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序章・全知の鏡
叶わなかった願いの先に
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私、神凪命は生まれつき病弱で、大人になるまで生きられないだろうと言われていた。
病気のせいで不自由も多かったけど、家族や病院の人たちはいつも優しくて、愛されて幸せだった。
そんな私は今、お医者さんの宣告どおり、18歳になったばかりの今日、この世を去ろうとしている。
真夜中の病院。ベッドに横たわる私の周りには誰も居ない。
両親には自分が死ぬところを、見せたくないから良かった。
死への恐怖はあまり無い。生きている間、ずっと病気で苦しかったから、家族を悲しませたくない反面、早く楽になりたい気持ちがあった。
ただ私には1つ心残りがあった。
それはいつも人に与えられ助けられるばかりで、自分は何も返せなかったこと。
普通の子と同じように、学校に行ってテストや部活をがんばって、お母さんたちを喜ばせたかった。
私をずっとお世話してくれていたお医者さんや看護師さんのように、自分が誰かを助けられる人になりたかった。
与えられるより与えたい。助けられるより助けたい。
生まれつき無力で何もできなかったからこそ、生きている間ずっと、そんな夢を見続けた。
だけど憧れは憧れのまま、ついにこの短い一生を終える。
もし生まれ変わるなら、どうか今度は自分が誰かを助けられる人に。
そんな後悔と願いを抱いて、泣きながら目を閉じた。
私は真夜中の病院で、人知れず息を引き取ったはずだった。
けれど、次に気づいた時。私は『神の宝物庫』と呼ばれる場所に居た。
そこは宝物庫というより、夜の博物館のように冷ややかで薄暗い場所。
陰鬱な青い光が数え切れないほどの道具を照らしている。
この場にあるのは持つだけで剣聖並みの強さを得る剣。異性を虜にする香水。魔獣を操る鞭など様々な魔法を宿す『神の宝』たち。
これらの情報を私に教えてくれたのも、いくつもある神の宝の1つ。
『全知の力』を持つ紫のコンパクトだった。
「神の宝物庫にようこそ、異世界からの訪問者よ。俺の名はフィロソフィス。長かったらフィーロでいい」
紫のコンパクトを開けると、丸い鏡の中に紫のフードを被った青年が居た。
男性だと分かったのは声と口調のせいで、姿だけなら女性と見まごうほど色白で美しい人だ。
肩に触れるほどの柔らかそうな髪は真っ白で、瞳はアメジストのような紫。
神秘的な外見とは裏腹に、フィーロさんは気さくな笑みで
「いきなり鏡に話しかけられて驚いただろう? でもこれは夢でも妄想でも無い。これから君が行くことになる別の世界の現実だ」
フィーロさんによれば、この神の宝物庫は私のように無念を抱えて死んだ人が、別の世界でやり直す前に通る場所らしい。
「ここでは恵まれた環境や才能を持つ現地人として生まれ変わるか、ここにある神の宝を1つ選んで、そのままの姿で異世界に行くか選べる」
まだ状況が飲み込めない私に、フィーロさんは続けて
「後ろを見てご覧。装備やアイテムの他に人間や獣人、果てはユニコーンやドラゴンなどの魔獣まで、眠るように並んでいるだろう。あれが君たちが望めば生まれ変われる誰かだ」
そこには美しい少年少女や、人や獣の頭を持つ屈強な獣人。竜やスライムがSF映画に出て来るようなカプセルに入れられて展示されていた。
説明書きには、どこの誰に生まれるか、どんな能力があるかなどが書かれている。
「皆すごい人たちばっかりで、普通の人は居ないんですね?」
軽く見た感じ、人型のものはみんな美形で、ほとんどは王族や貴族の生まれだった。
生まれ変わるとしたら普通の人が良かったので、煌びやかな人たちかモンスターばかりで困ってしまった。
私の疑問に、フィーロさんは
「ほとんどの人間は美や富や力において何かしら劣等感があるから、生まれつき裕福な貴族や逆に人間社会を嫌って人外になりたがる者が多いのさ」
なんだか流行りの異世界転生みたいだ。
「ところで俺に対して、そうかしこまらなくていい。敬語や『さん』は外して、友人みたいに気楽に話してくれ」
前世の私は、ほとんど家と病院だけで過ごした。
関わる人の大半は大人だったので、敬語に『さん』付けが癖になっていた。
でも「友人みたいに」と言ってくれたのが、とても嬉しかったので、彼の言うとおりタメ口で話すことにした。
「私はこれから、どうすればいいのかな? これから行く世界の人として普通に生まれ変われたらいいけど、ここに居る人たちは、みんな立派すぎて逆に選びにくくて」
「もし俺が意見していいなら、俺は君に転生ではなく神の宝を持っての転移を選んで欲しい。それも他の強大な力を持つ宝ではなく、この俺をね」
このままの姿で、新しい世界に行く?
