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プロローグ・路地裏でゲロっていたら子どもに拾われた件
消えない悪夢と密かな祈り(視点混合)
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【アニス視点】
カイル君と神父様の家は、彼らの人柄を表したように、質素だけど清潔で気持ちのいい場所だった。
面倒見のいいカイル君は、私を家に上げると
「お姉さん、お風呂を沸かすから入って」
私をお風呂に入らせている間に、てきぱきと着替えを用意し、客室のベッドを整えてくれた。
11歳の少年って、普通こんなに有能だろうか?
しかしどうやら神父様はカイル君の養父で、母親は居ないらしい。
女手が無いせいで身の回りのことを全て自分でこなさなければならない環境が、カイル君を自然としっかり者にしたのだろう。
入浴後はご飯まで食べさせてもらい、夜は清潔なベッドで寝かせてもらって実に至れり尽くせりだった。
けれど久しぶりに安全で快適な環境で眠ったのが、かえって悪かったのかもしれない。
清潔で寝心地のいいベッドは、私に実家に居た頃の悪夢を見せた。
『魔術師の家系に生まれながら、人並み以下の魔力しか持たないとは』
『魔法を使えないどころか、肉体の維持もできないなんて終わっているな』
私を蔑む父と、嘲笑う兄の声。
この世界では魔法を使えるほどの魔力の持ち主を『属性持ち』と呼び、それ以外は無能者とされている。
しかし無能者と言われる人でも、普通は肉体の健康を保つだけの魔力はある。
私は父や兄が蔑むように、肉体の維持すらできない虚弱者だと思われていた。
魔術師の家系に生まれながら、一般人並みの魔力も持たない出来損ない。そんな女の使い道と言ったら
『魔術師になれないなら、せめて女として家の役に立て』
私は14歳で、父よりも年上の男のもとに後妻として嫁がされて、そこで……。
「お、お姉さん。大丈夫?」
薄い夜着越しに、誰かの手が私の肩に触れる。だけど私の意識は過去に囚われたままで
「嫌っ、やめて! 来ないで!」
手から逃れようと、ベッドの上でもがいたが
「お、お姉さん、落ち着いて。俺だよ。怖い人じゃないよ」
その呼びかけで、今度こそ目が覚めた。声の主はカイル君だった。恐らく私がうなされている声を聞いて、様子を見に来てくれたのだろう。
情況を理解した私は、未だに騒ぐ胸を押さえながら
「ゴメン。寝ぼけていたみたいで。驚かせちゃって」
力なく謝る私に、カイル君は心配そうな顔で
「それはいいけど、いったい何に怯えていたの?」
私は彼の澄んだ瞳から逃れるように顔を背けながら
「……別になんでもないよ。ただ、ちょっと夢見が悪かっただけ」
誤魔化したものの、カイル君は難しい顔で
「そんな風には見えないけど……」
「本当に大丈夫だから。心配しないで戻って」
それ以上の追及を拒むように、やや強引にお引き取り願おうとしたが
「……あのね。本当は俺のほうが怖い夢を見ちゃって。1人で眠れないから、ここで一緒に寝ちゃダメ?」
予想外のお願いに少し驚く。
てっきり私がうなされていたから入って来たのかと思ったけど、悪夢を見たから尋ねて来たのか。
しかし、だとしても
「そういうのは、神父様に頼んだほうがいいと思うよ」
さんざん世話になっているのに悪いが、私は人が苦手だ。相手が子どもであっても過度の接触は避けたかった。
けれど私の返事に、カイル君は
「怖い夢を見たから一緒に寝てなんて、父さんには恥ずかしくて頼めないから」
重ねてお願いされると
「……確かに親のほうが頼みづらいこともあるか」
それもカイル君と神父様は、本当の親子では無いとのことだ。無邪気に甘えられる関係では無いのかもしれないと考え直して
「いいよ。そもそも君の家のベッドだし、一緒に寝ようか」
「あ、ありがとう」
会ったばかりの他人と眠れるか心配だったが、疲れていたせいか意外とすぐ眠ってしまった。
【カイル視点】
お姉さんと一緒のベッドに入ってしばらく。
俺が居たら寝られないかと思ったけど、お姉さんはよほど疲れていたのか、スーッと眠ってしまった。
ただ、その眉間には寝苦しそうに皺が寄っている。
怖い夢を見たから一緒に眠って欲しいなんて嘘だ。本当はお姉さんが、ちゃんと眠れたか心配で様子を見に来た。
それでうなされる声を聞いて、異変に気付いて今に至る。
お姉さんは、ただ悪い人に財布を取られて、泊まる場所も無く困っているだけだと俺に話した。
だけど重い影を纏ったような佇まいや、先ほどのうなされようを見ると、もっと根深い苦しみがあるように思う。
そんなことを考えながら寝顔を見下ろす間にも、お姉さんは何かに襲われているかのように、ビクビクと身を震わせる。
俺はお姉さんに向かって両手を組み、目を閉じると
(彼女を悪夢からお護りください。安らかな眠りをお与えください)
祈りとともに、優しい光がお姉さんを包む。確立された魔法とは違う、祈りによって放たれた純粋な光の力。
光が差せば闇は退く。それは心も同じだと、よく父さんが言っている。
祈りの光に包まれたお姉さんは、いくらか表情を和らげた。だけど苦しみの原因が解決しない限り、気休めの光はすぐに去り、また闇の時間が来る。
これが気休めにしかならず、また悪夢を見るのだとしたら
(じゃあ、これからは俺がお姉さんのために毎日祈ろう!)
