どうあがいても恋でした。

タリ イズミ

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1巻【一】

3 下校時刻1

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 楽しい時間はすぐに去る。

「下校時刻三十分前です。部活動のない生徒は下校しましょう。部活動に参加している生徒は帰り支度を始めましょう……」

 その放送が書道室に流れたとき、既に日は傾いていた。

「今日の声、舞子先生だ」
「いつも男の声だから新鮮だね」
「もうちょっと書きたかったな」

 試験明けの部活はいつもよりもにぎやかで、引退した三年生以外が顔を揃えていた。久しぶりに筆を握る今日は、リハビリを兼ねて個々が好きなものを書いていいことになっている。


 お喋りも聞こえる明るい教室の中その多くが机に向かっていたが、朔也は一人、畳敷きのスペースに紺色の毛氈を敷いて黙々と字を書き続けていた。

 最後の一字。

 乾いた空気に硯にある墨からじわじわと水分が失われていく。悩んでいる暇はない。同じ濃さで仕上げなければ作品に一体感が出ない。墨をつけると、朔也は一気にゴールへ向かって筆を運んだ。

 リズムに合わせ、点から点へ、太く細く送筆し、収筆は呼吸を乱さず丁寧に。左から右へ、上から下へ、筆の軌跡に墨が走る。慌てず、スピードは保ったまま、次へ次へ。最後の払いはしっかりと押さえ、右下へとゆっくりと持ち上げるように穂先を抜いた。

 朔也は大きく息を吐き出して額を拭った。ピンで留めた前髪の下にも汗が浮いている。俯きっぱなしになっていた姿勢に体が悲鳴をあげており、腰を軽くとんとんと叩きながら最後の一枚をじっくりと眺めた。

 正確、正確だ。いつものおれの字。筆の入りは紙のどこか、どちらへ向かって跳ねるのか、並んだ横線のどれが一番細いのか、線のどこが強くてどこが弱いのか、全てがきっちりと紙の上に収まっている。

「うーん、相変わらず堅いね」

 その声にはっと我に返って顔をあげると、顧問が眉を寄せて立っていた。

「折原君、もっと気持ちを込めてダイナミックに筆を動かしたほうがいい。字に躍動感がほしいな」
「自分もそう思います」

 朔也は幾分か歯を見せて笑ってみせたが、顧問は眉間を弛めなかった。

「折原君は背高くて目立つんだから、パフォーマンス向きなのに、すごくもったいないよ」

 顧問は繰り返した。

「せっかく目立つ容姿なのに、縮こまった字を書いてたら、すごくもったいない」
「……はい。ありがとうございました」

 朔也はくちびるを引き結んで一礼し、筆を洗うために立ち上がった。
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