迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

文字の大きさ
上 下
35 / 105
Phase 1 生まれ変わってもブラック会社に勤めていた迷宮探索者の憂鬱

第35話 救援依頼

しおりを挟む
 ギルドでは迷宮の自由探索とは別に、探索の依頼が出されることがある。
 特定のアイテムや魔石の回収を依頼する『指定依頼』。
 ある階層をクリアするための人員が不足している時に出される『応援依頼』。
 そして迷宮内で遭難したり負傷して戻って来れなくなった仲間の救出を依頼する『救援依頼』だ。

 迷宮から戻ったばかりのロキたちに、ギルド受付で要請されたのは、その救援依頼だ。
だか詳しい内容を聞く前に依頼を受けるわけにはいかない。

「ちょっと待ってくれ、依頼を受ける受けないの前に、詳しく説明してくれ」

「そうですね、すいません。緊急だったもので慌ててしまって。それでは、まずは依頼者と会ってもらえますか?」

 そう言われロキたちは、別室へと案内された。
 小さな待合室の扉を開けると、そこには一人の探索者の姿があった。

「ん?」

「あ!」

 ロキとその男の目が合った時、どこかで会ったことがあることを思い出す。
 ロキがどこで会ったっけな?と思っていると、男は驚いた表情のまま固まっていた。

「紹介します、今回救援依頼を出した、レギオン『ラージフォーチュン』の……」

 ギルド係員が男を紹介しようとすると、ココロがロキの服の裾を掴み、ロキに隠れるよう後ろに立った。
 そこでロキはハッと気づく。

「おまえ!ココロが前いたレギオンのやつか?!」

「……」

 相手の男は言葉を失う。ロキの表情が険しくなる。

「ご知り合いでしたか?それは丁度良かった……」

「この依頼は断らせてもらう!」

 詳しく説明する前に、ロキはこの救援依頼を断った。
 ココロは前のレギオンを辞める時に、いわゆるリンチを受け大けがを負った。ロキが単身乗り込み報復をしたが、遺恨が消えたわけではない。
 助けてやる義理はない。断るのは当然のことだ。
 ロキは男に背を向け、ココロとアルマの肩に手を伸ばし部屋の退出を促す。

「待ってくれ!」

 男の声が部屋に響く。
 ロキは振り返って呼び止めた男の顔を見る。
 男は苦しい顔でロキを見つめていた。

「頼む。手を貸してくれ。厚かましいのは承知の上だ。仲間が……仲間が死んじまうかもしれねえんだ……」

 ロキは冷たい表情で男に視線を送る。
 どういうことなのか理解に苦しむギルド職員が仲裁に入ってきた。

「依頼を断る前に、話だけでも聞いてもらえませんか?今本当に誰もいなくて、他に頼れる人がいないのです」

「知ったことじゃないね」

 ロキはギルド職員の言葉に耳を貸さず、再び部屋を出ようとした。

「ロキさん……」

 アルマが複雑な表情でロキを見上げた。
 ココロはうつ向いてその表情を見せない。

「行くぞ!」

 ロキは部屋を出るようアルマの背中を押す。

「待ってください。話だけでも聞いてくれてもいいじゃないですか?」

「頼む!あんたほどの力があれば仲間の命が……」

 助けを求める男の話の途中で、ロキは怒りの表情で反論した。

「そんなに仲間が大事なら、どうして仲間だったココロに暴行を加えたんだ?所詮てめえらは自分のことしか頭にねえんだろ?!」

「そんな……」

 男は困った顔でロキの言葉に言い返せずにいた。

「お二人の間に何かあったのですか?ですが、今は緊急事態です。個人的な感情は置いておいて、人命救助を優先してください!」

「いや、いいんだ。俺たちにその人に助けを求める資格はねえ……。すまねえ。他を当たるよ……」

 男はロキに助けを求めるのを諦めた。
 ギルド職員は事態がのみ込めず、オロオロとするばかりだ。
 ロキはそんな二人を置いて、再び出てゆこうとする。

「ロキ……」

 ココロの言葉に、ロキはココロを見る。
 ココロは不安そうな顔でロキを見つめながら、必死で言葉をひねり出す。

「助けてあげよう……」

 元同僚たちを可哀想と思ったのか、ココロからは意外な言葉が返ってきた。
 ロキは膝を曲げココロと視線を合わせると、優しい口調で言った。

「いいんだココロ。迷宮探索者を続けていると、命の危険はいつも隣りあわせだ。誰もが自分たちの自己責任で探索をしなきゃいけないんだ。遭難したのは、遭難した奴らの実力不足のせいだ。他の人間は関係ない。お前がそいつらを可哀想だなんて思わなくていいんだ』

