迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 1 生まれ変わってもブラック会社に勤めていた迷宮探索者の憂鬱

第57話 路地裏

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 レオンを拘留所まで迎えに行った帰り道。3人は人通りもまばらな夜道を歩く。
 この辺は街灯は少ないが、月明かりがはっきりと道を照らしていた。

 突然ロキがレオンの方をチラリと見ると、人気のない横道を指さす。レオンも頷き二人はそちらの道へと歩き出す。
 アルマは慌てて「どこへ行くんですか?」と声をかけるが、ロキが「ちょっと寄り道」と言ってアルマにも付いてこさせた。
 その道は人気がなく、ある程度進んだところでロキたちは立ち止まった。そしてレオンが口を開く。

「ここらなら誰も見てないからいいだろ?出てこいよ」

「え?」

 アルマはレオンが何を言っているのか理解できずに混乱する。
 するとレオンの言葉を聞いて、数人の男たちが姿を現した。

「付けていたのに気づいてましたか?」

 そこに現れたのはアモルファス。探索者ギルドでレオンに殴られた男だ。大怪我を負ったはずだが、おそらくギルドで回復魔法を受けたのだろう。現在は無傷だ。そしてその姿はこれから迷宮に潜るのかというような完全武装だった。
 そして彼のパーティ『一番旗』の仲間たち四人もいた。彼らも全身鎧と凶悪な刀身の剣や刃先がぼんやりと光った槍や斧など、おそらく魔力を纏った強力な武器を携えていた。

「さっきは恥をかかせてくれましたね。ギルド内で襲いかかってくるほどのバカがいるとは思わなかったので、油断しました。頭おかしいんじゃないんですか?」

「それで、闇討ちで仕返しか?」

「ふふ……そういうことです。この業界、舐められたら終わりですからな。80階層止まりの落ちぶれ探索者よりも、某の方が弱いなどと誤解されてたままでは、この先やっていけません」

 A級探索者同士のケンカはさすがに珍しいだろうが、実は迷宮探索者同士のケンカはよくある。ギルドの中だろうが外だろうとこの国の法律上ケンカは犯罪だが、そういうよくある探索者同士のケンカに対しては治安維持隊も甘く、大した罰を与えられることは無い。
 罰が少ないため、どこの誰より強いとか弱いとかいうことに必要以上にこだわる迷宮探索者という生き物は、すぐにこういった乱闘を起こすのだ。

「それじゃレオン、先に帰ってるぜ」

 アモルファスたちが用があるのはレオンだと分かり、ロキはアルマと先に帰ろうとする。するとアモルファスの仲間たちがロキたちの行き先をふさいだ。

「おっと、どこへ行くつもりだ?」

「お前たちが用があるのはレオンじゃないのか?」

「これはもうレギオンとレギオンの問題だろう。お前たちのような三流レギオンに我らが舐められていると勘違いされてはこまるんでな」

「面倒くせえな……」

「お主は魔法を使うらしいな。おっと、非武装だからといって魔法を使うのはおすすめできない。ケンカの罰は大したことないが、街中で魔法を使った時の罰は重い。なぜなら魔法の威力は周囲に大きな被害を及ぼすからだ。テロリストとして死刑になることも覚悟したとしても、我らの武装は当然魔法耐性が高い。我らにダメージを与えることすらできず、街を破壊するだけだぞ。クハハハ……」

