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間の話・記憶を失くした後のこと
誰のための未来(神父視点)
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アニスさんが去った後。目を覚ましたカイルは、本当に記憶を失っていた。
アニスさんは自分に関する記憶を消したと言っていたが、この半年。カイルの関心事は全てアニスさんだった。
そのせいかカイルは、半年分の記憶を失っていた。それでもカイルは奇妙なほど、記憶の欠落を気にしない。
アニスさんと出会う前のように、よく手伝い、よく学び、よく鍛えている。出来過ぎなほどいい子のカイルに戻って
「来年はいよいよ騎士学校の入学試験だね」
聖騎士にはならないと言ったことも忘れて、無邪気に笑っている。
何もかも元通りだ。それなのに私の胸は、不安でざわめいていた。
「なぁ、カイル。お前は本当に自分の意思で聖騎士になりたいのか? 私に遠慮しているだけじゃないのか?」
「なんでそんなことを聞くの? 俺、一度だって聖騎士になりたくないなんて言ったことが無いのに」
言っていたんだ。お前は忘れてしまっただけで。生まれてはじめて見せる強固な意志で、聖騎士にはならないと言っていたのに。
「惑わせるようなことを言ってすまない。ただ急に思ったんだ。聖騎士になるのは名誉だし、やりがいのある仕事だ。ただ聖騎士になれば厳しい掟に縛られる」
例えば聖騎士は、恋愛もできない。子も持てない。任務次第でどこにでも行かなくてはいけないから、気に入った場所があっても定住できない。
言葉にすればするほど、カイルにとって不自由に思えて
「人間としての幸せを考えた時には、あまりいい仕事とは言えないかもしれない……」
聖騎士になれば、まず名誉が得られる。信仰だけでは今どき得られない人材を確保するために、十分な基本給も与えられる。
活躍によっては聖騎士個人に、王族や貴族から更なる褒章が与えられる。私の場合は聖騎士の名誉に憧れた。昔は、もしかしたら今も、高潔な人物になりたかった。
けれどカイルには、金銭欲どころか名誉欲も無い。よき隣人として素朴な感謝を喜ぶことはあっても、英雄として歴史に名を刻むことには、なんの興味も無いようだった。
それでもカイルが聖騎士を目指すのは
「心配しなくても俺は、無理に聖騎士を目指しているわけじゃないよ。俺は他の皆と違って、やりたいことも大事な人も居ないから、その分皆のために尽くすのがいいと思う」
誰もが褒めるだろう立派な志を、カイルはどこか諦めたような微笑で
「俺の力が天から与えられたものなら、きっと心もそのために作られたんじゃないかな? 1つの場所や人に囚われず、多くの場所や人を護れるように」
違う。大事な人は居たんだ。優しいお前が他の全てを捨ててでも、護りたいと望んだ人が。
その強い願いが消えたから、この子は聖騎士になると言う。自分には他に何も無いから。ただ与えられた命を無駄にしないために。
カイルはいい子だ。でも誰にとってのいい子だ? 私はこの子の意思を消し去って、自分に都合のいいように作り変えたんじゃ……。
「父さん? どうしたの?」
あまりの罪深さに震える。よほど目の前の子に懺悔して、全て話したくなった。
けれどアニスさんは、もう居ない。今さら全て話しても、カイルは自分の知らない間に大切なものを奪われたと知るだけ。でも記憶も彼女も、私には戻してやれない。それなら何も話すべきではないと
「……なんでもない」
今さらながら彼女の最後の言葉が重くのしかかる。
『カイルにはどうか自由に生きさせてあげてください。あの子は聖騎士にならなくても、自然と人を助ける子です』
カイルの意思を尊重するなら、あの時するべきだった。後悔しても、もう遅い。時は戻らない。
アニスさんは自分に関する記憶を消したと言っていたが、この半年。カイルの関心事は全てアニスさんだった。
そのせいかカイルは、半年分の記憶を失っていた。それでもカイルは奇妙なほど、記憶の欠落を気にしない。
アニスさんと出会う前のように、よく手伝い、よく学び、よく鍛えている。出来過ぎなほどいい子のカイルに戻って
「来年はいよいよ騎士学校の入学試験だね」
聖騎士にはならないと言ったことも忘れて、無邪気に笑っている。
何もかも元通りだ。それなのに私の胸は、不安でざわめいていた。
「なぁ、カイル。お前は本当に自分の意思で聖騎士になりたいのか? 私に遠慮しているだけじゃないのか?」
「なんでそんなことを聞くの? 俺、一度だって聖騎士になりたくないなんて言ったことが無いのに」
言っていたんだ。お前は忘れてしまっただけで。生まれてはじめて見せる強固な意志で、聖騎士にはならないと言っていたのに。
「惑わせるようなことを言ってすまない。ただ急に思ったんだ。聖騎士になるのは名誉だし、やりがいのある仕事だ。ただ聖騎士になれば厳しい掟に縛られる」
例えば聖騎士は、恋愛もできない。子も持てない。任務次第でどこにでも行かなくてはいけないから、気に入った場所があっても定住できない。
言葉にすればするほど、カイルにとって不自由に思えて
「人間としての幸せを考えた時には、あまりいい仕事とは言えないかもしれない……」
聖騎士になれば、まず名誉が得られる。信仰だけでは今どき得られない人材を確保するために、十分な基本給も与えられる。
活躍によっては聖騎士個人に、王族や貴族から更なる褒章が与えられる。私の場合は聖騎士の名誉に憧れた。昔は、もしかしたら今も、高潔な人物になりたかった。
けれどカイルには、金銭欲どころか名誉欲も無い。よき隣人として素朴な感謝を喜ぶことはあっても、英雄として歴史に名を刻むことには、なんの興味も無いようだった。
それでもカイルが聖騎士を目指すのは
「心配しなくても俺は、無理に聖騎士を目指しているわけじゃないよ。俺は他の皆と違って、やりたいことも大事な人も居ないから、その分皆のために尽くすのがいいと思う」
誰もが褒めるだろう立派な志を、カイルはどこか諦めたような微笑で
「俺の力が天から与えられたものなら、きっと心もそのために作られたんじゃないかな? 1つの場所や人に囚われず、多くの場所や人を護れるように」
違う。大事な人は居たんだ。優しいお前が他の全てを捨ててでも、護りたいと望んだ人が。
その強い願いが消えたから、この子は聖騎士になると言う。自分には他に何も無いから。ただ与えられた命を無駄にしないために。
カイルはいい子だ。でも誰にとってのいい子だ? 私はこの子の意思を消し去って、自分に都合のいいように作り変えたんじゃ……。
「父さん? どうしたの?」
あまりの罪深さに震える。よほど目の前の子に懺悔して、全て話したくなった。
けれどアニスさんは、もう居ない。今さら全て話しても、カイルは自分の知らない間に大切なものを奪われたと知るだけ。でも記憶も彼女も、私には戻してやれない。それなら何も話すべきではないと
「……なんでもない」
今さらながら彼女の最後の言葉が重くのしかかる。
『カイルにはどうか自由に生きさせてあげてください。あの子は聖騎士にならなくても、自然と人を助ける子です』
カイルの意思を尊重するなら、あの時するべきだった。後悔しても、もう遅い。時は戻らない。
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