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マラクティカにて
マラクティカの白い神
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マラクティカで私の最も大切な仕事は、獣人さんたちのケアではなく自分自身の回復だ。
あまり派手に働くと、また獣王さんに心配をかけてしまう。
だから本当は「マラクティカは暑いから、魔女の万能鍋でアイスやシャーベットを作ったら、みんな喜ぶんじゃないかな?」など思いついても、完全に回復するまでは大人しくしていた。
急にできた長いお休み。
私はこの機会に、フィーロに気になっていたもろもろを聞くことにした。
「全知の大鏡に、なんで翼が生えていたのか知りたいのか?」
フィーロによれば、全知の大鏡はフィーロの姿と力を羨んで「彼と同じ姿と力を」と願ったらしい。
確かに白い髪に白い肌や、神聖かつ中性的な美貌などはフィーロと似ていた。
しかし、あの翼はどこから来たのかと気になっていた。
「まず全知の大鏡のもとになった転移者の青年は、俺に憧れつつも、より上位の存在になりたいと望んだ。だから彼のほうが年上で背が高く、立派そうな外見になった」
「だとしたら翼もその一環? 確かに翼があると、より神々しく見えるもんね」
けれど私の推測は違ったようで
「いや、翼は昔、俺にも生えていたのさ。君に話すのは初めてだが、俺は人間でも獣人でもなく、白い髪と翼を持つ『翼人』という種族なんだ」
私はフィーロを人間だと思っていたので、翼を持つ種族だと知って驚いた。
出会った時に翼人だと言わなかったのは、こちらの世界に不慣れな私のために、余計な情報を省いたそうだ。
「でも翼人ならフィーロの翼はどうしたの?」
私の問いに彼は
「俺たち翼人は昔、獣人たちとマラクティカに住んでいた。でもあんなデカい翼をつけて人間の世界に行ったら、あっという間に捕まって、見世物小屋か新興宗教のシンボルにでもされてしまう。だから人間の世界に行く時に、自分で切り落としたんだ」
人間の世界で翼は目立つ。だから捨てる必要があったのは分かるけど
「翼を切り落としたって、痛くなかったの?」
心配する私に、フィーロは軽く肩を竦めながら
「まぁ、あんなデカいだけで飛べない翼でも神経は通っていたから、普通に痛みはあるさ。でも翼を捨てたおかげで、傍目には人間と変わらない姿になり、どこにでも行けて楽しかったな」
全知の鏡になる前のフィーロの話を聞くのは初めてで、とても楽しかった。
「そう言えば、他の翼人さんたちはどうしたの?」
翼人さんたちは、昔はマラクティカに住んでいたらしい。
『昔は』ということは、今は別の場所に住んでいるのかなと問うと
「俺が鏡になってから200年ほどで滅びた。でも仕方ない。翼人はもともと獣人に必要な知恵を与え終えたら滅びる定めだった。だから俺たちには、他の種族には無い特別な力や優れた知性がある代わりに、人間や獣人たちのような繁殖力は無かった」
フィーロが鏡になってから、およそ千年だそうだから、翼人さんたちは今から800年ほど前に滅びたことになる。
今は亡き幻の種族。古代種というヤツだろうか。
翼人さんたちについて、私は1つ気になることがあった。それは他の種族には無い特別な力。
「アルメリアの雷撃みたいに魔法が使えたの?」
私の問いにフィーロは
「いや、翼人たちの能力は、君たちの世界で言うところの超能力さ。予知や千里眼やテレパシー。瞬間移動や念力。誰の目にも神聖に映る姿に、それらの特殊能力を持つ俺たち翼人は昔、『目に見える神』として王よりも上の立場だった」
しかし翼人たちは自然に滅び、目に見える神の座は、マラクティカの守護者である王に移った。
いくらか血が混じったのか、翼人たちの能力は僅かに獣人の女性たち……特にサーティカのような猫科獣人に受け継がれたという。
「じゃあ、フィーロにも超能力があるの?」
