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エーデルワールにて
リュシオンさんと戦闘訓練
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私がアルメリア姫たちに、お礼として頼んだのは
「リュシオンに戦い方を教えて欲しい?」
「そんな、どうして? あなたは争いを好まぬ方では?」
確かに私はリュシオンさんの言うとおり、争いが苦手だ。
でも争いが嫌で止めたいからこそ
「戦い方と言っても倒す方法を教えて欲しいわけじゃなくて。武器を持った人が相手だと、今の私では悪魔の指輪があっても触れることすら難しいから。相手の攻撃をかいくぐって、触れられるだけの力が欲しいんです」
フィーロが危険を避けてくれるおかげで、私の旅はこれまで比較的安全だった。
けれどアルメリア姫たちと出会ってから、私は海賊たちや最強の剣を持つ転移者との戦いに巻き込まれた。
目の前で傷ついていく人たちを、私はただ見ているしかできなかった。
葬送の笛が助けてくれなければ、私は逃げることも止めることもできず、ただ巻き添えになって死んでいただろう。
もしまた争いに巻き込まれた時、立ち竦むだけでいたくない。
そのために、もっと強く賢くならなければと感じていた。
私の意向に、リュシオンさんは困り顔で
「こう言ってはなんですが、あなたは俺やアルメリア様のように、国や民を護るべき王家や騎士の家系に生まれたわけではないのに。なぜそこまでして人を助けたいのですか?」
彼の問いに、私はどこまで話そうか少し悩んで
「私は自分の世界で死んで、こっちの世界に来たんです。今は健康だけど、昔はかなりの重病で、歩くこともままならないくらいでした。ただ生きることさえ人に助けてもらわなきゃできなくて、それなのに私は誰にも何も返せないまま死んでしまったから。今度は私がたくさんの人を助けたいんです」
前世は誰にも話すことのなかった願いを口にしたら、少し泣きそうになった。
でも私以上に、リュシオンさんとアルメリア姫が
「うっ……」
「なんて健気な……」
震えながら目頭や口元を押さえると
「リュシオン、ミコト様を強くしてあげて! でも、あまり痛い想いはさせないで!」
「俺もできればそうしたいですが、全く苦痛なく強くすることは……」
難しい顔のリュシオンさんに、私は即座に
「辛くても大丈夫です。がんばります」
「では俺が、あなたを鍛えましょう。ミコト様はあまり人目に付きたくないようですから、城ではなく俺の実家に泊まってください」
リュシオンさんの提案に、アルメリア姫も頬に手を当てながら
「本当はうちに泊まっていただきたいところですが、父や兄は魔法の道具を持つミコト様を抱き込みたがるかもしれません。そう考えると、やはりリュシオンの家に泊まっていただくのが賢明かもしれませんわね」
滞在は許可したものの、なぜかリュシオンさんをジトッと睨んで
「ですが、寝食を共にするからって、くれぐれも彼女に変な真似をしないように。ミコト様ももしリュシオンが稽古に託けてやたら体を触って来たら、それはセクハラですから受け入れてはいけません」
予想もしないアルメリア姫の注意に、私は目を丸くした。
リュシオンさんも心外そうな顔で
「こんな稀有な志を持つ方を穢すような真似はしません。アルメリア様は俺をなんだと思っているんですか?」
「いい齢して恋人のいない堅物ワンコかしら?」
少し意地悪に笑って返すアルメリア姫に、リュシオンさんはカチンと来たようで
「……でしたらいい齢して恋人のいない堅物ワンコである俺は、いくらアルメリア様と違って優しく可愛らしい方でも、恩人に手を出すなんてあり得ないので、ご心配なグワァァッ!?」
「不敬ですわ~」
またもアルメリア姫の雷撃を受けるリュシオンさん。
もしこれが2人の日常だとしたら、早急に火傷の薬も作らなきゃいけないかもしれない。
