そのお荷物、承ります。

麦野夕陽

文字の大きさ
上 下
2 / 5
第1章

1-1 靴下

しおりを挟む
 靴下が盗まれた。
 外に干してたら盗まれた。
 下着でもなく、使い古した靴下が。
 しかも片方だけ。
 特別気に入ってたわけでもないけど、なんとなくずっと使い続けて親指のところなんか穴があいてる靴下。

 靴下フェチの泥棒がいたもんだ。

 あーやだやだ。靴下の匂いくんくん嗅いで楽しむのかい。
 言っとくけど、それ洗ってあるからな。
 今どきの洗剤の消臭パワーなめるなよ。
 泥棒、てめーの鼻がそれを上回ることなんて、できっこないぞ、馬鹿め。


   *   *   *


 友人とジャンキーなハンバーガーを貪り食ってるときにそのことを突然思い出したから、愚痴ってみる。盗まれたのはだいぶ前の話だが。
 心配するどころか笑いやがる友人。
 こいつの靴下、全部じゃがいもになればいいのに。

 靴下の話からころころ話は変わってこんな話になった。

 友人の家の近くの空き地で野良犬が死んでた、と。
 おいおい、食べてるときにやめてくれよそんな話。
 まあまあ聞いてと話を続ける友人。
 可哀想にと思って犬のそばで手を合わせた時に気付いた。
 その犬の手......じゃなくて右前足の肉球だけ赤いものがこびり付いていた。
 血なら拭けばとれるだろうが、全然とれない。
 しかも血にしては妙に色鮮やかだった、と。

 人間にイタズラでもされたのか、嫌な人間もいるもんだ。なんせ、この辺には靴下泥棒が出るくらいだからな。


   *   *   *


 その日の夜、眠れなくてぼんやり考えてた。
 犬か.......。犬と接したのなんて、小学生の頃ぐらいだ。
 小学生の時は、友人なんて1人もいなかった。
 いや、友犬はいた。
 公園で1人で遊んでるとどこからともなく現れる犬。
 野良犬のようだった。
 最初はビビったが、遊び相手もいない自分だったからいつの間にか一緒に遊ぶようになった。
 犬と一緒に跳ぶわ走るわ、砂を掘るわ、そりゃあもう楽しかった。
 その犬と一緒に暮らしたかった。でもうちのアパートはペット禁止だった。


 そのうち友人ができて、友人と公園に行っても犬が現れることはなかった。
 それきり犬とは会っていない。



 布団でうつらうつらしてたら、突然インターホンが鳴った。
 こんな時間に?
 不審者か?とりあえずドアのレンズ越しに見てみる。

「宅配便で~す。よろず宅配便で~す」

 宅配便?こんな深夜に宅配便ってくるのか?それに、聞いたことない名前だ。
 ちゃんと宅配業者の服っぽいし、ダンボールも抱えてるし、伝票も持ってる。
 用意周到な不審者か......?

 しかし、好奇心に勝てなかった。チェーンをかけたまま、ドアを開ける。

「よろず宅配便で~す」

 のぞいたのは若いニコニコした男性だった。

「あ......そこに置いといてもらえます?」
「は~い。じゃあここにサインお願いしま~す」

 ドアの隙間からサインした紙を渡すと宅配業者が言った。

「送り主様から伝言で~す。ごめんね、と言っておられました~」
「は?」
「では、失礼しま~す」

 追求する間もなく荷物を置いて宅配業者は去っていった。



 なんだ......?爆弾でも入ってるのか......?
 宅配業者が去ったことを確認してチェーンを外し、そっと荷物を家の中に入れる。
 爆弾だったらと思うと外で開封して確認したいが、あの怪しすぎる宅配業者が戻ってきて襲いかかってくる可能性も否めない。


 ドアにはすぐに鍵とチェーンをかけ、玄関で荷物を開けることにした。
 まず伝票を確認する。
 自分の名前と住所が書かれている。しかし送り主の欄には赤いものがベッタリとついている。

 血か!?これ開けたら中からお化けがドカーン!!とかやめてくれよ!?
 と、思ったが血にしては色が綺麗すぎる。
 血というより朱肉だ。

 とにかく中身を見よう、なるべく、揺らさずに、そっと開ける。
 全く想像していなかったものが入っていた。
 靴下だ。
 しかも親指の部分に穴があいている。

 これは......盗まれた自分の靴下だ。
 泥棒が返してきたのか?
 匂いが全然しなくてつまんないって? だから言ったのに最近の洗剤はすご......

 靴下を手に持ってわかった。物凄い量の毛がついている。
 うわっ!と靴下を放り投げかけて気付く。
 これは、人間の毛ではない。
 ホラー映画とかでよくある髪の毛びっしり、ではない。

 動物の毛のようだった。
 そして、箱を開けたときから漂うこの獣臭。
 この毛と匂いに覚えがあった。



 小学生の頃、一緒に遊んだあの野良犬。
 季節によっては遊んだ後、服に大量の毛がついた。
 匂いも思い出した。この匂いだ。



 伝票の赤いものが目に入って、もう一度よく見てみる。

 もしかしたらこれは、肉球を拇印したのか?

「ごめんね」って......

 こんなボロ靴下、いくらでもくれてやるのに。




「これ、洗えないじゃんか......」

 靴下を握りしめて、玄関に座り込んだまま、ただ泣くしかなかった。



 それから洗濯物を干すときは、洗ってない靴下を一足、近くに置くことにした。
 もう来ないってわかってるけれど。
 あの犬に何もしてやれなかったことを、忘れないように。



 使い古した靴下を両足揃えて一足、今日も置いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...