19 / 122
最強の剣
どうか誰も死なないで
しおりを挟む
最強の剣を失った立川君は、へなへなと崩れ落ちて
「う、嘘だ。なんで竜まで倒した剣が、あんな笛の音なんかで……」
その呟きに答えるように、フィーロが鏡の中から
「俺もこんなことははじめてだが、どうやら神の宝は気に入った主人のためなら、本来以上の力を発揮するらしい。逆に君は最強の剣に嫌われたのだろう。だから剣は君に逆らい、葬送の曲に身を委ねた」
葬送の笛は私を気に入って、本来以上の力を貸してくれた。
それを聞いた私は涙ぐんで、ありがとうと葬送の笛を抱きしめた。
脅威が去った式場。
満身創痍のエーデルワールの兵士さんたちは
「よくも守護竜を殺し、我らを苦しめてくれたな……」
当然ながら、この場に居るほとんどの人が立川君を殺したがった。
一方の立川君は気の毒なほど怯えると
「す、すみません。調子に乗っていました。ど、どうか命だけは。頼むから殺さないで……」
ガタガタと震えながら土下座して、ひたすら謝罪と命乞いを繰り返した。
最強の剣を失った、これが本来の彼なのだろう。
良くも悪くも立川君は普通の人間だ。
無力な時は憶病になり、力を持つと傲慢になる。
その力関係は逆転し、今度は殺される側になった。
私は彼の姿が痛ましくて
「あの、すみません。命だけは助けてあげてください」
立川君の横に立った私に、エーデルワールの人たちは驚いて
「どうして、こんな男を庇うのですか!? コイツが我々に何をしたか、あなたも見ていたでしょう!?」
「幸い死者は出なかった! しかしクラウスは、こやつに手を切り落とされたのですよ!? それをどうして許せと言えるのです!?」
エーデルワールの人たちが怒る気持ちは痛いほど分かる。
それでも、この憶病な少年を殺していいとは言えなかった。
返す言葉も無いくせに、退くわけでもない私を見かねてか
「まぁ、待ってくれ。我が君も何も無罪にしろとは言ってない。ただこの国にも犯罪者を収容する施設があるだろう。そこに入れるだけに留めてくれ」
フィーロの言葉で、この国にも刑務所のような場所があるのかとホッとした。
私としては、そこで罪を償うに留めて欲しかったけど
「だが、この男は我が国にとって神にも等しい守護竜を殺し、無礼にも王家の姫を我がものにしようとした。それに、これだけの負傷者を出した」
「これだけの乱暴狼藉を働きながら、命だけは助けて欲しいなんて通るはずが」
「でも」と私は咄嗟に口を挟んで
「立川君は確かに許されないことをしました。でも今この場に居る人たちは、不思議と誰も死んでいません。それは本当に偶然でしょうか?」
それは激しい戦いを目にしながら、私が密かに抱いた疑問。
ここに居る人たちはみな半死半生だ。でもあれだけ強大な力を持つ剣で、1人も殺さないことが逆にできるだろうか?
「どういう意味だ? まさかこの男が手加減したとでも?」
「そんな配慮がこの男にあるはずがない!」
やはりエーデルワールの人たちには受け入れられなかったけど
「蹂躙された側からすれば、確かに信じがたいだろう。しかし我が君の指摘どおり、この転移者は守護竜を殺すほどの力を持っていた。君たちは鎧で武装していたが、それはかの竜の鱗より強固かな?」
フィーロの問いに、兵士さんたちはお互いを見て
「確かに我々の中には最初に斬られたクラウス以外、手足を切り落とされた人間は居ない」
「ほとんどは剣や鎧の上から弾かれて、壁に叩きつけられただけだ」
「しかし戦いが長引けば、やはり死んでいただろう。それで殺意が無かったとは」
ざわざわと言い合う兵士たちさんに、フィーロは続けて
「意識的な手加減ではないが、激怒しながらも躊躇があったのは事実だ。この少年は本来、憶病な男。あなた方が先に攻撃し、反撃にさらに攻撃が返って来たから止まらなくなった。その怒りのぶつけ合いは、やがて最後の一線も越えさせただろうが、この少年の心にもあなた方と同じ怒りと僅かな慈悲がある」
フィーロは真面目な語り口から一転、ニッコリすると
「あなた方も知ってのとおり、弱い者ほど力を持つと狂暴になるんだ。この少年が無力になった途端、動けぬフリをして戦いから逃げた者さえ、殺せと騒ぎはじめたように」
その指摘に、数人の兵士さんがうっと反応する。
リュシオンさんのように果敢に立ち向かう人たちが居る中。他の兵士さんたちの陰に隠れていた人。一度弾き飛ばされただけで、それ以上は戦おうとしなかった人が確かに居たようだ。
私も再び
「剣のせいでおかしくなってしまっただけで、根っからの悪人では無いと思うんです。だから、どうか命だけは。一度だけでも生き直すチャンスをあげてください」
深く頭を下げて
「この人が許されないことをしたのは分かっています。私の願いが皆さんを苦しめていることも。それでも人が死ぬのは、どうしても嫌なんです……」
涙に声を震わせながら「お願いします……」と重ねて頼むと
「我が君はあなた方を助けに来たのであって、この少年を殺しに来たわけじゃない。しかし自分の協力の結果、この少年が殺されたら、それは我が君の罪になる。我が君に殺人の罪を負わせないでくれ」
私とフィーロの言葉に、殺気立っていた兵士さんたちがシンと静まる。
それでも許すまではいかなかった全体の意思を最後に動かしたのは
「皆が怒るのは当然です。わたくしも、この男が憎い。それでも恩人がこれほど頼んでいるのに無視はできません。聞き入れましょう」
「ひ、姫。よいのですか?」
初老の兵士さんの問いに、アルメリア姫は「ええ」と寛容に微笑みつつも
「その代わり我が国の刑事施設で、他の犯罪者たちとともに、たっぷり反省してもらいましょう。二度と罪など犯せぬように。刻み込まれた恐怖と苦痛が、この者の悪意を封じる枷となるように」
アルメリア姫が美しくも凄絶な笑みを浮かべる。
元の気弱に戻った立川君は、あまりの恐ろしさに「ひっ」と青ざめた。
「う、嘘だ。なんで竜まで倒した剣が、あんな笛の音なんかで……」
その呟きに答えるように、フィーロが鏡の中から
「俺もこんなことははじめてだが、どうやら神の宝は気に入った主人のためなら、本来以上の力を発揮するらしい。逆に君は最強の剣に嫌われたのだろう。だから剣は君に逆らい、葬送の曲に身を委ねた」
葬送の笛は私を気に入って、本来以上の力を貸してくれた。
それを聞いた私は涙ぐんで、ありがとうと葬送の笛を抱きしめた。
脅威が去った式場。
満身創痍のエーデルワールの兵士さんたちは
「よくも守護竜を殺し、我らを苦しめてくれたな……」
当然ながら、この場に居るほとんどの人が立川君を殺したがった。
一方の立川君は気の毒なほど怯えると
「す、すみません。調子に乗っていました。ど、どうか命だけは。頼むから殺さないで……」
ガタガタと震えながら土下座して、ひたすら謝罪と命乞いを繰り返した。
最強の剣を失った、これが本来の彼なのだろう。
良くも悪くも立川君は普通の人間だ。
無力な時は憶病になり、力を持つと傲慢になる。
その力関係は逆転し、今度は殺される側になった。
私は彼の姿が痛ましくて
「あの、すみません。命だけは助けてあげてください」
立川君の横に立った私に、エーデルワールの人たちは驚いて
「どうして、こんな男を庇うのですか!? コイツが我々に何をしたか、あなたも見ていたでしょう!?」
「幸い死者は出なかった! しかしクラウスは、こやつに手を切り落とされたのですよ!? それをどうして許せと言えるのです!?」
エーデルワールの人たちが怒る気持ちは痛いほど分かる。
それでも、この憶病な少年を殺していいとは言えなかった。
返す言葉も無いくせに、退くわけでもない私を見かねてか
「まぁ、待ってくれ。我が君も何も無罪にしろとは言ってない。ただこの国にも犯罪者を収容する施設があるだろう。そこに入れるだけに留めてくれ」
フィーロの言葉で、この国にも刑務所のような場所があるのかとホッとした。
私としては、そこで罪を償うに留めて欲しかったけど
「だが、この男は我が国にとって神にも等しい守護竜を殺し、無礼にも王家の姫を我がものにしようとした。それに、これだけの負傷者を出した」
「これだけの乱暴狼藉を働きながら、命だけは助けて欲しいなんて通るはずが」
「でも」と私は咄嗟に口を挟んで
「立川君は確かに許されないことをしました。でも今この場に居る人たちは、不思議と誰も死んでいません。それは本当に偶然でしょうか?」
それは激しい戦いを目にしながら、私が密かに抱いた疑問。
ここに居る人たちはみな半死半生だ。でもあれだけ強大な力を持つ剣で、1人も殺さないことが逆にできるだろうか?
「どういう意味だ? まさかこの男が手加減したとでも?」
「そんな配慮がこの男にあるはずがない!」
やはりエーデルワールの人たちには受け入れられなかったけど
「蹂躙された側からすれば、確かに信じがたいだろう。しかし我が君の指摘どおり、この転移者は守護竜を殺すほどの力を持っていた。君たちは鎧で武装していたが、それはかの竜の鱗より強固かな?」
フィーロの問いに、兵士さんたちはお互いを見て
「確かに我々の中には最初に斬られたクラウス以外、手足を切り落とされた人間は居ない」
「ほとんどは剣や鎧の上から弾かれて、壁に叩きつけられただけだ」
「しかし戦いが長引けば、やはり死んでいただろう。それで殺意が無かったとは」
ざわざわと言い合う兵士たちさんに、フィーロは続けて
「意識的な手加減ではないが、激怒しながらも躊躇があったのは事実だ。この少年は本来、憶病な男。あなた方が先に攻撃し、反撃にさらに攻撃が返って来たから止まらなくなった。その怒りのぶつけ合いは、やがて最後の一線も越えさせただろうが、この少年の心にもあなた方と同じ怒りと僅かな慈悲がある」
フィーロは真面目な語り口から一転、ニッコリすると
「あなた方も知ってのとおり、弱い者ほど力を持つと狂暴になるんだ。この少年が無力になった途端、動けぬフリをして戦いから逃げた者さえ、殺せと騒ぎはじめたように」
その指摘に、数人の兵士さんがうっと反応する。
リュシオンさんのように果敢に立ち向かう人たちが居る中。他の兵士さんたちの陰に隠れていた人。一度弾き飛ばされただけで、それ以上は戦おうとしなかった人が確かに居たようだ。
私も再び
「剣のせいでおかしくなってしまっただけで、根っからの悪人では無いと思うんです。だから、どうか命だけは。一度だけでも生き直すチャンスをあげてください」
深く頭を下げて
「この人が許されないことをしたのは分かっています。私の願いが皆さんを苦しめていることも。それでも人が死ぬのは、どうしても嫌なんです……」
涙に声を震わせながら「お願いします……」と重ねて頼むと
「我が君はあなた方を助けに来たのであって、この少年を殺しに来たわけじゃない。しかし自分の協力の結果、この少年が殺されたら、それは我が君の罪になる。我が君に殺人の罪を負わせないでくれ」
私とフィーロの言葉に、殺気立っていた兵士さんたちがシンと静まる。
それでも許すまではいかなかった全体の意思を最後に動かしたのは
「皆が怒るのは当然です。わたくしも、この男が憎い。それでも恩人がこれほど頼んでいるのに無視はできません。聞き入れましょう」
「ひ、姫。よいのですか?」
初老の兵士さんの問いに、アルメリア姫は「ええ」と寛容に微笑みつつも
「その代わり我が国の刑事施設で、他の犯罪者たちとともに、たっぷり反省してもらいましょう。二度と罪など犯せぬように。刻み込まれた恐怖と苦痛が、この者の悪意を封じる枷となるように」
アルメリア姫が美しくも凄絶な笑みを浮かべる。
元の気弱に戻った立川君は、あまりの恐ろしさに「ひっ」と青ざめた。
10
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。

おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる