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序章・全知の鏡

旅の目的と日々の暮らし

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 この旅の目的は、今は魔法の鏡状態のフィーロを元の体に戻してあげることだ。

 けれどフィーロには全知の力がある。

 だったら自分を元の体に戻す方法も分かるんじゃないかな?

 あれから無事に大きな街に着いた私は、人気の無い路地裏でフィーロに尋ねてみた。

「我が君はなかなか鋭いな。推測どおり、この鏡から出る方法ならすでに知っている。君も少しはこの生活に慣れたようだし、そろそろ具体的な方針について話しておこう」

 フィーロによれば、この世界には『悪魔の指輪』という魔法の道具があるらしい。

 その指輪を7つ全て集めると、どんな願いでも1つだけ叶えられるそうだ。

 例えば若返りや、死を覆すことさえも。

 7つ揃えると願いが叶うアイテムなんて、いよいよお話の世界みたいだ。

 ただし私たちが集めるのは悪魔の指環らしいけど。

「どんな願いでも叶うなんてすごいけど、悪魔の力になんて頼って平気なのかな?」

 私の世界では悪魔に頼る=破滅フラグだったので心配すると

「悪魔の指輪は単なる名称で、実際に悪魔が作ったり宿ったりしているわけじゃない。1つ1つが悪魔の指輪の名に相応しい恐ろしい魔法を秘めているが、取り扱いに注意すれば危険は無いから大丈夫だ」

 フィーロはニッコリ請け負うと

「ちなみに悪魔の指輪は願いを叶えた瞬間、また世界中に散らばって同じ人間の手には二度と戻らない。つまり再び願いを叶えることはできないだけでなく、悪魔の指輪による魔法も使えなくなる。悪魔の指輪に願うデメリットは、そのくらいだ」

 フィーロの説明に少しホッとする。

 悪魔の指輪と聞くと恐ろしげだけど、要するにすごい力を秘めた魔法の指輪みたいだ。

 デメリットが『願いを叶えたら二度と手に入らない』。つまり悪魔の指輪の力を使えなくなるだけなら特に問題なさそうだ。

「君が手伝ってくれるなら、俺たちはこれから各地を旅して悪魔の指輪を集めることになる。ついでに神の宝も集めよう。指輪の収集のためにも君の安全のためにも、打てる手は多いほうがいいからな」
「神の宝って、あの宝物庫にあった魔法の道具のこと? でも神の宝は1つしか持ち出せないはずじゃないの?」

 それがなんで、この世界で手に入るのか?

 不思議がる私にフィーロは

「神の宝物庫から宝を持ち出した人間は君だけじゃない。神の宝は破壊されない限り、持ち主が死んでも、この世に残り続ける。そして全知の力を持つ俺には、神の宝や悪魔の指輪が、今どこにあるか完璧に分かる」

 つまりそれはその気になれば、この世界にある魔法の道具を全て所有できるということだ。

 あれ? それって、とんでもなく、すごいことなんじゃないかな?

 今さらながら何気なく手にした鏡のすごさに気付く私に

「どうだい? なかなか侮れないだろう? 全知の力というものは」

 フィーロは冗談っぽく笑った。

 そんなわけで、これから私とフィーロは各地を回って、悪魔の指環を探すことになった。

 7つある指輪を全て集めれば、どんな願いでも1つ叶えられるので、フィーロを助けてあげられる。

 けれど旅をするにはお金が必要で、お金を稼ぐには仕事が要る。

 健康になったとは言え、ほぼなんのスキルも無い私に何ができるだろうと、かなり不安だった。

 しかしここでもフィーロの全知の力がさく裂した。

「我が君、そこの店に入ろう。さっき出て行った客が財布を置き忘れている。善良な君は泥棒なんてできないだろうが、追いかけて届けてあげれば、君は食事をご馳走してもらえる」

 落ちているお金やものを拾ったり、落とし物の持ち主が近くに居る場合は届けさせたりして、お礼をもらえるようにしてくれた。

 けれど、この方法は

「落ちている金を勝手に自分のものにしたり、お礼目当てで人に親切にするのは気が引けるって?」

 フィーロの問いに、私は「うん……」と遠慮がちに頷いて

「落としものを届けてあげるのはいいんだけど、お礼を目当てに親切にするのは、ちょっと嫌だなって」

 お金を拾うのも現代人の私からすると、交番に届けるべきじゃないかな?