「肉体があった頃は触れずにものを動かせた。まぁ動かせるのは500キロ以下のものだけだから、大した力じゃ無いけどな」
厳密に言うと、フィーロには巨大な手のような不可視の力があって、それを自在に動かせたらしい。その手で人や動物を捕えたり、逆に自分を乗せて飛んだりもできたようだ。
フィーロの超能力について聞いた私は
「十分すごいよ!」
「他人から見ればそうかもな。だが大抵の者は、自分が生まれつき持っているものにありがたみを感じない。俺からすれば触れずにものを動かせるより、他の翼人のように遠くのことや未来を知ったり、相手の心を読めるほうがすごかった。それが俺の全知の力への渇望の始まりだったかもしれない」
初めて聞くフィーロの話はとても興味深く、私は次々に疑問が湧いて
「翼人さんたちのことを、今のマラクティカの獣人さんたちは知っているの?」
「マラクティカには文字が無い代わりに、神官階級に『口伝巫女』が居て忘れるべきでない事柄を記憶している。あとは神殿に白い肌と白い髪を持つ翼人の姿が残されている。気になるなら、サーティカに見せてもらうといい」
翼人の歴史に興味を持った私は、後でサーティカに尋ねてみた。
「それは翼人じゃなくマラクティカの神様ニャ。マラクティカの民、昔は白い髪と翼を持つ綺麗な神様たちと暮らしていたニャ。でも神様、獣人たちに必要な知恵を授けた後、居なくなったニャ」
少しでも神樹を傷つければ、世界の滅びに繋がること。神樹を護るために獣人は生まれ、その褒美として、この豊かで美しい土地を与えられたことを、翼人は彼らに教えたそうだ。
サーティカは私を石造りの神殿に案内すると
「この壁に描かれているのがマラクティカの白い神ニャ。この白い翼で鳥みたいに飛べたのかニャ? サーティカ、見てみたかったニャ」
サーティカの夢を壊さないように、その翼は大きいだけで飛べなかったらしいよとは言わなかった。
古めかしい壁画に描かれた今は亡きマラクティカの白い神の末裔が、なんの変哲もない私と出会い、旅をしている。その巡り合わせを、とても不思議に感じた。
あまり派手に働くと、また獣王さんに心配をかけてしまう。
だから本当は「マラクティカは暑いから、魔女の万能鍋でアイスやシャーベットを作ったら、みんな喜ぶんじゃないかな?」など思いついても、完全に回復するまでは大人しくしていた。
急にできた長いお休み。
私はこの機会に、フィーロに気になっていたもろもろを聞くことにした。
「全知の大鏡に、なんで翼が生えていたのか知りたいのか?」
フィーロによれば、全知の大鏡はフィーロの姿と力を羨んで「彼と同じ姿と力を」と願ったらしい。
確かに白い髪に白い肌や、神聖かつ中性的な美貌などはフィーロと似ていた。
しかし、あの翼はどこから来たのかと気になっていた。
「まず全知の大鏡のもとになった転移者の青年は、俺に憧れつつも、より上位の存在になりたいと望んだ。だから彼のほうが年上で背が高く、立派そうな外見になった」
「だとしたら翼もその一環? 確かに翼があると、より神々しく見えるもんね」
けれど私の推測は違ったようで
「いや、翼は昔、俺にも生えていたのさ。君に話すのは初めてだが、俺は人間でも獣人でもなく、白い髪と翼を持つ『翼人』という種族なんだ」
私はフィーロを人間だと思っていたので、翼を持つ種族だと知って驚いた。
出会った時に翼人だと言わなかったのは、こちらの世界に不慣れな私のために、余計な情報を省いたそうだ。
「でも翼人ならフィーロの翼はどうしたの?」
私の問いに彼は
「俺たち翼人は昔、獣人たちとマラクティカに住んでいた。でもあんなデカい翼をつけて人間の世界に行ったら、あっという間に捕まって、見世物小屋か新興宗教のシンボルにでもされてしまう。だから人間の世界に行く時に、自分で切り落としたんだ」
人間の世界で翼は目立つ。だから捨てる必要があったのは分かるけど
「翼を切り落としたって、痛くなかったの?」
