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エピローグ・あの日の続き
エニシアの花畑
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しかし「先に家に帰る」と言っていたカイルは、神父様の家に居なかった。
久しぶりの故郷だし、村の人に挨拶にでも行ったのだろうか?
カイルを探して家の中を歩いていると
「ピィ」
鳴き声とともに『隠形』を解いたピィが現れる。
「ピィはカイルがどこに行ったか知っている?」
何気なく聞いてみると、ピィはついて来いとばかりに「ピィ」と鳴いて羽ばたいた。
私とピィは村人たちに見つからないように、再び『隠形』を使って移動した。
てっきり村のどこかに居るかと思いきや、最終的にピィが私を連れて来たのは
「ここ、あの時の……」
そこはエニシアの花畑だった。8年前にカイルと来て、守る気の無い約束をした場所。
ただあの時と違って、エニシアの花は一輪も咲いていなかった。エニシアは確か春から秋にかけて咲く花だ。
気温が下がりはじめるとともに朽ちて、冬には完全に姿を消す。
今は秋の終わりだが、冬のはじまりを前に、花はすでに朽ちてしまったようだ。
こんな場所にカイルはなんの用があるのか?
疑問だったが、確かに彼はこの花畑に居た。
「聖騎士様」
「えっ、魔女さん!?」
声をかけると、カイルはなぜかギクッとしながら振り向いて
「どうしてここに?」
「この子が案内してくれたんです」
言いながら、迷いの森の時とは逆だなと思う。あの時は眠って居る私のところに、ピィがカイルを連れて来た。
「でも聖騎士様こそ、どうしてこんなところに? 家に戻ると言っていたのに」
私の問いに、カイルは「すみません」と眉を下げながら
「魔女さんは覚えてないかもしれませんが、前にエニシアの話をしたでしょう。ここがその花の咲く場所で、この森の近くにしか生えないから、魔女さんに見せてあげたくて」
覚えてないかもどころか、永遠に忘れるはずがない。エニシアの花の意味。
だけど、その約束の花は一輪も残っていなかった。
カイルに聞いたとおりなら、春になればまた生える。
でも今この場に無ければ、再びの春を知らない私には、二度と生えないように見えて
「……でも1輪も残ってないみたいですね」
花も人も時期を逃したら、永遠に失ったままだという気がした。
特に私は自ら約束を捨てたのだから、都合よく取り戻していいはずがない。そんな資格は無いと。
しかし密かに諦める私に
「ありますよ、まだ」
カイルは後ろ手に隠していた何かを差し出すと
「もう朽ちかけていたけど、最後の1輪が」
すっかり萎れた花は、とてもあの可憐なエニシアには見えなかった。けれど、カイルはその変わり果てた花に
「ちょっとズルかもしれませんが、ほら」
温かな金色の光が、枯れかけた花を包む。するとエニシアはみるみるうちに、あの日の美しい姿を取り戻した。
その変化に目を奪われる私をよそに、カイルは手の中のエニシアを見下ろして
「本当はこの花、この村の婚儀に使われるものなんです。『消えない約束』という意味を持つエニシアを1輪渡して求婚し、結婚式には花婿が作った花冠を花嫁に贈ることで、永遠の約束とする」
ふと真剣な目を私に向けると、花を1輪差し出して
「今は花冠を作れませんが、約束を受け取ってもらえませんか?」
まるで、あの日の再現だった。
このまま素知らぬ顔で受け取ればいい。カイルだってそう望んでいるし、神父様だって許してくれたのだから。
喉から手が出るほど、この花が欲しい。
そう思う一方で
「……ゴメン。受け取れない」
伸ばしかけた手を引っ込める私に、カイルは傷ついた顔で
「やっぱりどうしても嫌ですか? 俺と結婚するのは」
彼の問いに、私は「違う」と首を振りながら
「私も君が好きだよ。今の君と出会う前から」
「今の俺と出会う前って?」
もう誤魔化すことに疲れた私は
「……もういいよ。『全部思い出して』」
魔法をかけた当人による許可は、そのまま解呪の呪文になった。
8年前の記憶が一気に逆流したのか、カイルは苦痛の声をあげて、その場に膝をついた。
次に顔を上げた彼は、咎めるような目で私を見ながら
「……俺たちは前にも会っていたの?」
続く言葉は当然「また会えて良かった」なんて、喜びを告げるものではなく
「なんで俺を騙したの? 君も俺が好きだと言ってくれたのに。大人になったら結婚するはずだったのに。どうして俺から記憶を奪ったの!?」
カイルは先ほどまでの穏やかさが嘘のように涙目で怒鳴った。
私は激しい叱責よりも、彼の目に滲む涙に胸を痛めながら
「……前にも言ったでしょう。私は数え切れないくらいの男に使い捨てられたゴミなんだって。自分がどれだけ無価値で汚いか、私がいちばん知っているのに、どうして君にあげられると思うの?」
加害者のくせに泣くなんて卑怯だ。なんとか涙はこらえたが、声の震えは止められなかった。
昔のカイルなら自分の感情よりも、私への配慮を優先しただろう。
しかし今は非難の目で私を見て
「それでも記憶を奪って逃げるなんてズルいよ。たまたま会えたからいいけど、もし見つけられなかったら君は今ごろ死んでいたかもしれない。俺だって本当の望みを見失ったまま、一生を終えるところだった!」
当然ながらカイルは激しく怒った。だからこそ記憶を戻して良かった。
そうでなければ、記憶があったら到底許せない女と、知らず結婚する羽目になっていた。
久しぶりの故郷だし、村の人に挨拶にでも行ったのだろうか?