 交番が無いなら落とし主が捜しに来られるように、そのままにしておいたほうがいいんじゃないかな?

 など考えてしまい、勝手に自分のものにはできなかった。

 ただ私の生活費なのに、手段を選べる立ち場かと自分でも思って、フィーロに申し訳なかった。

 しかし当のフィーロは

「君が嫌なら無理強いはしないが、君がそこまでやり方にこだわるなら、ずいぶん不自由な旅になるぞ」

 選択肢が減るほど不自由になるのは分かる。

 特にお金が無ければ、宿も食事もずいぶん我慢しなくてはならないだろう。

 自分がどれだけの貧しさに耐えられるか分からないけど 

「取りあえず、それでやってみたい」

 私の要望を、フィーロはすんなり受け入れて

「じゃあ、当面は真っ当な方法で稼ごう。俺を使って占いをするといい。何せ俺はなんでも知っているからな。探し物の在処はもちろん恋愛でも適職でも、なんでも答えられる」

 私は旅の資金を占いで稼ぐことになった。

 もちろんお客さんの前で、フィーロと話すわけにはいかない。

 だからお客さんの悩みを聞いた後。

「あなたの悩みについて、お鏡様に尋ねてみましょう」

 自分の耳にコンパクトを押し当て、フィーロに小声で教えてもらうことを、巫女っぽい台詞で誤魔化した。

 お客さんは私の不思議な言動に「この人、大丈夫かな……」と不安そうな顔をする。

 しかしフィーロの答えは、いつも最善だ。

 単に真実を述べるだけでなく、お客さんを不快にさせない言い回しを巧みに選ぶ。

 そのお陰で

「こんなに当たる占い師と出会ったのは初めて! ありがとう!」

 と気持ち良く支払ってもらえた。

 ただ占いだけでは、たくさんは稼げない。

 けれどフィーロが安いお店や宿。野宿の場合でも比較的過ごしやすい場所を教えてくれた。

 そのお陰で私は今のところ、異世界生活が辛いと思わずに済んでいる。

 しかしフィーロは時々。

「我が君。食事中に悪いが、急いでここを離れよう」

 場所や状況を選ばず、いきなり移動を急かすことがある。

 それも地元の人だって知らないような複雑な道をいくつも通り抜けて、時には

「そのゴミ箱に隠れるんだ」

 なんて躊躇うような指示も出して来る。

 けれど仕方なくゴミ箱に隠れた後には、足音が近づいて来て

「チッ、さっきの旅人。どこに消えたんだ?」

 明らかに誰かが私を捜していたことが分かる。

「いったい誰がなんの目的で、私を追っていたの?」

 私の問いに、フィーロは

「この世界で君が気を付けなければならない危険が3つある。性犯罪に物取り。そして最後が『道具狩り』だ」

 物取りが狙うのは通常の金品だけど、道具狩りの目当ては神の宝らしい。

 この世界の全ての人が、異世界人の存在や神の宝を知っているわけではない。

 しかし私と同じように前世の記憶を持ったまま転生や転移をした者は、神の宝を知っている。

「賢い者はやがて気づく。神の宝は使用法さえ分かれば誰にでも使える。だから他人から奪えると」

 この世界では私のような東洋系の人種は珍しい。

 だから神の宝を知る者は、私の日本人的な容姿だけで、転移者だと当たりをつけて狙って来るそうだ。

 またはよく当たる占い師が持つ不思議な鏡の噂を聞きつけて。

「それに、こちらの人間として生まれた転生者と違って、転移者は身寄りの無い流れ者。この世界では身寄りの無い人間の死体が見つかっても、いちいち誰も取り合わない。だから殺して奪っても構わないと考える者も多い」

 神の宝を奪うために、殺人も辞さない相手に狙われている。

 その事実に私はゾッとした。

「まぁ、でもそんなに恐れる必要は無い。俺はそういう危険な人間が近付いて来たら、いち早く気づいて逃がしてやれる。長くも速くも走れない君が決して捕まらないように、常に最適な逃亡ルートでね」

 逆に言えば、フィーロの助言が無ければ、私は簡単に犯罪者の餌食になってしまう。

 あらゆる意味で、フィーロは私の命綱なんだなと理解した。
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