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

真冬の痛悔
白鳩 唯斗
BL
闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。
ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。
主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。
むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる