22 / 70
第5話・〇〇しないと出られない部屋レベル1
キスしないと出られない部屋
しおりを挟む
話はズレたが、私がユエルとスキンシップすることには戦闘上のメリットがあった。
しかしこれ以上のお題部屋の利用を中止せざるを得ない事件が起きた。それは4回目のお題部屋でのこと。
「えっ!? き、キスって」
ラブホテルのような部屋の壁に書かれた『キスしないと出られない部屋』の文字にユエルは動揺した。けれど4回目のお題にキスが来るのは順番で分かっていた。それにも関わらず、私が4回目を回避しなかったのは
「大丈夫。キスは必ずしも口にするものじゃないから。頬や額じゃなく、手でもいいんだよ」
ゲームならともかく現実では、頬や額へのキスもアウト感が強い。でも手の甲や指先に口づけるくらいなら、ハグや膝枕と比べれば、むしろライトな触れ合いだと感じる。ユエルもホッとしたようで
「なるほど。挨拶としてのキスなんですね。じゃあ、僕がマスターにしても構いませんか?」
「珍しいね。ユエルからしてくれるなんて」
本人の性格もあるが、彼にとって私は主なので、気安く触れるべきではないと考えているようだった。しかし今回に限っては
「手の甲に口づけるのは忠誠の証なんです。でも主の手に口づけられるのは、相応の武功を立てた者だけなので、騎士にとっては手への口づけを許されること自体が誉れで」
忠誠の誓いは騎士の憧れなのか、ユエルは生き生きと語っていたが、ふと顔を曇らせて
「……そう考えると僕では、まだマスターの手に口づけるには足りないかもしれません」
自分はまだ実力不足だと遠慮するユエルに
「そんなことないよ、君は私の自慢の騎士なんだから。君に忠誠を誓ってもらえるなんて、とても光栄だよ」
ユエルが思い描く理想の騎士像と比べれば、彼はまだ力不足なのかもしれない。しかし私からすれば、大事なのは現状の能力よりも志で、ユエルには騎士に必要な精神が十分に備わっている。
そんな思いで口にしたものの
「って気軽に答えちゃったけど、騎士の忠誠って簡単に受け取っていいものじゃないよね。私はそのうち元の世界に帰るんだし、君の忠誠は他の人に捧げたほうがいいよ」
忠誠の誓いは恐らく告白や就職とは違う。相手と別れたから、会社が潰れたから「じゃあ、次を探そう」と簡単に切り替えられるものでは無いはずだ。いずれ元の世界に帰り、ただ傍に居ることすらできなくなる私には、明らかに受け取る資格の無いものだった。
けれど今度はユエルが
「お願いですから、そんな風に言わないでください。使命を終えれば、マスターは元の世界に帰るのだとは分かっています。それでも、二度と会えなくても、僕が忠誠を捧げたいのはマスターだけです」
予想外に切実な眼差しを向けられて、私は軽くたじろぎながら
「いや、私はそんな立派な人間じゃ……」
そんなに真剣な気持ちなら、なおさら私は相応しくないと断ろうとした。しかしユエルは引き止めるように私の手を取ると
「どうか口づけをお許しください。あなたにとって僕の忠誠が煩わしいものでなければ」
服従を示すように私の前に跪いて、懇願するようにこちらを見上げる彼に
「その言い方はズルい……」
理性を揺さぶられつつ、やっぱりユエルの損にならないか心配で
「……君は真面目だから形式じゃなく本気の誓いにするつもりなんでしょう? 私をただ1人の主にして本当に後悔しない?」
騎士にとって主は精神的な主柱だ。主への尊敬と絶対的な信頼が、迷いなく剣をふるう力になる。主に相応しい器か以前に、やはりなるべく長く、ユエルの傍に居られる人物がなるべきだと思った。
しかしユエルは私の問いに、言葉ではなく手の甲への口づけで応えた。彼は私の手を取ったまま、真っ直ぐにこちらを見上げると
「ただ1つの忠心だからこそ、あなたに捧げたいんです。あなたという素晴らしい主を得られたことが、僕の人生でいちばんの幸いですから」
「あ、ありがとう」
曇り無い空色の瞳に射抜かれて、とうとう押し負けた。ただ私はもともとユエルの大ファンなので、本心では彼の気持ちがもったいないくらい、ありがたかった。だから私も彼の手を取ると
「……一緒に居られる間は大事にするから」
保証できるだけの誠実さで応えたが
「……はい」
と答えたユエルの微笑は、ほんの少し寂しそうだった。
しかしこれ以上のお題部屋の利用を中止せざるを得ない事件が起きた。それは4回目のお題部屋でのこと。
「えっ!? き、キスって」
ラブホテルのような部屋の壁に書かれた『キスしないと出られない部屋』の文字にユエルは動揺した。けれど4回目のお題にキスが来るのは順番で分かっていた。それにも関わらず、私が4回目を回避しなかったのは
「大丈夫。キスは必ずしも口にするものじゃないから。頬や額じゃなく、手でもいいんだよ」
ゲームならともかく現実では、頬や額へのキスもアウト感が強い。でも手の甲や指先に口づけるくらいなら、ハグや膝枕と比べれば、むしろライトな触れ合いだと感じる。ユエルもホッとしたようで
「なるほど。挨拶としてのキスなんですね。じゃあ、僕がマスターにしても構いませんか?」
「珍しいね。ユエルからしてくれるなんて」
本人の性格もあるが、彼にとって私は主なので、気安く触れるべきではないと考えているようだった。しかし今回に限っては
「手の甲に口づけるのは忠誠の証なんです。でも主の手に口づけられるのは、相応の武功を立てた者だけなので、騎士にとっては手への口づけを許されること自体が誉れで」
忠誠の誓いは騎士の憧れなのか、ユエルは生き生きと語っていたが、ふと顔を曇らせて
「……そう考えると僕では、まだマスターの手に口づけるには足りないかもしれません」
自分はまだ実力不足だと遠慮するユエルに
「そんなことないよ、君は私の自慢の騎士なんだから。君に忠誠を誓ってもらえるなんて、とても光栄だよ」
ユエルが思い描く理想の騎士像と比べれば、彼はまだ力不足なのかもしれない。しかし私からすれば、大事なのは現状の能力よりも志で、ユエルには騎士に必要な精神が十分に備わっている。
そんな思いで口にしたものの
「って気軽に答えちゃったけど、騎士の忠誠って簡単に受け取っていいものじゃないよね。私はそのうち元の世界に帰るんだし、君の忠誠は他の人に捧げたほうがいいよ」
忠誠の誓いは恐らく告白や就職とは違う。相手と別れたから、会社が潰れたから「じゃあ、次を探そう」と簡単に切り替えられるものでは無いはずだ。いずれ元の世界に帰り、ただ傍に居ることすらできなくなる私には、明らかに受け取る資格の無いものだった。
けれど今度はユエルが
「お願いですから、そんな風に言わないでください。使命を終えれば、マスターは元の世界に帰るのだとは分かっています。それでも、二度と会えなくても、僕が忠誠を捧げたいのはマスターだけです」
予想外に切実な眼差しを向けられて、私は軽くたじろぎながら
「いや、私はそんな立派な人間じゃ……」
そんなに真剣な気持ちなら、なおさら私は相応しくないと断ろうとした。しかしユエルは引き止めるように私の手を取ると
「どうか口づけをお許しください。あなたにとって僕の忠誠が煩わしいものでなければ」
服従を示すように私の前に跪いて、懇願するようにこちらを見上げる彼に
「その言い方はズルい……」
理性を揺さぶられつつ、やっぱりユエルの損にならないか心配で
「……君は真面目だから形式じゃなく本気の誓いにするつもりなんでしょう? 私をただ1人の主にして本当に後悔しない?」
騎士にとって主は精神的な主柱だ。主への尊敬と絶対的な信頼が、迷いなく剣をふるう力になる。主に相応しい器か以前に、やはりなるべく長く、ユエルの傍に居られる人物がなるべきだと思った。
しかしユエルは私の問いに、言葉ではなく手の甲への口づけで応えた。彼は私の手を取ったまま、真っ直ぐにこちらを見上げると
「ただ1つの忠心だからこそ、あなたに捧げたいんです。あなたという素晴らしい主を得られたことが、僕の人生でいちばんの幸いですから」
「あ、ありがとう」
曇り無い空色の瞳に射抜かれて、とうとう押し負けた。ただ私はもともとユエルの大ファンなので、本心では彼の気持ちがもったいないくらい、ありがたかった。だから私も彼の手を取ると
「……一緒に居られる間は大事にするから」
保証できるだけの誠実さで応えたが
「……はい」
と答えたユエルの微笑は、ほんの少し寂しそうだった。
0
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい
なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。
※誤字脱字等ご了承ください
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる