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別れの足音

全て忘れ眠れ(カイル視点)

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 それから俺たちは家に戻った。いつもは自分の部屋で寝ているのに、今夜はなぜかアニスから

「まだ君と一緒に居たい」

 と言われて、俺の部屋で一緒に寝ることになった。今日から俺たちは婚約者だから、甘えてくれているのかも。嬉しくて顔がずっとニコニコしてしまう。

 暗い部屋の中。2人でベッドに横になる。俺のベッドはシングルなので、自然と肩が触れ合う。窓から差し込む僅かな光が、お互いの姿を青く照らす。

 アニスはなぜかすぐには眠らず、ジッと俺を見ていた。いつもならすぐに目を閉じたくなるのに、アニスが隣に居るとドキドキして、もう遅い時間なのに目が冴えてしまう。

 明日は旅立ちで、さっきは結婚の約束をした。そんな高揚感のせいか

「あの、アニス。俺、ねだりすぎかもしれないけど……」

 気が緩んだ俺は、ついキスしたいとねだってしまった。

 前にすぐに手を出すのは、アニスを大事にしていないみたいで嫌だと言ったのに。

 自分の発言を忘れたわけじゃないけど、こんなに顔が近いと吸い寄せられるみたいに、もっとくっつきたくなってしまう。

 それでもアニスが少しでも嫌なら、すぐに撤回するつもりだったけど

「いいよ。私も君にして欲しい」

 意外な返事に俺は驚いて

「ほ、本当!? アニスも俺にキスして欲しいって」

 アニスは今までお礼として、何度も自分の体を差し出そうとした。でも自分が「したい」と言ってくれることは無かった。

 だけど今は

「君は私の特別だから。君とキスできたら嬉しいよ」

 言葉もさることながら、優しく細められた目や俺の髪を撫でる手に、何より愛情を感じて

「カイル。どうして泣くの?」
「だって嬉しくて……」

 ずっと俺ばかりアニスが特別で大好きだった。見返りはいらないと強がったけど、本当はずっと振り向いて欲しかった。

 一方通行だった気持ちが、今は通じ合っていることが、例えようもなく嬉しくて

「嬉しくて泣いたの、はじめてだ。俺、アニスを好きになれて良かったなぁ」

 怒りも悲しみも喜びも、抑え切れないほどの感情は、みんなアニスと出会って知った気がする。

 泣きながら笑う俺に、アニスはなぜか少し痛そうな顔で

「多分そのうち、私なんか好きにならなきゃ良かったと思うよ」

 結婚の約束をしたばかりなのに、また後ろ向きな発言。

 でもアニスは無邪気に幸せを信じられないだけで、本当は信じたいはずだから

「絶対にならない。ずっと大好き」

 何度でも言葉にして抱きしめる。俺に愛されていることを、彼女が当たり前だと思えるまで。

「だから、キスするね?」

 話を戻すと、アニスは目を閉じることで了承を示した。

 ドキドキしながらアニスの唇にキスする。はじめて触れた彼女の唇は、俺より少し冷たくて柔らかかった。触れた瞬間、喜びで胸が弾けそうになる。

「アニス、アニス。俺すごく嬉しい。幸せ。大好き」

 抑え切れない喜びに、再びアニスを強く抱き締める。

 こんなにテンションが上がっちゃうと、眠気なんてすっかり吹っ飛んじゃって

「俺もう今日は絶対に眠れないや。明日は旅立ちなのに、寝坊しちゃったらゴメンね」

 照れ笑いしながら言うと、アニスは薄く笑いながら

「……じゃあ、眠りの魔法でもかけてあげる?」
「わぁ、いいかも。アニスに魔法かけられてみたい」

 快諾する俺に、彼女は少し複雑な顔で

「……少しも疑わないんだね。私は闇属性なのに。もし怖い魔法をかけられたらって怖くないの?」
「だってアニスは優しいから。俺に酷いことなんてしないよ」

 笑顔で答えると、アニスは「……じゃあ、布団に入って」と俺に指示した。

 横になった俺の隣で、アニスは身を起こしたまま

「君と私ではあまりに魔力の差があるから、普通にかけても魔法が通らない。だから君が許可してくれる? 君は自分の意思で、私の魔法を受け入れると。私になら何をされても構わないと」

 その要求にも、俺はやはり少しも迷わずに

「うん。いいよ。アニスの魔法を受け入れる。アニスになら何をされても構わないもん」

 光属性はそもそも闇魔法にかかりにくい。加えて俺は魔力も高いので、魔法による状態異常にかかったことが無かった。毒や麻痺にはなりたくないけど、魔法でぐっすり眠れたら気持ち良さそうだ。

 ワクワクしながら受け入れると

「……君は本当に愚かだ」
「えっ?」

 異変を感じたのも束の間。俺を冷たく見下ろすアニスの瞳が、紫に光って

「『眠れ。私のことは全て忘れて。忘れたことすら、いつしか忘れて』」

 魔力を伴った言葉とともに、ゾッとするような感覚が体の中に入り込んだ。本来あるはずの光の守護をすり抜けて。

「あ、アニス? 今のは?」

 いま胸の中を占める絶望を否定して欲しかった。けれどアニスは感情を排した物言いで

「前に見たでしょう。眠りと忘却の魔法だよ。『次に目が覚めた時、君は私に関する全てを忘れている。違和感があっても気にしない』」

 それは単なる説明ではなく、重ねて暗示をかけられたのだと、俺は直感的に悟って

「なんで? なんでそんな魔法をかけるの? アニスを忘れたくないのに!」

 抵抗しようにも体はとっくに動かなかった。泣きながら彼女を見上げるも

「こんな女を無防備に信じるのが悪いんだよ。これに懲りたら、何をされてもいいなんて軽々しく言っちゃダメだ」
「あ、アニス……」

 アニスはひんやりした手の平で俺の視界を塞ぐと

「……もうおやすみ。そうすれば、この悲しみも忘れてしまうから」

 眠れば終わりだと分かっていた。けれど抗いようなく意識が闇に落ちた。
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