自分では考えもしなかった選択肢に少し戸惑う。
フィーロはどうして、そうして欲しいのだろうと尋ねると
「俺は最初からアイテムだったわけじゃなく、元は君がこれから行く世界の住人だったのさ。まぁ、でも俺にもコンプレックスがあって、誰よりも多くを知りたいと望んだ。そしてこの鏡に囚われたのさ。この世の全てを知る『全知の力』と引き替えにね」
「もう千年は経つかな」と、フィーロは投げやりに付け足した。
「千年も、その鏡の中で生き続けているの?」
「ああ。何かを生むことや誰かを助けることも、食べることや動くこともせず、ただ意識のみがある状態を生きていると言えるならね」
「そんな千年も。大変だったね」
何もできない苦痛は、私も前世さんざん味わった。それが千年も続くなんて。それもこの狭い鏡の中だけで過ごすなんて、どれだけ辛かっただろう。
「そうだな。自己憐憫は好きじゃないが、自業自得とは言え、千年も身動きのできない状態は苦痛だ。だから気が触れる前に、元の体に戻りたい。そのために、まずはここを出なきゃいけない。ここを通る人が1つだけ持ち出せる神の宝に選ばれて」
だからフィーロは私に転生ではなく転移を選んで、自分をここから持ち出して欲しいんだ。
フィーロの事情を知った私は
「分かった。私で良かったら協力するよ」
けれど私の返事に、彼はなぜか喜ぶよりも苦笑して
「全知の力で知ってはいたが、君はかなりのお人よしだな。君自身も病気で動けなかった過去があるとしても、俺の能力を確かめもせずに未知の世界を生き抜くための、たった1つの道具に決めてしまうなんて」
指摘されてはじめて、確かに自分は考え無しかもと思う。
これから行く世界が、どんな場所かも分からないのに。
たった1つ選べる道具をフィーロにしていいのか? そもそも転生じゃなくて転移でいいのか?
普通はもっと考えたほうがいいんだろうけど
「私は前の世界では何もできなくて、ずっと誰かの役に立ちたかった。鏡の中に閉じ込められて何もできなくて辛いってフィーロの気持ちも分かるし、私に助けられるなら多少大変でも、あなたの力になりたい」
誰かを助けたい。役に立ちたい。そんな願いを抱いて死んだ私は、仕方なくじゃなく、ぜひ力になりたかった。
しかしやる気は人一倍あるものの
「でも私のほうこそ、ほとんど寝たきりだったから、何ができるか分からないや。役に立たなかったらゴメンね」
調子のいい時はテレビや本を通して外の情報に触れた。
両親は大人になるまで生きられない私に「勉強なんてしなくていから、少しでも楽しいことをして過ごしなさい」と言ってくれたけど、義務教育レベルの勉強は自主的にした。
けれど、それ以上の勉強は難しくて「こんなことしても、私には未来なんて無いのに」って気持ちに負けてしまった。
だから私は同世代の子に比べて、知識も技術も経験も、あらゆる点で足りていない。
そんな私にできることなんてあるのかなと不安になったけど
「俺を助けたいなら、ただその手を差し伸べてくれるだけでいい。でも俺を手に取るだけのことが、この誘惑だらけの部屋では難しいのさ」
フィーロの言葉に、改めて神の宝物庫を見渡す。
眩いほどの美貌や強大な力を持つ新しい体。不思議な力を秘めた道具の数々。
でもフィーロを助けるより大事なことは、この部屋には無さそうに見えた。
「だとしたら君は、俺がずっと待ち望んでいた人だ」
フィーロは鏡の中から、宝石のような紫の瞳で私を見つめて
「君が俺を助けるなら、俺も君を助けよう。この世の全てを見通す全知の力を持って、君の旅を導く」
誠実な声で誓うと、少し悪戯っぽい笑みで
「これからよろしくな、我が君」
そうして私は不思議な鏡と旅に出た。
フィーロを元の体に戻す方法を探すとともに、今度は自分が誰かの力になりたいという、私自身の願いを叶えるために。
病気のせいで不自由も多かったけど、家族や病院の人たちはいつも優しくて、愛されて幸せだった。
そんな私は今、お医者さんの宣告どおり、18歳になったばかりの今日、この世を去ろうとしている。
真夜中の病院。ベッドに横たわる私の周りには誰も居ない。
