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第12話・99階にて

裏切りの誘惑

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 私が防戦に徹している間、風丸はネフィロスとの戦いを続けていた。アルゼリオ、カイゼル、クレイグのステータスを併せ持ったネフィロスだが、行動する体は1つ。1対1での戦闘なら、風丸が素早さで押し切れる。何度かステータスダウンを食らったのか、風丸も苦戦していたようだが、やがて私たちを分断していた炎の壁が消えた。

 術者であるネフィロスを倒したのか?

 眼前のユエルを警戒しつつ、姿を探すとネフィロスはまだ立っていた。でも魔法を維持できないくらいだから、倒れる寸前といったところだろう。しかし対する風丸もボロボロだった。風丸も回復薬を数個は持っていたはずだが、それじゃ間に合わないほどのダメージを食らったのだろう。

 それでもまだ風丸の目には力があり、次の瞬間にはネフィロスを討つだろうことが分かった。

 しかし

「風丸君、私と取り引きをしませんか?」
「取り引き?」

 怪訝な顔をする風丸に、ネフィロスは話を続けて

「君が呪いを受けていることは知っています。その呪いのせいで自由を奪われ、相楽さんを見送るしかなかったことも」

 姿を消した後も、密かに私たちを見ていたのだろうか。ネフィロスは風丸の弱みを的確に突くと

「その呪いを私が解きましょう。そうすれば、あなたは和泉さんの転移石を使って相楽さんの居る世界へ行ける。この世界を捨てて彼らを裏切るだけで、君だけは愛する人のもとで幸福に暮らせる。どうですか? 断る理由など無いでしょう?」
「か、風丸……ッく!」

 ユエルの斬撃を防ぐのが精一杯で、彼に声をかけるどころじゃない。だいたい風丸に話しかけられたとして、私に何が言えるだろう。風丸の気持ちなら、あのとき知った。ネフィロスに由羽ちゃんを人質に取られて、ユエルを殺せと迫られた時。風丸は少しの迷いもなく、由羽ちゃんのためにユエルを殺すことを選んだ。

 それは単にユエルの命を奪うだけじゃない。封印の儀式を失敗させ、魔王を解放し、世界中の数え切れないほどの命を散らすこと。でも由羽ちゃんだけは、転移石で元の世界に送り返せる。

 自分は地獄と化した世界に取り残され、大罪人の汚名を背負うことになっても、風丸は由羽ちゃんを生かそうとした。そこまで大事に想っている人に再び会いたいと望む気持ちを、どんな言葉なら引き留められると言うんだろう。

 ここで風丸が寝返ったら何もかも終わりだ。それでも私には、彼を説得する言葉が見つからなかった。

 しかし風丸は

「アンタは人間の悪には詳しいけど、親しいヤツは居なかったようだね」

 戦闘中とは思えないほど静かな声で

「人は本気で好きなヤツだけは裏切れねぇんだよ。俺みたいな嘘吐きでもな」

 風丸は別れ際、由羽ちゃんと約束した。私たちを護り、自分も無事で居ると。

 その約束を違えないために、風丸はネフィロスを斬った。呪いから解放され、彼女と生きる機会を自ら潰して。

 それがトドメになったようで、ネフィロスは獣のような断末魔をあげた。しかしそれは苦痛や恨みを訴える声ではなく

「あ、アイテムが!?」

 一部の魔属性は死と引き換えに、装備中のアイテムや重要なアイテム以外をランダムに1つ破壊できる。しかしネフィロスは魔属性の中でも上位の術者なのだろう。回復や城に戻るためのアイテムを、1つと言わず根こそぎ破壊していった。

 ネフィロスはもはや人間ではないのか、まるで悪魔か吸血鬼のように黒い塵となって消えた。ネフィロスの消滅とともに、吸収されていたアルゼリオたちの魂が解き放たれる。ユエルを縛っていた傀儡の術も解けたようで

「マスター!」

 剣を仕舞ってこちらに駆け寄るユエルを目にした瞬間。張り詰めた緊張の糸が切れて、私はその場に倒れ込んだ。ユエルは慌てて私を抱き起こすと

「マスター、大丈夫ですか!?」
「私より風丸を……。彼のほうが怪我が酷い……」

 ユエルは風丸を回復すると、私にも魔法をかけた。しかし手傷は治ったものの、大量に気力を消耗したせいで意識が朦朧とし、体に力が入らない。ネフィロスと激戦を繰り広げた風丸も同じ状態だった。

「すみません、2人とも。僕のせいで、こんな目に……」

 本当は口を開くのも億劫だったが、ユエルを気に病ませたくなくて無理やり微笑むと

「3人とも無事だったんだから上等だよ。風丸もありがとう。私たちを助けてくれて」

 由羽ちゃん以外にはドライな風丸は、軽く肩を竦めて感謝を流すと

「それよか、さっさと城に戻って体勢を立て直そうぜ。ネフィロスの野郎にアイテムも壊されたし、流石にこのまま魔王に挑むのは無理だ」

 風丸の言うとおり、出直すしかない状況だが

「今の私たちにとっては、99階分の階段も結構な脅威だけどね……」

 あまりのしんどさに、つい弱音を吐くと

「なるべく戦闘を避けて真っ直ぐ城に帰りましょう。マスターは僕が背負いますから」

 ユエルは労わるように微笑み、私に手を差し伸べた。「いや、いい。歩くよ」と言いたかったが、遠慮もできないほど体が限界だった。
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