一時の気休めも毎日すれば、ずっと安らか! って俺は単純に考えて、お姉さんの眠りを護ると密かに決めると
(だから安心して眠ってね)
パサパサの黒髪を撫でて、俺も横になった。
カイル君と神父様の家は、彼らの人柄を表したように、質素だけど清潔で気持ちのいい場所だった。
面倒見のいいカイル君は、私を家に上げると
「お姉さん、お風呂を沸かすから入って」
私をお風呂に入らせている間に、てきぱきと着替えを用意し、客室のベッドを整えてくれた。
11歳の少年って、普通こんなに有能だろうか?
しかしどうやら神父様はカイル君の養父で、母親は居ないらしい。
女手が無いせいで身の回りのことを全て自分でこなさなければならない環境が、カイル君を自然としっかり者にしたのだろう。
入浴後はご飯まで食べさせてもらい、夜は清潔なベッドで寝かせてもらって実に至れり尽くせりだった。
けれど久しぶりに安全で快適な環境で眠ったのが、かえって悪かったのかもしれない。
清潔で寝心地のいいベッドは、私に実家に居た頃の悪夢を見せた。
『魔術師の家系に生まれながら、人並み以下の魔力しか持たないとは』
『魔法を使えないどころか、肉体の維持もできないなんて終わっているな』
私を蔑む父と、嘲笑う兄の声。
この世界では魔法を使えるほどの魔力の持ち主を『属性持ち』と呼び、それ以外は無能者とされている。
しかし無能者と言われる人でも、普通は肉体の健康を保つだけの魔力はある。
私は父や兄が蔑むように、肉体の維持すらできない虚弱者だと思われていた。
魔術師の家系に生まれながら、一般人並みの魔力も持たない出来損ない。そんな女の使い道と言ったら
『魔術師になれないなら、せめて女として家の役に立て』
私は14歳で、父よりも年上の男のもとに後妻として嫁がされて、そこで……。
「お、お姉さん。大丈夫?」
薄い夜着越しに、誰かの手が私の肩に触れる。だけど私の意識は過去に囚われたままで
「嫌っ、やめて! 来ないで!」
手から逃れようと、ベッドの上でもがいたが
「お、お姉さん、落ち着いて。俺だよ。怖い人じゃないよ」
その呼びかけで、今度こそ目が覚めた。声の主はカイル君だった。恐らく私がうなされている声を聞いて、様子を見に来てくれたのだろう。
情況を理解した私は、未だに騒ぐ胸を押さえながら
「ゴメン。寝ぼけていたみたいで。驚かせちゃって」
力なく謝る私に、カイル君は心配そうな顔で
「それはいいけど、いったい何に怯えていたの?」
私は彼の澄んだ瞳から逃れるように顔を背けながら
「……別になんでもないよ。ただ、ちょっと夢見が悪かっただけ」
誤魔化したものの、カイル君は難しい顔で
「そんな風には見えないけど……」
「本当に大丈夫だから。心配しないで戻って」
それ以上の追及を拒むように、やや強引にお引き取り願おうとしたが
「……あのね。本当は俺のほうが怖い夢を見ちゃって。1人で眠れないから、ここで一緒に寝ちゃダメ?」
予想外のお願いに少し驚く。
てっきり私がうなされていたから入って来たのかと思ったけど、悪夢を見たから尋ねて来たのか。
しかし、だとしても
「そういうのは、神父様に頼んだほうがいいと思うよ」
さんざん世話になっているのに悪いが、私は人が苦手だ。相手が子どもであっても過度の接触は避けたかった。
けれど私の返事に、カイル君は
「怖い夢を見たから一緒に寝てなんて、父さんには恥ずかしくて頼めないから」
重ねてお願いされると
「……確かに親のほうが頼みづらいこともあるか」
それもカイル君と神父様は、本当の親子では無いとのことだ。無邪気に甘えられる関係では無いのかもしれないと考え直して
「いいよ。そもそも君の家のベッドだし、一緒に寝ようか」
「あ、ありがとう」
会ったばかりの他人と眠れるか心配だったが、疲れていたせいか意外とすぐ眠ってしまった。
【カイル視点】
お姉さんと一緒のベッドに入ってしばらく。
俺が居たら寝られないかと思ったけど、お姉さんはよほど疲れていたのか、スーッと眠ってしまった。
ただ、その眉間には寝苦しそうに皺が寄っている。
怖い夢を見たから一緒に眠って欲しいなんて嘘だ。本当はお姉さんが、ちゃんと眠れたか心配で様子を見に来た。
それでうなされる声を聞いて、異変に気付いて今に至る。
お姉さんは、ただ悪い人に財布を取られて、泊まる場所も無く困っているだけだと俺に話した。
だけど重い影を纏ったような佇まいや、先ほどのうなされようを見ると、もっと根深い苦しみがあるように思う。
そんなことを考えながら寝顔を見下ろす間にも、お姉さんは何かに襲われているかのように、ビクビクと身を震わせる。
俺はお姉さんに向かって両手を組み、目を閉じると
(彼女を悪夢からお護りください。安らかな眠りをお与えください)
祈りとともに、優しい光がお姉さんを包む。確立された魔法とは違う、祈りによって放たれた純粋な光の力。
光が差せば闇は退く。それは心も同じだと、よく父さんが言っている。
祈りの光に包まれたお姉さんは、いくらか表情を和らげた。だけど苦しみの原因が解決しない限り、気休めの光はすぐに去り、また闇の時間が来る。
これが気休めにしかならず、また悪夢を見るのだとしたら
(じゃあ、これからは俺がお姉さんのために毎日祈ろう!)
一時の気休めも毎日すれば、ずっと安らか! って俺は単純に考えて、お姉さんの眠りを護ると密かに決めると
(だから安心して眠ってね)
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