心配する私に、フィーロは軽く肩を竦めながら
「まぁ、あんなデカいだけで飛べない翼でも神経は通っていたから、普通に痛みはあるさ。でも翼を捨てたおかげで、傍目には人間と変わらない姿になり、どこにでも行けて楽しかったな」
全知の鏡になる前のフィーロの話を聞くのは初めてで、とても楽しかった。
「そう言えば、他の翼人さんたちはどうしたの?」
翼人さんたちは、昔はマラクティカに住んでいたらしい。
『昔は』ということは、今は別の場所に住んでいるのかなと問うと
「俺が鏡になってから200年ほどで滅びた。でも仕方ない。翼人はもともと獣人に必要な知恵を与え終えたら滅びる定めだった。だから俺たちには、他の種族には無い特別な力や優れた知性がある代わりに、人間や獣人たちのような繁殖力は無かった」
フィーロが鏡になってから、およそ千年だそうだから、翼人さんたちは今から800年ほど前に滅びたことになる。
今は亡き幻の種族。古代種というヤツだろうか。
翼人さんたちについて、私は1つ気になることがあった。それは他の種族には無い特別な力。
「アルメリアの雷撃みたいに魔法が使えたの?」
私の問いにフィーロは
「いや、翼人たちの能力は、君たちの世界で言うところの超能力さ。予知や千里眼やテレパシー。瞬間移動や念力。誰の目にも神聖に映る姿に、それらの特殊能力を持つ俺たち翼人は昔、『目に見える神』として王よりも上の立場だった」
しかし翼人たちは自然に滅び、目に見える神の座は、マラクティカの守護者である王に移った。
いくらか血が混じったのか、翼人たちの能力は僅かに獣人の女性たち……特にサーティカのような猫科獣人に受け継がれたという。
「じゃあ、フィーロにも超能力があるの?」
「肉体があった頃は触れずにものを動かせた。まぁ動かせるのは500キロ以下のものだけだから、大した力じゃ無いけどな」
厳密に言うと、フィーロには巨大な手のような不可視の力があって、それを自在に動かせたらしい。その手で人や動物を捕えたり、逆に自分を乗せて飛んだりもできたようだ。
フィーロの超能力について聞いた私は
「十分すごいよ!」
「他人から見ればそうかもな。だが大抵の者は、自分が生まれつき持っているものにありがたみを感じない。俺からすれば触れずにものを動かせるより、他の翼人のように遠くのことや未来を知ったり、相手の心を読めるほうがすごかった。それが俺の全知の力への渇望の始まりだったかもしれない」
初めて聞くフィーロの話はとても興味深く、私は次々に疑問が湧いて
「翼人さんたちのことを、今のマラクティカの獣人さんたちは知っているの?」
「マラクティカには文字が無い代わりに、神官階級に『口伝巫女』が居て忘れるべきでない事柄を記憶している。あとは神殿に白い肌と白い髪を持つ翼人の姿が残されている。気になるなら、サーティカに見せてもらうといい」
翼人の歴史に興味を持った私は、後でサーティカに尋ねてみた。
「それは翼人じゃなくマラクティカの神様ニャ。マラクティカの民、昔は白い髪と翼を持つ綺麗な神様たちと暮らしていたニャ。でも神様、獣人たちに必要な知恵を授けた後、居なくなったニャ」
少しでも神樹を傷つければ、世界の滅びに繋がること。神樹を護るために獣人は生まれ、その褒美として、この豊かで美しい土地を与えられたことを、翼人は彼らに教えたそうだ。
サーティカは私を石造りの神殿に案内すると
「この壁に描かれているのがマラクティカの白い神ニャ。この白い翼で鳥みたいに飛べたのかニャ? サーティカ、見てみたかったニャ」
サーティカの夢を壊さないように、その翼は大きいだけで飛べなかったらしいよとは言わなかった。
古めかしい壁画に描かれた今は亡きマラクティカの白い神の末裔が、なんの変哲もない私と出会い、旅をしている。その巡り合わせを、とても不思議に感じた。
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