それから私はリュシオンさんの実家で、1か月ほど稽古を付けてもらうことになった。
リュシオンさんの家には、当然ながら彼のご家族が居た。
もし竜殺しの転移者を倒せなかったら、彼らは処刑されていたかもしれない。
そのせいかリュシオンさんのご両親とお兄さんは、私に心からの感謝を述べて
「カンナギ殿は我が国と私たち家族を救ってくださった大恩人です。1か月と言わずお好きなだけ、我が家でお過ごしください」
大人たちは遠慮してか、あまり私に構わなかったけど
「お姉さんが悪い転移者を倒して、父様たちを助けてくださった旅の方なんですか?」
「不思議な道具をたくさん持っているって本当?」
リュシオンさんには、まだ10歳にもならない幼い弟妹が居て、魔法の道具に興味津々だった。
「こら、お前たち。この方の持つ不思議な道具について気軽に訊ねてはダメだ。もしお前たちが人に話せば、この方の命が危うくなるんだぞ」
「ここで見せてもらうのもダメなの? 僕たち絶対に誰にも言わないよ?」
小さなお兄ちゃんの言葉に、妹もうんうんと頷いた。
「子どもたちに、ちょっと見せるだけなら大丈夫ですよ」
この可愛い子たちを喜ばせたくて、気軽に引き受けようとする私に
「子どもの絶対を鵜呑みにしてはいけません。あなたの持つ不思議な道具を見せたら興奮して、絶対に誰かに話したくなるに決まっています」
リュシオンさんも、本当は私という不思議な旅人のことを誰かに語りたくて堪らないそうだ。
大人でさえこうなのだから、子どもなら尚更だと強く止められた。
真面目なお兄ちゃんに楽しみを邪魔された子どもたちは
「兄様のケチ!」
「ケチンボ!」
小さな足でリュシオンさんの脛を蹴って逃げた。
「全くアイツらは、客人の前だと言うのに……すみません。弟たちが騒がしくて」
やんちゃな弟妹を恥じるリュシオンさんに、私は「賑やかで楽しいです」と笑って首を振った。
さっそく翌日から、リュシオンさんに稽古をつけてもらった。
最初は遠くから投げられる木の実を避ける訓練。
それを避けられるようになったらリュシオンさんと格闘。
格闘と言っても殴り合うのではなく、怠惰の指輪を嵌めた手で相手に触る練習だ。
けれどリュシオンさんは、エーデルワールの精鋭である竜騎士。
私の攻撃を軽々と避け続けた。
そんなリュシオンさんの回避力に、私はある疑問を抱いた。
「こんなに避けるのが上手いなら、アルメリア姫の雷撃も避けられるんじゃ?」
私の質問に、リュシオンさんはやや遠い目で
「あれは避けられないのではなく、あえて避けないんだ。雷撃はアルメリア様の怒りの印。避ければアルメリア様の鬱憤は晴れない。そのたまりにたまった鬱憤を、後で別の形で返されるほうが怖い……」
リュシオンさんは子どもの頃から数え切れないほど、アルメリア姫の雷撃の餌食になっているらしい。
「そんなに、たくさん雷撃を食らって大丈夫なんですか?」
心配する私に、リュシオンさんは
「ありがとう。あなたは本当に優しいな」
柔らかく目を細めると、心配かけまいと明るく笑って
「だが子どもの頃から日常的に食らっているだけあって、雷撃にはもう慣れた。それに長年アルメリア様の理不尽に耐えて来たおかげで、異常に打たれ強くなったし、怪我の治りも早い。悪いことばかりじゃないから大丈夫だ」
恩人認定を受けてから、リュシオンさんは私にも敬語に様付けをするようになっていた。
けれど師弟の関係になってからは、敬語をやめて彼の中で多少気安い『ミコト殿』と呼んでくれるようになった。
アルメリア姫もそうだけど、敬語や様付けは、かえって余所余所しくて寂しかったから、仲良くなれた気がして嬉しい。
普段のリュシオンさんは優しいけど、訓練の時はとても厳しくて
「上半身だけでなく足元にも気を配れ。だから簡単に足を掬われるんだ」
足払いしたり突き飛ばしたりして、私をしょっちゅう地面に叩きつけると
「転んだからって、いちいち動きを止めるな。敵はあなたに手など貸さない」
転んだ瞬間に立ち上がれと、真剣に教えてくれた。
「リュシオンに戦い方を教えて欲しい?」
「そんな、どうして? あなたは争いを好まぬ方では?」
確かに私はリュシオンさんの言うとおり、争いが苦手だ。
でも争いが嫌で止めたいからこそ
「戦い方と言っても倒す方法を教えて欲しいわけじゃなくて。武器を持った人が相手だと、今の私では悪魔の指輪があっても触れることすら難しいから。相手の攻撃をかいくぐって、触れられるだけの力が欲しいんです」
フィーロが危険を避けてくれるおかげで、私の旅はこれまで比較的安全だった。
けれどアルメリア姫たちと出会ってから、私は海賊たちや最強の剣を持つ転移者との戦いに巻き込まれた。
目の前で傷ついていく人たちを、私はただ見ているしかできなかった。
葬送の笛が助けてくれなければ、私は逃げることも止めることもできず、ただ巻き添えになって死んでいただろう。
もしまた争いに巻き込まれた時、立ち竦むだけでいたくない。
そのために、もっと強く賢くならなければと感じていた。
私の意向に、リュシオンさんは困り顔で
「こう言ってはなんですが、あなたは俺やアルメリア様のように、国や民を護るべき王家や騎士の家系に生まれたわけではないのに。なぜそこまでして人を助けたいのですか?」
彼の問いに、私はどこまで話そうか少し悩んで
「私は自分の世界で死んで、こっちの世界に来たんです。今は健康だけど、昔はかなりの重病で、歩くこともままならないくらいでした。ただ生きることさえ人に助けてもらわなきゃできなくて、それなのに私は誰にも何も返せないまま死んでしまったから。今度は私がたくさんの人を助けたいんです」
前世は誰にも話すことのなかった願いを口にしたら、少し泣きそうになった。
でも私以上に、リュシオンさんとアルメリア姫が
「うっ……」
「なんて健気な……」
震えながら目頭や口元を押さえると
「リュシオン、ミコト様を強くしてあげて! でも、あまり痛い想いはさせないで!」
「俺もできればそうしたいですが、全く苦痛なく強くすることは……」
難しい顔のリュシオンさんに、私は即座に
「辛くても大丈夫です。がんばります」
「では俺が、あなたを鍛えましょう。ミコト様はあまり人目に付きたくないようですから、城ではなく俺の実家に泊まってください」
リュシオンさんの提案に、アルメリア姫も頬に手を当てながら
「本当はうちに泊まっていただきたいところですが、父や兄は魔法の道具を持つミコト様を抱き込みたがるかもしれません。そう考えると、やはりリュシオンの家に泊まっていただくのが賢明かもしれませんわね」
滞在は許可したものの、なぜかリュシオンさんをジトッと睨んで
「ですが、寝食を共にするからって、くれぐれも彼女に変な真似をしないように。ミコト様ももしリュシオンが稽古に託けてやたら体を触って来たら、それはセクハラですから受け入れてはいけません」
予想もしないアルメリア姫の注意に、私は目を丸くした。
リュシオンさんも心外そうな顔で
「こんな稀有な志を持つ方を穢すような真似はしません。アルメリア様は俺をなんだと思っているんですか?」
「いい齢して恋人のいない堅物ワンコかしら?」
少し意地悪に笑って返すアルメリア姫に、リュシオンさんはカチンと来たようで
「……でしたらいい齢して恋人のいない堅物ワンコである俺は、いくらアルメリア様と違って優しく可愛らしい方でも、恩人に手を出すなんてあり得ないので、ご心配なグワァァッ!?」
「不敬ですわ~」
またもアルメリア姫の雷撃を受けるリュシオンさん。
もしこれが2人の日常だとしたら、早急に火傷の薬も作らなきゃいけないかもしれない。
それから私はリュシオンさんの実家で、1か月ほど稽古を付けてもらうことになった。
リュシオンさんの家には、当然ながら彼のご家族が居た。
