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別れの足音

別れの理由

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 神父様が私たちの関係を認めたなんて嘘だ。マトモな大人は11歳の少年が、一回りも年上の女のために将来を棒に振るなんて許さない。

 それは当事者である私も同じ。

 カイルの気持ちを子どもの気まぐれだと軽んじたわけじゃない。むしろ逆だった。

『父さんは見返りが欲しいから人を愛するの?』

 あの時、カイルと神父様の話を、廊下でドア越しに聞いていた。

『俺もアニスが自分を好きになってくれたら嬉しいよ。でも一生同じ気持ちになれなくても構わない。ただアニスが二度と傷つかないようにしてあげたい』

 カイルは熱に浮かされているのでも、自分の言葉に酔っているのでもない落ち着いた声音で

『それで少しでも笑顔が見られたら、俺は最高に幸せなんだ』

 その言葉とともに、カイルの笑顔が目に浮かんだ。その瞬間、心に温かな光が差して、気づいたら泣いていた。胸の奥で凍り付いていた何かが、溶け出して溢れるように。

 胸の中の強張りが溶けて消えたら、もう誤魔化せなくなった。自分があの子に愛されていることと、私もあの子を愛していることを。

 でも、じゃあカイルと結ばれようとは思わなかった。カイルを大事に想うほど、彼のたった1人の特別な人に、自分を据えたくなかった。

 私は親に捨てられた子どもだ。才能が無いなら、せめて女として家の役に立てと、40歳も上の聖職者のもとに嫁に出された。

 私の故郷では保護者の同意があれば13歳から結婚できる。しかし例え夫婦でも、16歳未満の少女と性交するのは犯罪だった。

 私は当時14で、後2年は猶予があるはずだった。

 ……けれど、それは表向きの話。保護者の同意のもと幼くして嫁がされた少女の多くは、そのまま人知れず餌食になる。私も嫁いだその日に処女を奪われ、いくら泣き叫んでも許されることなく、夜通し種付けされた。

 しかし相手は腐っても聖職者。つまり普通の人間よりも魔力が多い。そのはじめて注がれた精によって、私は魔力を得た。

 凌辱から逃れたいという強い想いは、毒の魔法になってオークのように肥えた元夫を襲った。

 幸い元夫の命は助かった。しかし私が汚らわしい闇属性であることがバレて、すぐに離縁された。

 離縁されただけなら、まだいい。

 前にも言ったとおり、闇属性は人間か魔物かで、学者の間ですら意見が分かれている。

 ……そして私の故郷では闇属性の人間は魔物で、決して魔術師の名門から生まれていいものではなかった。

『ただの虚弱者ならともかく、まさか闇属性だったとは。その件で脅して来たあの男の口を封じるために、私がどれだけの危険をおかしたと思う!?』

 私が魔物なら血縁である親兄弟まで、人ではないことになる。私が闇属性であることは、家を潰しかねないほどの秘密なので

『お前が生きている限り、秘密が漏れる恐れは消えない。だから死ね。誰にもバレないうちに。それがお前にできる唯一の親孝行だ』

 私は父にとって使い道のない出来損ないから、早急に処分すべき危険物になった。

 父は私の処分を、使用人の男に任せた。

 ところが私の処分を、男に任せたのが間違いだった。

 人は手に入らないものほど欲しくなる。

 私のような虚弱者でも、普通なら手を出せない年齢であることから元夫が求めたように。その使用人にとっては未成年であることに加えて、貴族の娘と言う付加価値があった。

『どうせ殺すなら何したっていいよな』

 オモチャにされるくらいなら今すぐ死にたかった。だけど自分で死ぬ勇気は無くて、されるがままに犯された。

 しかし再び注がれた精によって、また多少の魔力を得た私は、使用人に暗示をかけて、自分は死んだことにした。

 でもそうして逃げた先の世界でも、カイルに会うまでろくなことが無かった。

 ただでさえ不用品で生きていてはいけない私は、すっかり汚れ切って、相手が大切な人であるほど、絶対にあげられないものになった。

 だから神父様との話し合いで

『あなたには申し訳ないが、私はカイルの人生を、あなたの不幸の穴埋めに使わせたくありません』

 と言われた言葉が、そのまま私の本心だった。

 だから決めた。カイルを裏切ってでも私を忘れさせると。私という足枷を無くして、あの子が最良の未来を選べるように。

 流石に少しはためらうかと思ったけど、カイルは全く私を疑わなかった。

 泣きながら眠る彼を、私は静かに見下ろして

「……君の信頼を裏切ってゴメン」

 一方的な謝罪を最後にベッドから降りる。

 最後に扉の前でカイルを振り返ると、彼からもらったエニシアの花を手に

「……花をありがとう。消えない約束をありがとう」

 もう届かない感謝を告げると、さよならと呟いてカイルの部屋を出た。


 今夜カイルの記憶を奪うことを、神父様には予め知らせていた。私は家を出る前に、無事にカイルの記憶を消したことを神父様に伝えに行った。

 私からの報告を自室で待っていた神父様は

「あなたは本当に闇属性だったんですね」
「すみません。助けていただいたのに、恩を仇で返すような真似をして」
「謝らないでください。あなたがカイルにしたことを考えれば、許すとは言えません」

 私が闇属性だと知ったことで、私の急激な容姿の変化や、カイルの執着の理由にも気づいただろう。

 いちおう合意とは言え、子どもに手を出したのだから、保護者であり聖職者であるこの人が許せなくて当然だ。

「なんの償いにもなりませんが、カイルには二度と会わないので安心してください」

 私は去る前に、クォーツを売ったお金を神父様に渡した。カイルには旅費にすると言ったが、私は彼を置き去りにするつもりだった。これはカイルのおかげで得たお金だし、せめて神父様に返すことにした。

 神父様にとって、私は最愛の息子を穢した女だ。それにもかかわらず、お金を渡された神父様は困惑顔で

「ですが、あなただって村を出るなら旅費が必要では?」

 私が困るのではないかと心配してくださった。

 極限に怒りながらも残酷になれない。元夫と違って、神父様は聖職者の地位に恥じない人だ。

 カイルの父親が優しい人で良かったと、私は少し頬を緩めながら

「自分の分は確保してありますから、これはカイルのために使ってください」

 部屋を出る前に、私は最後に神父様を振り返ると

「私に口を出す権利はありませんが、カイルにはどうか自由に生きさせてあげてください。あの子は聖騎士にならなくても、自然と人を助ける子です」

 余計なお世話だと言われかねない台詞だったが、神父様は神妙に聞き入れて

「……そうですね。あの子の人生は、あの子のものです。次はどんな選択でも、あの子の意思を尊重します」

 その言葉が聞けてホッとした。カイルには何にも縛られることなく、自由に生きて欲しい。

 そのやり取りを最後に、私は今度こそピィを連れて村を出た。
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