 ロキの言葉に、助けを求めていた男も何も言えずに俯く。
 ココロはそんなロキの言葉に返事をした。

「でも、助けてあげたい……」

 恐る恐る反対意見を述べるココロに対し、ロキは笑顔でその瞳を見つめた。

「どうしてもか?」

「うん」

 そしてアルマもココロに同調する。

「助けてあげましょうよロキさん」

 ロキは二人の顔を交互に見ると、黙って頷き、そして振り返って言った。

「やっぱりその救援依頼を受けさせてくれ」

 ギルド職員と助けを求める探索者の男は、その言葉を聞いて表情を一変させると、ロキに対し交互に礼を伝えた。

「あ、ありがとうございます!」

「すまねえ!すまねえ!」

「礼なら俺じゃなくてこの二人に言ってくれ。俺は反対なんだが、話し合いの結果、多数決で受けることにしたんだ。それより急ぐんだろ?詳しい話を聞かせてくれ」

★★★★★★★★

「これがそうか……」

 ロキたちは、迷宮の中、足元にぽっかりと開いた直径3メートルほどの穴の前に立っていた。

 助けを求めてきた男ペドロの話によると、彼らはちょうどロキたちと同じ31階層を探索していたらしい。
 猛スピードで駆け抜けたロキたちと違い、ペドロたちはゆっくりジャイアントアントたちと戦いながら進んでいたところ、突然地面が崩れて砂のようになり、仲間のうち三人が砂となった地面の中へと吸い込まれて行った。
 慌てて助けようと残る二人が駆け寄ると、砂の穴の底には、時空アリジゴクディメンションアントライオンという魔物の姿があった。
 パーティーのリーダーでもある戦士の男が砂の中に飛び込み、ディメンションアントライオンに槍を突き刺して倒したまでは良かったが、そのまま仲間の四人は穴の中へと吸い込まれてゆき、砂と共に穴の底へと消えていった。
 砂が完全に消えた後、穴の中に見えているのは真っ黒な闇だった。

 ディメンションアントライオンは目撃例が極端に少ない魔物であるが、その特徴はある程度把握されている。
 通常迷宮の階層移動は、迷宮の入口とボス部屋からしかできない。
 だがディメンションアントライオンはそんな階層と階層の間の空間に生息し、時にこうして穴を開けて出現して獲物を狙うことがある。
 ディメンションアントライオンが開けた穴から落ちると、一つ下の階層へと降下してしまう。

 リーダーの男はペドロに、32階層の準備をしていないため、ペドロに32階層の準備をして救援を呼んでくるようにと言い残し、穴の中へ落ちていったという。
 そしてペドロはリーダーに言われた通りにして、ロキたちを連れてここまで戻ってきた。

「それじゃ行くか!」

「行くってどうやって降りるんですか?」

 アルマの問にロキは答える。

「飛び降りるだけだよ!」

「ええ?怖いです!」

「先に行って降りてきたら受け止めてやるから飛び込んで来い!」

「ええ?!」

 怯えるアルマをよそに、ロキはディメンションアントライオンが開けた穴へと飛び込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

アンドローム ストーリーズ(聖大陸興亡志) 第一巻「運命の婚礼」前篇

泗水 眞刀(シスイ マコト)
ファンタジー
サイレン公国の若き大公「フリッツ」と、楼桑王国の姫「ロザリー」の縁組み話が秘かに進められる。 一方で超大国「ヴァビロン帝国」も、楼桑との縁組みを打診していた。 大国の意思に翻弄されるのを嫌う二国は、互いに手を取り合う路を模索する。 両国ともに国内に難問を抱えながらも、この婚礼をなんとか成就させるべく奔走する。 やがて来る〝サイレン滅亡〟という悲劇に向かい、運命が動き出したのである。 聖大陸版「三国志」への序篇・サイレン篇、第一巻「運命の婚礼」開幕。

とある辺境伯家の長男 ~剣と魔法の異世界に転生した努力したことがない男の奮闘記 「ちょっ、うちの家族が優秀すぎるんだが」~

海堂金太郎
ファンタジー
現代社会日本にとある男がいた。 その男は優秀ではあったものの向上心がなく、刺激を求めていた。 そんな時、人生最初にして最大の刺激が訪れる。 居眠り暴走トラックという名の刺激が……。 意識を取り戻した男は自分がとある辺境伯の長男アルテュールとして生を受けていることに気が付く。 俗に言う異世界転生である。 何不自由ない生活の中、アルテュールは思った。 「あれ?俺の家族優秀すぎじゃね……?」と……。 ―――地球とは異なる世界の超大陸テラに存在する国の一つ、アルトアイゼン王国。 その最前線、ヴァンティエール辺境伯家に生まれたアルテュールは前世にしなかった努力をして異世界を逞しく生きてゆく――

精霊に好かれた私は世界最強らしいのだが

天色茜
ファンタジー
普通の女子高校生、朝野明莉沙(あさのありさ)は、ある日突然異世界召喚され、勇者として戦ってくれといわれる。 だが、同じく異世界召喚された他の二人との差別的な扱いに怒りを覚える。その上冤罪にされ、魔物に襲われた際にも誰も手を差し伸べてくれず、崖から転落してしまう。 その後、自分の異常な体質に気づき...!?

記憶喪失の令嬢は皇太子に激執着される

恋愛
目を覚ますと6年程の記憶が失われていた。 双子の皇太子が私に執着してくる。 嫉妬全開の皇太子たちはあの手この手で私の気を引こうと手を打つ。 失われた6年間に何があったか分からず戸惑いながらドキドキさせられながらの皇宮生活。 嫉妬、思惑、憎悪、愛、が混ざり合う。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

処理中です...