上 下
50 / 52
最終章・2人が結婚するまで

一目惚れRTA

しおりを挟む
 記憶喪失が判明した後。

「わ、私のこと、本当に覚えていないの……?」

 彼を追い詰めるつもりじゃなかったが、ショックで泣き出した私を

「ご、ゴメン! どこかで会っていたのかな!? 覚えていなくてゴメンね!?」

 誠慈君は一生懸命励ました後、私の説明により、自分が記憶喪失であることを理解した。

 私1人の証言なら嘘かもしれないけど、後から来たお母さんたちの話も聞いて

(母さんも知っているってことは、この子は本当に俺の婚約者なんだ)

 と納得したようだ。

 話しているうちに思い出すかもと2人きりにされて

「ゴメンね」
「ど、どうして謝るんですか?」

 目を覚ましてすぐはタメ口だったけど、それは私を年下だと誤解してのことらしい。同い年だと分かると、すぐに敬語に切り替えた。彼にとって今の私が他人である証拠だった。

「だって誠慈君は私を覚えていないんだよね? それなのに、いきなり婚約者とか言われても困るだろうなって」

 もし私が彼の立場だったら。

 生まれてからずっと一軍で生きて来て、誰でも選び放題だったのに、目が覚めたらいきなり婚約者が居る。それも私のような地味でパッとしない女が。

 嬉しいなんて間違っても思わない。重荷でしか無いだろう。

 今までは誠慈君が、私を好きだから成り立っていた。でもその感情が記憶ごと消えてしまったなら

「もし記憶が戻らなかったら、婚約は取り消しでいいから」
「えっ!? でも俺たち、その……愛し合っていたんじゃないんですか?」
「そうだけど……その関係を今の誠慈君に強いるのは可哀想」

 こういう時、前向きな女の子なら相手が記憶を取り戻すように、がんばるのかもしれない。

 だけど私は誠慈君に無理させてまで、再び自分を選ばせる意味が分からない。

 なぜなら

「私は何もいいところがなくて、なんで誠慈君が好きになってくれたか分からなくて……そんな関係だから、ずっと誠慈君が私を大切にしてくれることが、どこか罪悪感だった。誠慈君なら絶対に、もっといい人をいくらでも選べるのにって」

 話せば話すほど、今までのほうがおかしかったのだと気づいて

「だから結婚しちゃう前にゼロになって、かえって良かったのかも。今までたくさん大事にしてくれて、ありがとう。じゃあ」

 お別れは寂しい。でも私たちの関係はだいぶ不平等だったから、誠慈君を解放してあげられて良かった。

 そう思えるうちに去ろうとすると

「ま、待って! 行かないでください!」

 悲鳴のような声に驚いて振り向くと

「なんで泣いているの?」

 辛うじて零れてはいないけど、誠慈君は目にいっぱい涙を溜めていた。

「分からないけど、萌乃さんが居なくなっちゃうと思ったら、すごく悲しくて……」

 彼は言葉どおり、泣きそうな顔で言うと

「それに俺、萌乃さんのことは思い出せないけど、前の俺があなたを好きになった気持ちは分かります」
「分かるって、どうして?」
「……だって萌乃さん、すごく綺麗で可愛いから」

 誠慈君は恥ずかしそうに顔を赤くすると

「こんな可愛い子と知り合ったら、そりゃ好きになっちゃうだろうなって。むしろ俺なんかがどうやって、萌乃さんみたいな人と付き合って、結婚までこぎつけたのかが分からない……」

 記憶を失ったら感情もリセットされるんだと思っていた。でも記憶は失くしても、性格や感性は変わらないみたいだ。

 地味陰キャの私がなぜか可愛くて堪らなかった誠慈君は、記憶を失っても、その呪いにかかったままだった。

 ところで私は、誠慈君に隙を見せられると、途端に迫りたくなってしまう。

 それはもう猫が反射的に動くものを追う習性のようなものだから仕方なく

「じゃあ、今の誠慈君も私が好き?」

 思わせぶりに接近すると、誠慈君は分かりやすく緊張して

「す、好きって言うか、すごく可愛いなって……」
「可愛いだけ?」

 首を傾げながら甘い声で問うと、誠慈君は真っ赤になって

「す、好き」

 反射的に答えた彼は、震えながら両手で顔を覆って

「ちょっと話しただけで好きって思っちゃうの、逆に軽薄でしょうか……?」

 出会ってから好きになるまでのリアルタイムアタックを更新した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の公爵はお人形がお気に入り~少女は公爵の溺愛に気づかない~

塔野明里
恋愛
 学校にも家にも居場所なんてなかった。  毎日死ぬことばかり考えていたら、目の前で事故が起こったとき咄嗟に体が動いてしまった。  死ぬはずだった子どもを助けてしまった死ぬ予定じゃなかった私。神様は、私に異世界で生きなおすチャンスをくれた。  本当に私を必要としてくれる人に出逢えるのかな?  異世界で私を助けてくれたのは氷の公爵と呼ばれる人。  私は彼のお人形になることにした。 *改訂版です。以前書いていたものを書き直しさせていただきました。 *人生投げやり女子×拗らせ公爵様のすれ違い模様を描きたい。 *R18は後半にしかありません。該当の話には*マークをつけます。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...