もし竜殺しの転移者を倒せなかったら、彼らは処刑されていたかもしれない。
そのせいかリュシオンさんのご両親とお兄さんは、私に心からの感謝を述べて
「カンナギ殿は我が国と私たち家族を救ってくださった大恩人です。1か月と言わずお好きなだけ、我が家でお過ごしください」
大人たちは遠慮してか、あまり私に構わなかったけど
「お姉さんが悪い転移者を倒して、父様たちを助けてくださった旅の方なんですか?」
「不思議な道具をたくさん持っているって本当?」
リュシオンさんには、まだ10歳にもならない幼い弟妹が居て、魔法の道具に興味津々だった。
「こら、お前たち。この方の持つ不思議な道具について気軽に訊ねてはダメだ。もしお前たちが人に話せば、この方の命が危うくなるんだぞ」
「ここで見せてもらうのもダメなの? 僕たち絶対に誰にも言わないよ?」
小さなお兄ちゃんの言葉に、妹もうんうんと頷いた。
「子どもたちに、ちょっと見せるだけなら大丈夫ですよ」
この可愛い子たちを喜ばせたくて、気軽に引き受けようとする私に
「子どもの絶対を鵜呑みにしてはいけません。あなたの持つ不思議な道具を見せたら興奮して、絶対に誰かに話したくなるに決まっています」
リュシオンさんも、本当は私という不思議な旅人のことを誰かに語りたくて堪らないそうだ。
大人でさえこうなのだから、子どもなら尚更だと強く止められた。
真面目なお兄ちゃんに楽しみを邪魔された子どもたちは
「兄様のケチ!」
「ケチンボ!」
小さな足でリュシオンさんの脛を蹴って逃げた。
「全くアイツらは、客人の前だと言うのに……すみません。弟たちが騒がしくて」
やんちゃな弟妹を恥じるリュシオンさんに、私は「賑やかで楽しいです」と笑って首を振った。
さっそく翌日から、リュシオンさんに稽古をつけてもらった。
最初は遠くから投げられる木の実を避ける訓練。
それを避けられるようになったらリュシオンさんと格闘。
格闘と言っても殴り合うのではなく、怠惰の指輪を嵌めた手で相手に触る練習だ。
けれどリュシオンさんは、エーデルワールの精鋭である竜騎士。
私の攻撃を軽々と避け続けた。
そんなリュシオンさんの回避力に、私はある疑問を抱いた。
「こんなに避けるのが上手いなら、アルメリア姫の雷撃も避けられるんじゃ?」
私の質問に、リュシオンさんはやや遠い目で
「あれは避けられないのではなく、あえて避けないんだ。雷撃はアルメリア様の怒りの印。避ければアルメリア様の鬱憤は晴れない。そのたまりにたまった鬱憤を、後で別の形で返されるほうが怖い……」
リュシオンさんは子どもの頃から数え切れないほど、アルメリア姫の雷撃の餌食になっているらしい。
「そんなに、たくさん雷撃を食らって大丈夫なんですか?」
心配する私に、リュシオンさんは
「ありがとう。あなたは本当に優しいな」
柔らかく目を細めると、心配かけまいと明るく笑って
「だが子どもの頃から日常的に食らっているだけあって、雷撃にはもう慣れた。それに長年アルメリア様の理不尽に耐えて来たおかげで、異常に打たれ強くなったし、怪我の治りも早い。悪いことばかりじゃないから大丈夫だ」
恩人認定を受けてから、リュシオンさんは私にも敬語に様付けをするようになっていた。
けれど師弟の関係になってからは、敬語をやめて彼の中で多少気安い『ミコト殿』と呼んでくれるようになった。
アルメリア姫もそうだけど、敬語や様付けは、かえって余所余所しくて寂しかったから、仲良くなれた気がして嬉しい。
普段のリュシオンさんは優しいけど、訓練の時はとても厳しくて
「上半身だけでなく足元にも気を配れ。だから簡単に足を掬われるんだ」
足払いしたり突き飛ばしたりして、私をしょっちゅう地面に叩きつけると
「転んだからって、いちいち動きを止めるな。敵はあなたに手など貸さない」
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