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1巻【一】

5 今井

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「朔ちゃんおはよ!」

 翌朝、部活に向かうバス内で聞き覚えのある声がした。車内広告の「たんぽぽ薬局」というポップな字から目を逸らしてそちらを見やる。同じ中学から進学したもう一人の女子が、温かそうなオレンジ色のマフラーを巻き、いつものポニーテール姿で手をひらひらさせてバスに乗ってきた。

 一つ前の座席に座ると、笑顔で「試験はどうだった?」とこちらを見てきた。プシューと閉まる扉の音に被せて「まあまあかな」と答えると、彼女がいたずらっ子のような目になる。

「朔ちゃんのまあまあはできたって意味だからな、その台詞は信用できない」

 朔也は内心苦笑した。これまでの試験ではクラス一位、学年順位五位以内をキープしている。が、クラス順位も学年順位も張り出されるわけではない。誰に点数や順位を聞かれてもいつも適当に濁しているが、彼女とは中学時代で学年トップを競っていた仲だ。互いに見当がついている。

「今井はどうだった?」
「あたし? あたしもまあまあかなー」

 嫌味でない程度に照れ笑いする様子に朔也もつられて笑った。

「今井のまあまあって、ホントにまあまあのときだよね」
「朔ちゃん鋭い! 今回は地理が意味不明でした! 地図の読めないあたしに外国の気候は無理だよ」
「でも、学年順位は一桁だろ」
「それが、前回十五位に落ちちゃって」

 朔也たちの高校は一学年七クラスある。偏差値もそこそこあるこの高校での十五位をどう捉えるかは自由だが、彼女本来のできを考えれば不本意なのだろう。

「前回は国語がね。序詞とか縁語とか訳し方は難しいし、勅撰和歌集を挙げよの問いに万葉集って書いたらバツになったし」
「あれは暗記モノ。それに、万葉集は有名だけど勅撰じゃないし」
「チョクセンってどういう意味だっけ?」
「教科書に載ってるよ」
「朔ちゃんって意地悪だなー」

 気負うことなくぽんぽんと会話が成り立つ彼女とはなんだかんだで縁がある。同じクラスで出席番号は今井と折原で前後だし、同じく書道パフォーマンスに憧れて進学したので部活も同じだ。小学校は学区が違ったが書道教室は同じなので、幼稚園の頃から隣で筆を握ってきた幼馴染みと言っていい存在である。

 そこでふと黒髪マスクの彼を思い出した朔也は「なあ」と改めて声をかけた。

「なんで毎回山宮と点数競争するの? いつまでやるつもり?」

 するとクラス委員長でもある彼女が大袈裟に肩をすくめた。

「山宮君、勉強に真剣に向き合ってなかったからもどかしくって。それで勝負しようって言ったのが始まり。なんの科目かは交代で決めてる。今回はあたしが数学って決めた」

 いかにも姉御肌の今井が考えそうなことだ。半分納得しつつも、クラスで自分と一、二を競っているはずの彼女と赤点スレスレの山宮では勝負にならないのではとも思う。

「山宮、勉強ができそうな雰囲気はあるんだけどな」

 実際、山宮基一というクラスメイトの第一印象は「真面目キャラ」だ。休み時間でも本を読んでいるところを見かけるし、授業中に注意されているところは見たことがない。いつも淡々とした態度で、普段からつけているマスクのせいか、あまり笑わないし喋らない。だが、陰キャに徹しているわけではないらしく、誰かに話しかけられれば答える。今井や副委員長などのクラスの中心メンバーと話している印象が強い。

 と、今井の声が続く。

「山宮君って、ちょっと朔ちゃんと似てるでしょ? だから応援したくてあたしが意地になって競争してるところもあるかな」
「山宮とおれが似てる? どこが?」

 すると彼女はふふっと含み笑いをした。

「だって、山宮君って」

 と、そのときピンポンと音が響いた。次は終点という車内アナウンスが流れ、人々が降りる準備を始める。彼女がさっと立ち上がり、朔也の肩をぽんと叩く。

「朔ちゃん、急げば十二分の電車に乗れそうだよ」

 明るい声に朔也もバッグを肩にかけて席を立つ。ブレーキで揺れる床に足を踏ん張った。
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