異世界転移した優しい旅人は自分を取り巻く愛と呪いに気付かない

知見夜空

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マラクティカにて

教えてフィーロ先生

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 長すぎるお休みを利用して始まったフィーロへの質問タイム。

 私には、まだ2つ疑問があった。1つは獣人さんたちの言葉について。

 マラクティカは人間たちと、ほとんど交流が無い様子だ。それなのに獣王さんは、アルメリアたちと普通に話していた。

 どうして獣王さんは、人間の国の言葉が分かったのだろう?

 私の疑問にフィーロは

「厳密に言うと人間の言葉が分かるのは、王と外の世界に偵察に行く戦士。それとサーティカのような最高位の神官だけだ」
「どうして、その人たちだけ言葉が分かるの?」

 もとの世界のように、エリートは外国語も勉強するみたいなことだろうか?

 でも獣王さんは人間を毛嫌いしている様子だった。嫌いな種族の言葉を覚えようって気になるかな?

 けれどフィーロによると

「それも神樹の恩恵の1つ。神樹が稀に落とす『知恵の実』を食べると、この世の全ての言語が分かるようになる。だが知恵の実は滅多に落ちず、勝手に取ってもいけない。だから食べられるのは他国の住人と関わる可能性のある者だけ。だから王を始めとして、階級が上の者だけが優先して食べられる」

 他の獣人さんたちは、マラクティカでのみ通じる言葉を話しているらしい。

 だけど私は他の獣人さんたちの言葉も分かる。

 その理由は

「それは君が転移者だからだ。この世界の住人として生まれる転生者と違い、転移者は居場所が定まるまではあちこち移動する。だからどこに行っても大丈夫なように、言葉が分かるようになっているんだ」

 文字も現在使用されている言語なら読める。ただしとっくにすたれた古い言葉までは読めないそうだ。

「君の世界と同様、この世界も国によって使われている言語が違う。でも君はどの国に行っても会話に困らなくて済む。転移者にはデメリットも多いが、旅好きの君にはいい恩恵だったな」

 フィーロの言葉に、私は笑顔で頷いた。

 私は最後に、フィーロにもう1つ尋ねた。

 それは獣王さんが常に身に着けている黄金の手甲。

 あの黄金の手甲は、マラクティカの守護者である王が代々受け継ぐ魔法の装備らしい。

 獣王さんは黄金の手甲の力で、炎を操る巨大な獅子に変身する。

 けれどマラクティカの神器とも言える装備を、私は別の場所でも目にしていた。

「獣王さんの着けている手甲、前にアルメリアが見せてくれた守護竜の形見とすごく似ているけど、何か関係があるのかな?」
「そうだな。両者は色違いなだけで形状は全く同じだ。気のせいでは君も納得しないだろう。我が君にだけは真実を話しておこう」

 それからフィーロは、守護竜の忘れ形見の真実を教えてくれた。

「獣王殿の持つ黄金の手甲は、正式には『獣神じゅうしんの手甲』と言う。本人が言っていたように、マラクティカの守護者として王が受け継ぐ宝だ。それと同じ力を持つ宝がエーデルワールにもある。それがあの守護竜の忘れ形見である『竜神りゅうじんの手甲』だ」

 予想外の事実に、私は目を見張って

「じゃあ、もしかしてエーデルワールの守護竜の正体って……」
「君の想像どおり、竜ではなく誰かが変身した姿だ。そしてエーデルワールの場合、それは王ではなく能力、人品ともに最高位の騎士である竜騎士が受け継いだ。だからこそ彼の国の守護竜は人語を解し、エーデルワールを守護していたんだ」

 守護竜は、実は人間だった。だからこそ人の国を護っていたというのは分かるけど

「でもアルメリアもリュシオンも何も知らない様子だったよ?」
「マラクティカと違い、エーデルワールの守護竜の正体が竜騎士であることは、誰にも秘密だからだ。もし彼の竜の正体が変身した竜騎士だと分かったら、王は守護竜への敬意を失くし、支配しようとするだろう。それでは相応しくない者が王座についた時、国を護れなくなる」

 人の世の理から外れた竜だからこそ、権力や立場に左右されず国を護れる。

 竜は外敵から民を護るだけでなく、国が誤った方向に進もうとする時に、王を諫める内なる抑止力でもあった。

 だから守護竜の正体が竜騎士であることは誰にも秘密なんだ。

 でも納得すると同時に

「アルメリアやリュシオンには、このことを知らせなくていいのかな? 守護竜が居なくなって、すごく困っているみたいなのに」
「それは、また竜騎士の誰かが守護竜になるべきと言うことか?」
「うん……例えばリュシオンが守護竜になれば、アルメリアもエーデルワールの人たちも安心なんじゃないかなって」

 リュシオンなら強大な力を得ても狂わされることなく、国防のために正しく使えるだろう。

 でも話は、そう単純じゃないようで

「君がそう考えるのは当然だが、マラクティカと違って、守護竜の正体が人間であることは伏せなくてはならない。そのため竜神の手甲の継承者は、最初の変身と同時に、人々の記憶からも公の記録からも存在を抹消される」
「えっ!? 存在を抹消って……」

 驚愕する私に、フィーロは続けて

「竜殺しの転移者が守護竜を倒した時、死体は消えて竜神の手甲だけが残されたと言っていただろう? 死体が残らなかったのも、守護竜の正体を隠そうとする手甲の働きだ。獣王は偉大な守護者として名を残し、遺体は丁重に葬られる。でも守護竜の継承者の献身は、誰にも知られず弔われることもない。それだけ大きな犠牲と引き替えの力なんだ」

 エーデルワールの守護竜を受け継げる者が居るとすれば、やはりリュシオンらしい。しかし守護竜になれば、彼は故郷の人たちから人間だった時のことを忘れられてしまう。

 だからフィーロは、アルメリアたちに守護竜の形見の真実を話さなかった。

 この事実を知ればリュシオンは、守護竜にならざるを得ないから。

 ただ人間が竜に変身するだけなら、変身ヒーローみたいで恰好いいなんて軽々しく思っていた。

 でも守護竜の座を継承したら強大な力と引き換えに、人間としての自分を人々から忘れられる。

 生きている間に守護竜の座を譲れたらいいけど、不慮の死を遂げたら死体すら残らない。

 そんな辛い運命を友だちに歩ませたくない。

 けれど守護竜の不在のせいで、エーデルワールの政情が不安定なのも痛いほど知っている。

 だからこそ守護竜の真実を知った時、リュシオンは使命から逃げられないんだ。

「私はどうするべきだろう?」
「言えないと思うなら、今はタイミングじゃないということだ。彼の国にまだ守護竜が必要なら、運命がおのずと道を整える。君は自然な感情に従っていればいい」

 エーデルワールにまた何かあるのかと、私は少し不安になった。

 ただ新たな守護竜の誕生は大きな犠牲を伴う。

 その犠牲を思えば、やはり私もフィーロのように、軽々しく教えることはできなかった。
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