両親には自分が死ぬところを、見せたくないから良かった。
死への恐怖はあまり無い。生きている間、ずっと病気で苦しかったから、家族を悲しませたくない反面、早く楽になりたい気持ちがあった。
ただ私には1つ心残りがあった。
それはいつも人に与えられ助けられるばかりで、自分は何も返せなかったこと。
普通の子と同じように、学校に行ってテストや部活をがんばって、お母さんたちを喜ばせたかった。
私をずっとお世話してくれていたお医者さんや看護師さんのように、自分が誰かを助けられる人になりたかった。
与えられるより与えたい。助けられるより助けたい。
生まれつき無力で何もできなかったからこそ、生きている間ずっと、そんな夢を見続けた。
だけど憧れは憧れのまま、ついにこの短い一生を終える。
もし生まれ変わるなら、どうか今度は自分が誰かを助けられる人に。
そんな後悔と願いを抱いて、泣きながら目を閉じた。
私は真夜中の病院で、人知れず息を引き取ったはずだった。
けれど、次に気づいた時。私は『神の宝物庫』と呼ばれる場所に居た。
そこは宝物庫というより、夜の博物館のように冷ややかで薄暗い場所。
陰鬱な青い光が数え切れないほどの道具を照らしている。
この場にあるのは持つだけで剣聖並みの強さを得る剣。異性を虜にする香水。魔獣を操る鞭など様々な魔法を宿す『神の宝』たち。
これらの情報を私に教えてくれたのも、いくつもある神の宝の1つ。
『全知の力』を持つ紫のコンパクトだった。
「神の宝物庫にようこそ、異世界からの訪問者よ。俺の名はフィロソフィス。長かったらフィーロでいい」
紫のコンパクトを開けると、丸い鏡の中に紫のフードを被った青年が居た。
男性だと分かったのは声と口調のせいで、姿だけなら女性と見まごうほど色白で美しい人だ。
肩に触れるほどの柔らかそうな髪は真っ白で、瞳はアメジストのような紫。
神秘的な外見とは裏腹に、フィーロさんは気さくな笑みで
「いきなり鏡に話しかけられて驚いただろう? でもこれは夢でも妄想でも無い。これから君が行くことになる別の世界の現実だ」
フィーロさんによれば、この神の宝物庫は私のように無念を抱えて死んだ人が、別の世界でやり直す前に通る場所らしい。
「ここでは恵まれた環境や才能を持つ現地人として生まれ変わるか、ここにある神の宝を1つ選んで、そのままの姿で異世界に行くか選べる」
まだ状況が飲み込めない私に、フィーロさんは続けて
「後ろを見てご覧。装備やアイテムの他に人間や獣人、果てはユニコーンやドラゴンなどの魔獣まで、眠るように並んでいるだろう。あれが君たちが望めば生まれ変われる誰かだ」
そこには美しい少年少女や、人や獣の頭を持つ屈強な獣人。竜やスライムがSF映画に出て来るようなカプセルに入れられて展示されていた。
説明書きには、どこの誰に生まれるか、どんな能力があるかなどが書かれている。
「皆すごい人たちばっかりで、普通の人は居ないんですね?」
軽く見た感じ、人型のものはみんな美形で、ほとんどは王族や貴族の生まれだった。
生まれ変わるとしたら普通の人が良かったので、煌びやかな人たちかモンスターばかりで困ってしまった。
私の疑問に、フィーロさんは
「ほとんどの人間は美や富や力において何かしら劣等感があるから、生まれつき裕福な貴族や逆に人間社会を嫌って人外になりたがる者が多いのさ」
なんだか流行りの異世界転生みたいだ。
「ところで俺に対して、そうかしこまらなくていい。敬語や『さん』は外して、友人みたいに気楽に話してくれ」
前世の私は、ほとんど家と病院だけで過ごした。
関わる人の大半は大人だったので、敬語に『さん』付けが癖になっていた。
でも「友人みたいに」と言ってくれたのが、とても嬉しかったので、彼の言うとおりタメ口で話すことにした。
「私はこれから、どうすればいいのかな? これから行く世界の人として普通に生まれ変われたらいいけど、ここに居る人たちは、みんな立派すぎて逆に選びにくくて」
「もし俺が意見していいなら、俺は君に転生ではなく神の宝を持っての転移を選んで欲しい。それも他の強大な力を持つ宝ではなく、この俺をね」
このままの姿で、新しい世界に行く?
