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第5話・〇〇しないと出られない部屋レベル1

キスしないと出られない部屋

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 話はズレたが、私がユエルとスキンシップすることには戦闘上のメリットがあった。

 しかしこれ以上のお題部屋の利用を中止せざるを得ない事件が起きた。それは4回目のお題部屋でのこと。

「えっ!? き、キスって」

 ラブホテルのような部屋の壁に書かれた『キスしないと出られない部屋』の文字にユエルは動揺した。けれど4回目のお題にキスが来るのは順番で分かっていた。それにも関わらず、私が4回目を回避しなかったのは

「大丈夫。キスは必ずしも口にするものじゃないから。頬や額じゃなく、手でもいいんだよ」

 ゲームならともかく現実では、頬や額へのキスもアウト感が強い。でも手の甲や指先に口づけるくらいなら、ハグや膝枕と比べれば、むしろライトな触れ合いだと感じる。ユエルもホッとしたようで

「なるほど。挨拶としてのキスなんですね。じゃあ、僕がマスターにしても構いませんか?」
「珍しいね。ユエルからしてくれるなんて」

 本人の性格もあるが、彼にとって私は主なので、気安く触れるべきではないと考えているようだった。しかし今回に限っては

「手の甲に口づけるのは忠誠の証なんです。でも主の手に口づけられるのは、相応の武功を立てた者だけなので、騎士にとっては手への口づけを許されること自体が誉れで」

 忠誠の誓いは騎士の憧れなのか、ユエルは生き生きと語っていたが、ふと顔を曇らせて

「……そう考えると僕では、まだマスターの手に口づけるには足りないかもしれません」

 自分はまだ実力不足だと遠慮するユエルに

「そんなことないよ、君は私の自慢の騎士なんだから。君に忠誠を誓ってもらえるなんて、とても光栄だよ」

 ユエルが思い描く理想の騎士像と比べれば、彼はまだ力不足なのかもしれない。しかし私からすれば、大事なのは現状の能力よりも志で、ユエルには騎士に必要な精神が十分に備わっている。

 そんな思いで口にしたものの

「って気軽に答えちゃったけど、騎士の忠誠って簡単に受け取っていいものじゃないよね。私はそのうち元の世界に帰るんだし、君の忠誠は他の人に捧げたほうがいいよ」

 忠誠の誓いは恐らく告白や就職とは違う。相手と別れたから、会社が潰れたから「じゃあ、次を探そう」と簡単に切り替えられるものでは無いはずだ。いずれ元の世界に帰り、ただ傍に居ることすらできなくなる私には、明らかに受け取る資格の無いものだった。

 けれど今度はユエルが

「お願いですから、そんな風に言わないでください。使命を終えれば、マスターは元の世界に帰るのだとは分かっています。それでも、二度と会えなくても、僕が忠誠を捧げたいのはマスターだけです」

 予想外に切実な眼差しを向けられて、私は軽くたじろぎながら

「いや、私はそんな立派な人間じゃ……」

 そんなに真剣な気持ちなら、なおさら私は相応しくないと断ろうとした。しかしユエルは引き止めるように私の手を取ると

「どうか口づけをお許しください。あなたにとって僕の忠誠が煩わしいものでなければ」

 服従を示すように私の前に跪いて、懇願するようにこちらを見上げる彼に

「その言い方はズルい……」

 理性を揺さぶられつつ、やっぱりユエルの損にならないか心配で

「……君は真面目だから形式じゃなく本気の誓いにするつもりなんでしょう? 私をただ1人の主にして本当に後悔しない?」

 騎士にとって主は精神的な主柱しゅちゅうだ。主への尊敬と絶対的な信頼が、迷いなく剣をふるう力になる。主に相応しい器か以前に、やはりなるべく長く、ユエルの傍に居られる人物がなるべきだと思った。

 しかしユエルは私の問いに、言葉ではなく手の甲への口づけで応えた。彼は私の手を取ったまま、真っ直ぐにこちらを見上げると

「ただ1つの忠心だからこそ、あなたに捧げたいんです。あなたという素晴らしい主を得られたことが、僕の人生でいちばんの幸いですから」
「あ、ありがとう」

 曇り無い空色の瞳に射抜かれて、とうとう押し負けた。ただ私はもともとユエルの大ファンなので、本心では彼の気持ちがもったいないくらい、ありがたかった。だから私も彼の手を取ると

「……一緒に居られる間は大事にするから」

 保証できるだけの誠実さで応えたが

「……はい」

 と答えたユエルの微笑は、ほんの少し寂しそうだった。
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