上 下
39 / 40
エピローグ・あの日の続き

何度でも君を見つけて

しおりを挟む
 私は彼の顔を見られず、視線を逸らしながら

「……ゴメン。でもそういうわけだから、私のことは諦めて。君を騙して記憶を奪いながら、今さらのうのうと結ばれるなんて許されないから」

 これで全て終わりだ。後は立ち去るだけと、きびすを返そうとしたが

「許されないって誰に?」

 とんちんかんなカイルの一言に、私は目を丸くしながら

「誰ってカイルだよ。その目、私を恨んでいるんでしょう? 見たことがない顔をしているもん……」

 悪意と暴力にはしょっちゅう晒されて来たが、自分に好意的な人の怒りには慣れていない。

 そのせいで怯えながら返すと、カイルは「うん」とハッキリ怒りを認めつつも

「この間の子どもを産ませて発言といい、どこまで俺の気持ちを弄ぶんだろうって、すごく腹が立っている。絶対に許さない」
「だったら……」

 やっぱり私たちの縁は、これで終わりだ。

 しかし再び立ち去ろうとする私に

「今まで悲しい想いをさせた分、これからはずっと一緒に居てくれなきゃ許さない」

 カイルは私を捕まえて引き寄せると

「二度と俺の前から消えないで」

 そのままきつく抱きしめた。思いもよらない行動に、私は目を白黒させながら

「ど、どういうこと?」

 困惑する私に、カイルはやはり怒った顔で

「今言ったとおりだよ! こんな酷いことをしたアニスには、もう俺を拒む権利無いから! アニスは俺と結婚して! ずっと幸せに暮らして!」

 顏と声は怒っているのに、言っている内容がおかしい。なぜ彼は自分を騙し記憶を奪った女を、キレながらも幸せにしようとするのだろう?

 ここまで来ても私には、カイルの気持ちが不可解で

「な、なんで? なんで君はこんな酷い女を、絶対に諦めないの?」

 他に誰も選べないほど無価値な男ならともかく、カイルは性格、容姿、能力ともに最上級だ。

 子どもの頃も村の女の子たちにモテていたし、大人になってからも、すれ違う女性の多くが好意の視線を向けた。

 カイルなら誰でも、とまでは言わないが、多くの選択肢がある。

 それなのに、どうしてこんな出来損ないで不実な女を選ぶのか?

 私の疑問に、カイルは切なげに顔を歪めて

「俺はアニスが自分に都合がいいから好きなわけじゃない。報われなくても噛み合わなくても、何があっても諦められないほど強く想えるのは君だけなんだ」

 「君じゃなきゃダメなんだ」と、いっそう強く私を抱き締めると

「例え嘘でも、君はエニシアの花を受け取ってくれたでしょう? もう俺たちは消えない約束で結ばれているから、仮にまた記憶を奪って逃げても、何度でも君を見つけて絶対に好きになる」

