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エピローグ・あの日の続き
予期せぬ許し
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私とカイルに『隠形』をかけて、村の人の目に触れずにコッソリと教会に向かう。
今日はお祈りの日でもなく、子どもたちの授業はすでに終わっていた。教会の中には、ちょうど神父様だけだったので
「父さん、ただいま」
隠形を解いたカイルが声をかけると
「カイル? 久しぶりだな。今日はどうして……」
にこやかに振り向いたのも束の間、神父様は隣に立つ私に気付きハッとして
「あ、あなたは!」
「あっ、父さんも知っているんだ? 昔この村に来たことがあるんだってね。俺が騎士学校に行くのと、入れ違いだったのかな?」
幸いカイルは気づかなかったようだが、私と神父様の間には気まずい空気が流れた。神父様は悟られる前にと思ったのか
「……カイル。彼女と少し話させてくれないか?」
「いいけど、どうして?」
カイルが問うたのは神父様だが
「前にこの村に来た時、神父様にはすごくお世話になったんです。ですから、あなたとのことを報告する前に、私も少し神父様と話したいです」
「そうなんですか。じゃあ、俺は先に家に行っていますね」
私からも頼むと、カイルは素直に教会を出た。
それから私は神父様に連れられて、奥にある応接間に入った。神父様はドアに鍵をかけると
「アニスさん、これはいったいどういうことですか? どうしてまたカイルと一緒に。それに、その姿は?」
「……順を追って説明させてください」
私たちはそれぞれソファに腰かけると、これまでの経緯を話した。
「つまりあなたはここを出た後、迷いの森で死のうと? その死の呪いを8年後に、たまたま迷いの森を訪れたカイルが解いたということですか?」
神父様の確認に、私は「……はい」と返して
「こんなことになって、すみません。あの子とは二度と会わない約束だったのに」
会うつもりは無かったと言ったところで、きっと向こうはこんな偶然信じないだろう。
成長して聖騎士になったカイルに、私が意図的に接触したと考えるほうが、誰の目にも自然だ。
次の瞬間には、激しく非難されるだろうと覚悟したが
「し、神父様? どうされたんですか?」
神父様はいきなり涙して深く項垂れた。なぜ神父様が泣いたのか分からず、狼狽えながら問うと
「あの時あなたを追い出すべきじゃなかった。まさか1人で死のうとしていたなんて。カイルが見つけたから良かったものの、もし死の眠りの呪いが解かれなかったら、どうなっていたか。本当に申し訳ありません。私が 狭量だったせいで、あなたに辛い選択をさせてしまって」
神父様は私と違ってよほど心が綺麗らしく、少しも話を疑わなかった。いや、実際それが事実なんだけど。
まさか謝罪されるとは思わず、私はかえって戸惑いながら
「そんな、ご自分を責めないでください。私はカイルや神父様に出会う前から、安らかに眠ることを望んでいたんです。あの子と引き離されたから、死のうとしたわけではありません」
自分の対応が私を死に追いやったと思っているなら、誤解だと否定すると
「つまりあなたは、もともと死を望んでいたと?」
「はい」
私の返事に、神父様は痛ましそうな顔で
「カイルがあなたに傾倒していた理由が分かった気がします。あの子は自分が居なければ、アニスさんが死んでしまうと、あなたを生かしたい一心だったんでしょうね」
自分でも分かっていたが、やはり他人の目から見てもそうなのかと
「……はい、そうです。あの子は優しいから、私に同情しているだけです」
しかし自嘲的に微笑んで同意する私に
「同情ではありませんよ」
神父様はとても真剣な顔で
「人が自分の一生をかけてまで、ただ1人を救おうとするのは、同情ではなく愛です」
思いがけない言葉に、私は打たれたように目を見開いて
「なんでそんなことを……神父様はカイルから私を引き離したいんじゃ?」
私の問いに、神父様は首を振ると
「今日ここであなたに会うまでは認めまいとして来ましたが、本当はずっと後悔していました。あなたにカイルの記憶を奪わせたこと。それによって、あの子の本来の意思を捻じ曲げてしまったことを」
カイルの意思を捻じ曲げたことは、私も罪悪感があった。でもだからこそ余計に、素知らぬ顔で結ばれるわけにはいかないだろうに
「ですが、運命はまたカイルとあなたを出会わせた。だとしたら、あなたたちは、やはり結ばれる運命だったのでしょう。私はもう反対しませんから、アニスさんももう死ぬなんて言わずに、カイルと幸せになってください」
8年前には反対派だった神父様に、にこやかにOKされた私は
「いやいやいや! そんなにあっさり許さないでください! 私は神父様に、カイルを止めて欲しくて会いに来たのに!」
「カイルを止めて欲しいと言うことは、カイルはやはり、またあなたに執着しているんですか?」
「執着と言うかなんと言うか……なんでか、また結婚しようと」
自分が彼に愛されているなんて認めがたくて、もにょもにょと返すと
「あなたが嫌ではないなら、もう運命に逆らう必要は無いのでは? 「8年前は止めた癖に」と思われるかもしれませんが、私はあの過ちによって、大事なのは周りが見て釣り合うか世間に許されるかではなく、当人の意思だと学びました」
神父様は穏やかな声と目の色で
「あなた自身はどうですか? カイルが嫌いですか?」
その問いは、心の底に沈んでいたカイルへの想いを浮かび上がらせた。
この世で唯一、私を愛してくれる人を嫌えるはずがない。
受け入れるべきではないと否定し続けた恋情は、涙となって目から溢れた。何も言えず、ただ泣きながら俯く私に、神父様は聖職者らしい温かな眼差しで
「もしあなたがカイルを受け入れてくださるなら、他の誰が非難しようと、私はあなたたちの結婚を祝福します。ですからアニスさんは今度こそ、どうか自分の心に素直になってください」
教会で神父様と別れた後、私はカイルが待つ家に帰った。
今日はお祈りの日でもなく、子どもたちの授業はすでに終わっていた。教会の中には、ちょうど神父様だけだったので
「父さん、ただいま」
隠形を解いたカイルが声をかけると
「カイル? 久しぶりだな。今日はどうして……」
にこやかに振り向いたのも束の間、神父様は隣に立つ私に気付きハッとして
「あ、あなたは!」
「あっ、父さんも知っているんだ? 昔この村に来たことがあるんだってね。俺が騎士学校に行くのと、入れ違いだったのかな?」
幸いカイルは気づかなかったようだが、私と神父様の間には気まずい空気が流れた。神父様は悟られる前にと思ったのか
「……カイル。彼女と少し話させてくれないか?」
「いいけど、どうして?」
カイルが問うたのは神父様だが
「前にこの村に来た時、神父様にはすごくお世話になったんです。ですから、あなたとのことを報告する前に、私も少し神父様と話したいです」
「そうなんですか。じゃあ、俺は先に家に行っていますね」
私からも頼むと、カイルは素直に教会を出た。
それから私は神父様に連れられて、奥にある応接間に入った。神父様はドアに鍵をかけると
「アニスさん、これはいったいどういうことですか? どうしてまたカイルと一緒に。それに、その姿は?」
「……順を追って説明させてください」
私たちはそれぞれソファに腰かけると、これまでの経緯を話した。
「つまりあなたはここを出た後、迷いの森で死のうと? その死の呪いを8年後に、たまたま迷いの森を訪れたカイルが解いたということですか?」
神父様の確認に、私は「……はい」と返して
「こんなことになって、すみません。あの子とは二度と会わない約束だったのに」
会うつもりは無かったと言ったところで、きっと向こうはこんな偶然信じないだろう。
成長して聖騎士になったカイルに、私が意図的に接触したと考えるほうが、誰の目にも自然だ。
