どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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1巻【二】

3 知らないなら、知ってやろうじゃん

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 空気が淀んでいる。

 朔也は筆を止めて顔をあげた。

 その日、部活は筆供養の話し合いだけで終わりとなったが、朔也は自主練のために午後も書道室に残っていた。自主練に参加しているのは四人。皆が集中して黙々と取り組んでおり、昼休み以降空気の入れ換えをしていなかった。

 これは小休止だな。そう悟った朔也は書道室を出た。廊下でぐぐっと伸びをすると凝り固まっていた筋肉がほぐれる。前髪を留めていたピンを外してカーディガンの胸元につけた。

 外の空気を吸いたくなった朔也はなんとなく窓へと近づき、二階のそこから校庭を見下ろした。

 この高校の本校舎は平行する二つの棟を三本の廊下を挟んでつながっている。廊下と校舎にぐるりと囲まれた部分が例の中庭であり、南側のコの字の部分は校庭を囲む形だ。

 午前中降り出した雨はもうあがっていたが、校庭で活動している部活はない。水の筋が残る窓を開けると冷たい空気がびゅっと髪の間をすり抜けていった。雨のにおいが鼻先をかすめる。

 白い息をつきながら新鮮な空気を味わっていると、職員室に通じる廊下から教師と一緒に出てきた山宮の姿を発見した。植え込みの並ぶ外廊下に段ボールやら袋やら荷物が積んであり、それらを指さしながらなにやらやり取りをしている。

 山宮が何事か言い、頷いた。教師だけが校舎内へと戻っていく。山宮が積み上げた段ボールを重ねて持とうとして、すぐに諦めたように一番上の箱だけ持った。どうやら重すぎたらしい。校庭に面した小部屋に出たり入ったりした。

 ちょこまかと動いている山宮を見て、朔也はぷっと噴き出した。

 あんなこと言ってたのに、山宮もクリスマスに学校に残ってるじゃん。

 気づけば階段を下りていた。水たまりの残る校庭を突っ切って山宮がいるほうへ歩いていく。

「山宮」

 部屋から出てくるのと同時に声をかけると、彼は弾けるように顔をあげた。

「……なんだ、折原かよ」
「なんだ、ってなんだよ。クリスマスに予定のない折原君は部活の休憩中なんだけど、山宮君はクリスマスになにしてるの」

 嫌味が通じたのか、眉をきゅっと寄せて山宮はそこにある袋を抱えた。

「部活の後片づけ」

 彼はそう言い切ると、会話は終了したと言わんばかりにくるりと背を翻した。拒絶感の漂う濃紺の学ランの背中。

 瞬間、朔也の耳に数日前の彼の声が蘇った。

――他人に興味ねえだろ。
――俺のことなんかなんも知らねえ。

 こちらの存在など忘れたかのように一人荷物を抱える彼を見、ふとその感情が湧き起こった。

 知らないなら、知ってやろうじゃん。その部活の片づけ、絶対に手伝ってやる。

 カーディガンの袖を捲りながら「手伝う」と言うと、彼は驚いたように荷物を持つ手を止めた。

「書道部、まだやってんじゃねえの」
「自主練だから大丈夫」
「……一人でできるし、手伝いなんていらねえわ」
「でも、放送部がどんな部活なのか、答えをまだ聞いてないしさ」

 すると意外だったのか、山宮が丸く目を見開いた。が、すぐに地面に置いてある箱や袋を見て顎をしゃくる。

「それ、運んで。絶対落とすなよ、繊細な機材も入ってっから」

 山宮が小部屋の左側に回り、取っ手に手をかけてぐっと力を入れて扉を開けた。その様子から、普通とは違う、重たい扉だということが分かる。山宮が扉の下に大きなドアストッパーを咬ませたが、それでもズズッと扉が動いた。

 小部屋は外廊下のほうへぽこんと突き出た形になっており、校庭に面した部分は五、六メートルほどあるだろうか、大きなはめ殺しの窓があって、内側のカーテンは閉まっている。左側にある入り口から部屋の中を見ると、部屋の幅はその奥行きの半分ほどしかなかった。

 先にあがって上履きを脱いだ山宮がパチンと部屋の電気をつけた。急な眩しさに思わず目を瞬かせる。そっと目蓋を開けると室内の様子がはっきりとした。

「お邪魔します……」

 小さく断って入る。その部屋にはなんだか分からない機械がうずたかく積み上げられていた。

 家庭用のDVDデッキと同じような四角いデッキがずらりと縦に並んでいるところもあれば、複雑なスイッチが並ぶ壁もある。校庭に面したカーテンの前には、手前に傾斜した幅広い台が設置されていた。一面に白や黄色、緑などの丸い突起やつまみ、ボタンなどがぎっしりと行儀よく列をなしている。

 その中央に銀色のマイクが据えられていて、ひときわ存在感を放っていた。そこでようやく朔也の頭の中でマイクと放送部という言葉が結びついた。

 そうか、ここが放送室で、放送部の部室なんだ。

 だが、部室と呼ぶにはなんだか敷居が高い。独特な部屋の形とおびただしい機械群にただただ圧迫される。教室にあるものと同じ椅子が一脚だけあったが、隅に追いやられていた。
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