 先ほどまでと違って少し冗談っぽい声。彼は腕の中の私を見下ろすと

「だから諦めて。俺と結婚して、アニス」

 子どもの頃と変わらない晴れやかな笑顔で言った。自分の直感を心から信じる曇りなき眼差しで。

 カイルはどこまでも信じているんだ。私が自分の運命だと。

 自分がゴミのように思える私には、こちらから好きな人に手を伸ばすことがどうしてもできない。

 けれど私たちは、もう消えない約束で結ばれているそうだ。

 だから私がどれだけもがいて、彼を拒絶し、記憶まで奪おうと、約束は消えない。

 この今は何も無い花畑にも、春になればまた一面のエニシアが咲くように。

 カイルは何度でも姿を消した私を見つけ、抱きしめるのだろう。

 それが分かったら悲しみとは違う涙が、静かに目から溢れた。気づけば、あの頃よりずっと広く逞しくなった背中に腕を回していた。

 それから私たちは、しばらく無言で抱き合った。これで両想いのつもりだったが、カイルだって人間だ。自分の気持ちは保証できても、相手の心まで分かるはずがなく

「……俺たち、これで本当に両想いだと思っていいんだよね?」

 さっきまでの強気が嘘のように、少し情けない顔で尋ねて来た。

 彼は何度も言葉にしてくれたのに、私だけ言わないのはズルいと

「君が好きだよ。私は嘘吐きだから、信じがたいだろうけど」

 本音を話すのは苦手なので少しつっかえながらも

「君が全て思い出しても、まだ私を望んでくれるなら、私も君の花冠が欲しい」

 遠回しに結婚の意思を告げると、カイルは泣きそうな顔で「わぁぁ……」と歓喜して

「良かった。良かった……」

 再び固く抱き締められて、顔は見えないけど、今度こそ彼が泣いているのが分かって

「……何度も拒絶して、泣かせてゴメン」

 カイルの背中を撫でながら謝ると、彼は「ううん」と首を振りながら

「アニスもきっと辛かったんだって、分かるからいいよ」

 ……ああ、優しいな。記憶を思い出して昔の口調に戻ったのも相まって、ようやくカイルと再会した気がする。

「でも、ちょっと残念」

 顔をあげて「何が?」と問うと、彼はやや苦笑いで

「だって俺も大人になったし、本当ならすぐにでも結婚式を挙げられるのに。今はエニシアの花冠を作れないから」

 可愛げのある女性なら「あなたと結婚できるなら、他に何も要らないわ」とか言うのかもしれない。でもエニシアの花冠は私にとっても憧れで、要らないとは言えず

「……すぐじゃなくていいよ」

 私の返事に、首を傾げるカイルに

「君が作ってくれた花冠を被れる日を、今度は私がずっと待っている」

 けっきょく花冠を要求している辺り、あまり健気な発言でも無かった。それでもカイルは嬉しそうに「アニス」と目を細めると、エニシアの花畑があった場所を指して

「俺、君を忘れていた間も、なぜかよくここに来て花冠を作っていたんだ。前はそんな趣味無かったのに。多分アニスにあげる約束を、無意識に覚えていたんだと思う」

 光が弾けるような眩しい笑顔で

「だから俺、花冠作り、すごく上手くなったんだよ。アニスにいちばん綺麗な花冠を作ってあげるから、楽しみにしていてね」

 私たちはまたエニシアの花が咲き乱れる頃に、ここに来ようと約束した。

 いずれ必ず訪れる約束の時を楽しみに、私たちは今度こそ花畑を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

絶倫騎士さまが離してくれません!

浅岸 久
恋愛
旧題:拝啓お父さま わたし、奴隷騎士を婿にします! 幼いときからずっと憧れていた騎士さまが、奴隷堕ちしていた。 〈結び〉の魔法使いであるシェリルの実家は商家で、初恋の相手を配偶者にすることを推奨した恋愛結婚至上主義の家だ。当然、シェリルも初恋の彼を探し続け、何年もかけてようやく見つけたのだ。 奴隷堕ちした彼のもとへ辿り着いたシェリルは、9年ぶりに彼と再会する。 下心満載で彼を解放した――はいいけれど、次の瞬間、今度はシェリルの方が抱き込まれ、文字通り、彼にひっついたまま離してもらえなくなってしまった! 憧れの元騎士さまを掴まえるつもりで、自分の方が(物理的に)がっつり掴まえられてしまうおはなし。 ※軽いRシーンには[*]を、濃いRシーンには[**]をつけています。 *第14回恋愛小説大賞にて優秀賞をいただきました* *2021年12月10日 ノーチェブックスより改題のうえ書籍化しました* *2024年4月22日 ノーチェ文庫より文庫化いたしました*

完結R18)夢だと思ってヤったのに!

ハリエニシダ・レン
恋愛
気づいたら、めちゃくちゃ好みのイケメンと見知らぬ部屋にいた。 しかも私はベッドの上。 うん、夢だな そう思い積極的に抱かれた。 けれど目が覚めても、そこにはさっきのイケメンがいて…。 今さら焦ってももう遅い! ◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎ ※一話がかなり短い回が多いです。 オマケも完結! ※オマケのオマケにクリスマスの話を追加しました (お気に入りが700人超えました嬉しい。 読んでくれてありがとうございます!)

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?

yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました* コミカライズは最新話無料ですのでぜひ! 読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします! ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。 王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?  担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。 だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

処理中です...