次の瞬間には、激しく非難されるだろうと覚悟したが
「し、神父様? どうされたんですか?」
神父様はいきなり涙して深く項垂れた。なぜ神父様が泣いたのか分からず、狼狽えながら問うと
「あの時あなたを追い出すべきじゃなかった。まさか1人で死のうとしていたなんて。カイルが見つけたから良かったものの、もし死の眠りの呪いが解かれなかったら、どうなっていたか。本当に申し訳ありません。私が 狭量だったせいで、あなたに辛い選択をさせてしまって」
神父様は私と違ってよほど心が綺麗らしく、少しも話を疑わなかった。いや、実際それが事実なんだけど。
まさか謝罪されるとは思わず、私はかえって戸惑いながら
「そんな、ご自分を責めないでください。私はカイルや神父様に出会う前から、安らかに眠ることを望んでいたんです。あの子と引き離されたから、死のうとしたわけではありません」
自分の対応が私を死に追いやったと思っているなら、誤解だと否定すると
「つまりあなたは、もともと死を望んでいたと?」
「はい」
私の返事に、神父様は痛ましそうな顔で
「カイルがあなたに傾倒していた理由が分かった気がします。あの子は自分が居なければ、アニスさんが死んでしまうと、あなたを生かしたい一心だったんでしょうね」
自分でも分かっていたが、やはり他人の目から見てもそうなのかと
「……はい、そうです。あの子は優しいから、私に同情しているだけです」
しかし自嘲的に微笑んで同意する私に
「同情ではありませんよ」
神父様はとても真剣な顔で
「人が自分の一生をかけてまで、ただ1人を救おうとするのは、同情ではなく愛です」
思いがけない言葉に、私は打たれたように目を見開いて
「なんでそんなことを……神父様はカイルから私を引き離したいんじゃ?」
私の問いに、神父様は首を振ると
「今日ここであなたに会うまでは認めまいとして来ましたが、本当はずっと後悔していました。あなたにカイルの記憶を奪わせたこと。それによって、あの子の本来の意思を捻じ曲げてしまったことを」
カイルの意思を捻じ曲げたことは、私も罪悪感があった。でもだからこそ余計に、素知らぬ顔で結ばれるわけにはいかないだろうに
「ですが、運命はまたカイルとあなたを出会わせた。だとしたら、あなたたちは、やはり結ばれる運命だったのでしょう。私はもう反対しませんから、アニスさんももう死ぬなんて言わずに、カイルと幸せになってください」
8年前には反対派だった神父様に、にこやかにOKされた私は
「いやいやいや! そんなにあっさり許さないでください! 私は神父様に、カイルを止めて欲しくて会いに来たのに!」
「カイルを止めて欲しいと言うことは、カイルはやはり、またあなたに執着しているんですか?」
「執着と言うかなんと言うか……なんでか、また結婚しようと」
自分が彼に愛されているなんて認めがたくて、もにょもにょと返すと
「あなたが嫌ではないなら、もう運命に逆らう必要は無いのでは? 「8年前は止めた癖に」と思われるかもしれませんが、私はあの過ちによって、大事なのは周りが見て釣り合うか世間に許されるかではなく、当人の意思だと学びました」
神父様は穏やかな声と目の色で
「あなた自身はどうですか? カイルが嫌いですか?」
その問いは、心の底に沈んでいたカイルへの想いを浮かび上がらせた。
この世で唯一、私を愛してくれる人を嫌えるはずがない。
受け入れるべきではないと否定し続けた恋情は、涙となって目から溢れた。何も言えず、ただ泣きながら俯く私に、神父様は聖職者らしい温かな眼差しで
「もしあなたがカイルを受け入れてくださるなら、他の誰が非難しようと、私はあなたたちの結婚を祝福します。ですからアニスさんは今度こそ、どうか自分の心に素直になってください」
教会で神父様と別れた後、私はカイルが待つ家に帰った。
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