カイルを探して家の中を歩いていると
「ピィ」
鳴き声とともに『隠形』を解いたピィが現れる。
「ピィはカイルがどこに行ったか知っている?」
何気なく聞いてみると、ピィはついて来いとばかりに「ピィ」と鳴いて羽ばたいた。
私とピィは村人たちに見つからないように、再び『隠形』を使って移動した。
てっきり村のどこかに居るかと思いきや、最終的にピィが私を連れて来たのは
「ここ、あの時の……」
そこはエニシアの花畑だった。8年前にカイルと来て、守る気の無い約束をした場所。
ただあの時と違って、エニシアの花は一輪も咲いていなかった。エニシアは確か春から秋にかけて咲く花だ。
気温が下がりはじめるとともに朽ちて、冬には完全に姿を消す。
今は秋の終わりだが、冬のはじまりを前に、花はすでに朽ちてしまったようだ。
こんな場所にカイルはなんの用があるのか?
疑問だったが、確かに彼はこの花畑に居た。
「聖騎士様」
「えっ、魔女さん!?」
声をかけると、カイルはなぜかギクッとしながら振り向いて
「どうしてここに?」
「この子が案内してくれたんです」
言いながら、迷いの森の時とは逆だなと思う。あの時は眠って居る私のところに、ピィがカイルを連れて来た。
「でも聖騎士様こそ、どうしてこんなところに? 家に戻ると言っていたのに」
私の問いに、カイルは「すみません」と眉を下げながら
「魔女さんは覚えてないかもしれませんが、前にエニシアの話をしたでしょう。ここがその花の咲く場所で、この森の近くにしか生えないから、魔女さんに見せてあげたくて」
覚えてないかもどころか、永遠に忘れるはずがない。エニシアの花の意味。
だけど、その約束の花は一輪も残っていなかった。
カイルに聞いたとおりなら、春になればまた生える。
でも今この場に無ければ、再びの春を知らない私には、二度と生えないように見えて
「……でも1輪も残ってないみたいですね」
花も人も時期を逃したら、永遠に失ったままだという気がした。
特に私は自ら約束を捨てたのだから、都合よく取り戻していいはずがない。そんな資格は無いと。
しかし密かに諦める私に
「ありますよ、まだ」
カイルは後ろ手に隠していた何かを差し出すと
「もう朽ちかけていたけど、最後の1輪が」
すっかり萎れた花は、とてもあの可憐なエニシアには見えなかった。けれど、カイルはその変わり果てた花に
「ちょっとズルかもしれませんが、ほら」
温かな金色の光が、枯れかけた花を包む。するとエニシアはみるみるうちに、あの日の美しい姿を取り戻した。
その変化に目を奪われる私をよそに、カイルは手の中のエニシアを見下ろして
「本当はこの花、この村の婚儀に使われるものなんです。『消えない約束』という意味を持つエニシアを1輪渡して求婚し、結婚式には花婿が作った花冠を花嫁に贈ることで、永遠の約束とする」
ふと真剣な目を私に向けると、花を1輪差し出して
「今は花冠を作れませんが、約束を受け取ってもらえませんか?」
まるで、あの日の再現だった。
このまま素知らぬ顔で受け取ればいい。カイルだってそう望んでいるし、神父様だって許してくれたのだから。
喉から手が出るほど、この花が欲しい。
そう思う一方で
「……ゴメン。受け取れない」
伸ばしかけた手を引っ込める私に、カイルは傷ついた顔で
「やっぱりどうしても嫌ですか? 俺と結婚するのは」
彼の問いに、私は「違う」と首を振りながら
「私も君が好きだよ。今の君と出会う前から」
「今の俺と出会う前って?」
もう誤魔化すことに疲れた私は
「……もういいよ。『全部思い出して』」
魔法をかけた当人による許可は、そのまま解呪の呪文になった。
8年前の記憶が一気に逆流したのか、カイルは苦痛の声をあげて、その場に膝をついた。
次に顔を上げた彼は、咎めるような目で私を見ながら
「……俺たちは前にも会っていたの?」
続く言葉は当然「また会えて良かった」なんて、喜びを告げるものではなく
「なんで俺を騙したの? 君も俺が好きだと言ってくれたのに。大人になったら結婚するはずだったのに。どうして俺から記憶を奪ったの!?」
カイルは先ほどまでの穏やかさが嘘のように涙目で怒鳴った。
私は激しい叱責よりも、彼の目に滲む涙に胸を痛めながら
「……前にも言ったでしょう。私は数え切れないくらいの男に使い捨てられたゴミなんだって。自分がどれだけ無価値で汚いか、私がいちばん知っているのに、どうして君にあげられると思うの?」
加害者のくせに泣くなんて卑怯だ。なんとか涙はこらえたが、声の震えは止められなかった。
昔のカイルなら自分の感情よりも、私への配慮を優先しただろう。
しかし今は非難の目で私を見て
「それでも記憶を奪って逃げるなんてズルいよ。たまたま会えたからいいけど、もし見つけられなかったら君は今ごろ死んでいたかもしれない。俺だって本当の望みを見失ったまま、一生を終えるところだった!」
当然ながらカイルは激しく怒った。だからこそ記憶を戻して良かった。
そうでなければ、記憶があったら到底許せない女と、知らず結婚する羽目になっていた。
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