自分では考えもしなかった選択肢に少し戸惑う。
フィーロはどうして、そうして欲しいのだろうと尋ねると
「俺は最初からアイテムだったわけじゃなく、元は君がこれから行く世界の住人だったのさ。まぁ、でも俺にもコンプレックスがあって、誰よりも多くを知りたいと望んだ。そしてこの鏡に囚われたのさ。この世の全てを知る『全知の力』と引き替えにね」
「もう千年は経つかな」と、フィーロは投げやりに付け足した。
「千年も、その鏡の中で生き続けているの?」
「ああ。何かを生むことや誰かを助けることも、食べることや動くこともせず、ただ意識のみがある状態を生きていると言えるならね」
「そんな千年も。大変だったね」
何もできない苦痛は、私も前世さんざん味わった。それが千年も続くなんて。それもこの狭い鏡の中だけで過ごすなんて、どれだけ辛かっただろう。
「そうだな。自己憐憫は好きじゃないが、自業自得とは言え、千年も身動きのできない状態は苦痛だ。だから気が触れる前に、元の体に戻りたい。そのために、まずはここを出なきゃいけない。ここを通る人が1つだけ持ち出せる神の宝に選ばれて」
だからフィーロは私に転生ではなく転移を選んで、自分をここから持ち出して欲しいんだ。
フィーロの事情を知った私は
「分かった。私で良かったら協力するよ」
けれど私の返事に、彼はなぜか喜ぶよりも苦笑して
「全知の力で知ってはいたが、君はかなりのお人よしだな。君自身も病気で動けなかった過去があるとしても、俺の能力を確かめもせずに未知の世界を生き抜くための、たった1つの道具に決めてしまうなんて」
指摘されてはじめて、確かに自分は考え無しかもと思う。
これから行く世界が、どんな場所かも分からないのに。
たった1つ選べる道具をフィーロにしていいのか? そもそも転生じゃなくて転移でいいのか?
普通はもっと考えたほうがいいんだろうけど
「私は前の世界では何もできなくて、ずっと誰かの役に立ちたかった。鏡の中に閉じ込められて何もできなくて辛いってフィーロの気持ちも分かるし、私に助けられるなら多少大変でも、あなたの力になりたい」
誰かを助けたい。役に立ちたい。そんな願いを抱いて死んだ私は、仕方なくじゃなく、ぜひ力になりたかった。
しかしやる気は人一倍あるものの
「でも私のほうこそ、ほとんど寝たきりだったから、何ができるか分からないや。役に立たなかったらゴメンね」
調子のいい時はテレビや本を通して外の情報に触れた。
両親は大人になるまで生きられない私に「勉強なんてしなくていから、少しでも楽しいことをして過ごしなさい」と言ってくれたけど、義務教育レベルの勉強は自主的にした。
けれど、それ以上の勉強は難しくて「こんなことしても、私には未来なんて無いのに」って気持ちに負けてしまった。
だから私は同世代の子に比べて、知識も技術も経験も、あらゆる点で足りていない。
そんな私にできることなんてあるのかなと不安になったけど
「俺を助けたいなら、ただその手を差し伸べてくれるだけでいい。でも俺を手に取るだけのことが、この誘惑だらけの部屋では難しいのさ」
フィーロの言葉に、改めて神の宝物庫を見渡す。
眩いほどの美貌や強大な力を持つ新しい体。不思議な力を秘めた道具の数々。
でもフィーロを助けるより大事なことは、この部屋には無さそうに見えた。
「だとしたら君は、俺がずっと待ち望んでいた人だ」
フィーロは鏡の中から、宝石のような紫の瞳で私を見つめて
「君が俺を助けるなら、俺も君を助けよう。この世の全てを見通す全知の力を持って、君の旅を導く」
誠実な声で誓うと、少し悪戯っぽい笑みで
「これからよろしくな、我が君」
そうして私は不思議な鏡と旅に出た。
フィーロを元の体に戻す方法を探すとともに、今度は自分が誰かの力になりたいという、私自身の願いを叶えるために。
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