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暴食の指輪

痩せ薬と太った令嬢

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 ご夫婦に恩返しした後。私は今度こそフィーロと悪魔の指輪を探す旅に戻った。

 フィーロに誘われて新天地に向かった私は

「我が君。いつもは占いや不用品の買い取りで稼いでいたが、この街では『魔女の万能鍋』でダイエット関連の薬を作って売ってくれ」

 フィーロの提案に少し驚く。

 魔女の万能鍋で作る薬は、効き目がいい代わりに材料を集める手間やお金がかかる。

 だから金策の手段として使うことは少なかった。

 私は珍しく思いながらもフィーロの指示どおり、材料を集めてダイエット関連の薬を売り始めた。

 この街に住む人たちは比較的裕福だ。

 人間は生活に余裕が出ると、身だしなみが気になるらしい。

 男女ともに体型を気にする人は多く、私の作ったダイエット関連の薬は、たちまち評判になった。

「でも、こんなに目立った商売をしていいのかな? 魔法の道具のことはバレなくても、旅人が1人でボロ儲けしていたら、また悪い人が寄って来るんじゃ」

 用心棒でも居たらいいけど、私は傍目には1人だ。

 実は触れるだけで相手をダウンさせられる怠惰の指輪を持っているけど、それが無ければ、周囲にはひ弱な少年にしか見えない。

 今の私は悪い人から見たら、ずいぶん魅力的な獲物だろう。

 心配する私にフィーロは

「君の懸念は尤もだが、今回はその噂によって引き寄せたい縁があるのさ」

 その縁が何か私はすぐに知った。

 それはある若い女性客。

 彼女の目的は薬を買うことではなく

「こんな薬を売っているということは、あなたはダイエットにお詳しいのですよね? 実は当家のお嬢様が、異常な食欲に悩んでいるのです。一度会って相談に乗っていただけませんか?」

 フィーロが引き寄せたかった縁とは、どうやらこれらしい。

 私は首を傾げながらも、メイドさんの依頼を受けて、そのご令嬢に会いに行った。

 しかしいざ豪華なお屋敷に住む、お嬢様に会いに行くと

「嫌よ! こんな醜い姿、誰にも見られたくない!」

 頑なにドアを開けようとしない彼女に、メイドさんは

「お嬢様。この方は腕のいい薬師です。きっとお嬢様の過食の原因も突き止めてくださいます」

 説得に応じたご令嬢は、しぶしぶ私を部屋に通した。

 苦しそうな二重顎に、突き出したお腹。指までお肉でぷっくりしている。

 彼女は自分の姿を恥じているらしく、泣きはらした顔で

「醜い豚のようでしょう、今のわたくし。でも以前から、こんなに太っていたわけではないんです。むしろ半年前までは、まるで妖精のように細身で羨ましいと、誰からも褒められるスタイルでしたのに……」

 とつぜん食欲が止まらなくなり、ダメだと思っても食べてしまい、ぶくぶく太ってしまったのだと言う。

「おかげで学校も休学して今や引きこもり。見目もよくて勉強もできると、お父様とお母様の自慢の娘でしたのに。こんな醜い引きこもりになって、自分が恥ずかしい。死んでしまいたい……」

 お嬢様はしくしくと泣いた。

 私は彼女が気の毒になって

「そんなに急に変化したなら、何か原因があるはずです。原因さえ分かれば、きっと解決できますから、死ぬなんて言わないで。希望を持ってください」

 ご令嬢の肩に触れて励ますと、彼女は少し顔を明るくして

「ほ、本当ですか? 薬師様には、わたくしのこの異常な食欲を治すことができるのですか?」

 できるかどうか分からないことを、できると言うのは無責任かも。

 でも、この縁はフィーロが結んだものだから、きっと解決できるはず。

 私は彼女に「あなたの症状について調べたいので、少し時間をください」と頼んだ。

「それはもちろん。どうせ他にあてもありませんもの。この生き地獄から解放されるのでしたら、いくらでもお待ちします」

 私は一旦ご令嬢から離れると、紫のコンパクトをコッソリ開いて

「偶然の出会いじゃなくてフィーロが会わせたってことは、彼女の異常な食欲には、悪魔の指環か神の宝が関係しているの?」

 私の推測に、フィーロは「我が君もだんだんこなれて来たな」と笑って

「そう。彼女の異常な食欲の原因は、悪魔の指輪の1つ『暴食の指輪』のせいだ。彼女は引きこもりになる前、学校に通っていたと言っていただろう? そこで指輪の所有者に、暴食の呪いをかけられたのさ」

 フィーロによれば暴食の呪い自体は、暴食の指環の所有者に、指輪を外させるだけで解除されるそうだ。

「ただ犯人は部外者は入れない全寮制の名門学園の中に居る。だからこそ今回は先に、この家のご令嬢と会う必要があったのさ。被害者の協力を得て、学園への潜入の手はずを整えてもらうためにね」

 それから私は、ご令嬢のもとに戻って

「異常な食欲の原因は、恐らくあなたが通っていた学園にあるはずです。調査のために、私が学園に入れるように手はずを整えてもらえませんか?」

 私の依頼に、彼女は最初「わたくしの食欲と学園に、なんの関係が……?」とピンと来ない様子だったけど

「私の見立てが確かなら、学園にはあなた以外にも異常な食欲に悩まされている生徒が居るはずです。心当たりはありませんか?」

 正確に言えばフィーロの見立てであり、他にも被害者が居ることは全知の力で確認済みだった。

 私の指摘に、彼女は「確かに!」と手を叩いて

「休学してからも友人と文通しているんですけど、わたくしと同じように異常な食欲のせいで、急に太り出した生徒が何人も居ると書いてありましたわ!」

 生徒たちの異常な食欲について、校医はストレスによる過食だろうと結論付けたようだけど

「ですが、学校のストレスが原因なら家で静養している今、食欲は治まるはず。それなのになんの変化も無いから、原因が分からなくて困っていたんですの」

 私は改めて「その原因を探るために、学校に行かせてください」と彼女に頼んだ。

「でしたら父に頼んでみますわ。わたくしがまた学校に通えるようになるためでしたら、父はなんでもしてくれるはずです」
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