 男の親切な説明を聞きながらアルマは怯えていた。
 目の前にいるのは完全武装の迷宮探索者4人。これ見よがしに胸から下げているプレートはA級探索者を表す金色の迷宮探索者証だ。
 二人の後ろでアモルファスと向かい合っているレオンはすぐにこちらの手助けをできそうもなく、レオンを迎えに来ただけのロキたちは武装してすらいない。
 先日A級探索者が着るレベルの強力な鎧を着た男を素手で殴り倒したロキだったが、今度は装備だけでなく中身も本物のA級探索者たちだ。明らかに人間の手で作られたものではない、迷宮からドロップした強力な武器防具を身にまとっている。
 さらには魔法を使ってことを荒立ててしまえば身を亡ぼすことになると言われ、いくらロキが強いとは言え、武装もしていない魔法も使えないこの状況ではなすすべもないだろう。
 ロキやレオンが大けがをしたとしてもアルマがヒールで治してあげられる。だがアルマが捕まって連れ去られたら二人を助けてあげることができない。ましてや攫われたアルマがこの男たちに襲われることを想像してしまうと、恐怖で全身に鳥肌が立った。
 恐怖におののくアルマがロキの背中に隠れるようにくっついた時、ロキが一言呟いた。

「≪烈風ホワールウィンド≫」

 次の瞬間、槍を持つ男の右腕が肘の辺りから切り落とされた。

「え?」

 あまりに突然の出来事のため、腕を切り落とされた男は何が起きたか理解できていない。

「なんで……」

「上級魔法の魔力を凝縮させると、いくら魔法耐性がある鎧でも簡単に切断しちゃうんだな」

「上級魔法……?え……、俺の腕が……???」

 男は理解できずに固まっている。あまりのショックに痛みもまだ感じていないらしい。

「は、早く上級ポーションを……」

 仲間は腕の切れた男を助けようとするが、今はケンカの最中だ。そんな隙を見せていいのだろうか?

「≪凍結クイックフリーズ≫」

 ポーションを取り出そうとした男は、ロキの魔法で氷の彫像のように固まり動けなくなる。
 その姿を見て残る二人も恐怖する。

「炎の魔法だと跡かたもなく焼き殺しちゃいそうだから自粛しとくか……」

 この時点で降参しておけば痛い目に合わずに済んだのだが、男たちは恐怖で思考が停止していたため、ロキの次の魔法を食らってしまうこととなる。

「それじゃ次は土の上級魔法、隕石落としの凝縮版を実験してみるか」

 ロキが弱い者いじめをしている反対側では、アモルファスとレオンが一対一で向き合っていた。
 アモルファスが構えた長剣の刀身からはぼんやりと黄色の光が溢れ、パチパチと音を立て火花を散らしている。

「さっきのような不意打ちは通用しないぞ。ひと思いに殺さずどこまでも苦しんでもらおうか。ふふ……この帯電剣で斬られる痛みにどこまで耐えられるかな?」

 そう言うと、アモルファスはレオンに向けて躊躇なく、その危険な魔法の剣を振り下ろした。
 剣を受けようと左腕をかざすレオン。ならばその腕を切り落としてやろうと、アモルファスは全力を込めて自慢の剣を振り下ろす。

 ガギン!

 想像していた感触と違う、何かとても硬いものとぶつかった衝撃に、アモルファスの剣は弾き飛ばされる。
 姿勢を崩し後退したアモルファスは、レオンの腕を切り落としたはずなのに一体何とぶつかったのか不思議に思う。
 その視線の先には左腕を顔の前にかざしたレオンがいるだけだ。だがその腕は、月明かりを浴びて淡い金色に光っていた。風もないのにレオンの黄金の髪がなびく。その髪の色と同じ色で腕からも体毛が伸びていることに気づく。

「な……何だ?!」

 アモルファスはレオンの変化に怯えつつ、剣を正面に構え警戒をする。
 レオンはその腕だけでなく、上半身全体が金色の体毛に包まれていた。

「貴様何をしている?!」

 レオンの変化に怯えるアモルファス。怯えながらもその姿の観察を続ける。よく見るとレオンの体が一回り大きくなっていることに気づく。

「何も武装していなかったはず……変身……だと?」

 目の前にかざした左腕をゆっくりと下げるレオン。
 その顔は先ほどまでの色男の顔ではなく、

「お……狼?」

 金色の体毛に覆われた、大きな口をした狼の顔をしていた。

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