わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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現代編(最終章)

真夜中の訪問者

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 母が作ってくれたご飯を食べてお風呂に入り、夜更かしの私は午前1時頃に就寝した。

 しかしそれから1時間も経たずに

「ゴメンね」

 私しか居ないはずの部屋に知らない女の声。

 ハッと目を開けると、薄暗い部屋の中。ベッドに仰向けで寝ている私の上に、若い女の霊がまたがっていて

「でもあなたを助けるには、こうするしかないの」

 血の気の無い白く冷たい手で、私の首を絞めて来た。

(やだ! やめて!)

 抵抗の意思とは裏腹に、体はピクリとも動かず、声すらあげられない。いわゆる金縛りにあっているのかもしれない。

 その間にも霊は私の首を絞め続けて

「ゴメンね。怖いよね。でも生きているほうが、もっと怖いこともある」

 霊って、けっこう喋るんだなと場違いなことを思う。

 ただ口数は多いものの、内容は意味不明で

「死んだら私たちと一緒になろう。そうすれば、もう怖い目に遭わなくて済むから」

 まさかの怨霊化のお誘いに、恐怖が途端に興味に変わる。

 ただ殺されるのは御免だが、もし本当に霊になれるなら悪くない提案だ。

 少なくとも彼女には自分の姿を見せて、首を絞める程度の霊力があるみたいだし。

 現在進行形で殺されかけているのになんだが、なぜかこの霊には私に対する気遣いが感じられた。

 突然の展開に驚いたけど、私はもともと怨霊になりたかったので、まるで白馬の王子様がやって来たように、とくんと胸が高鳴った。

 その結果。最初の恐れはどこへやら。

『突然のことですごく驚いたけど、あなたならいいよ……』

 みたいな。

 いきなり自分を押し倒して来た男に体を許すみたいなノリで、別の意味での合体を受け入れかけた時。

「グッ!?」

 手で強く首を絞められたような声を発したのは私ではなく

「この方は俺と一緒になるんだ。横から勝手に割って入るな」

 遠い昔、どこかで聞いたような若い男の声。

 しかしじっくり思い出すには、今の状況は唐突すぎる。

 畳みかけるような急展開に思考が追い付かない私の前で、今度は霊が後ろから何者かに首を絞められて

「グゥゥッ!? どうして人間が私に触れるの!?」

 恐慌状態の霊とは違い、男は冷酷なほど落ち着いた声で

「俺は生者だが、今は肉体を離れて霊体の状態でここに居る。霊体同士は触れ合えるから、この状態なら生身で戦うのと変わらない」
「イギィィ……!?」

 必死に抵抗するも、女の霊を締め上げる男の力は増々強まっている様子だ。

 男は霊の首をギリギリと圧迫しながら

「ところで人間には、二度目の死があると知っているか? 肉体に入っている魂と違って、死者は意識だけで霊体を保っているから、強いショックや苦痛で気絶すれば、そのまま消えてしまうんだ」

 「試してみるか?」と低い声で脅された霊は

「いやぁ……。やめてぇ……。許してぇ……」

 泣きを入れる霊があまりにも可哀想だ。

 この女の霊は私を殺そうとした。でも彼女の言葉を信じるなら、単に殺すのではなく私を取り込んでくれるつもりだったらしい。

 被害者としては異例かもしれないが、その誘いは私の長年の夢を叶えるものだったので、彼女に全く恨みは無かった。

 しかし霊を心配しつつも、彼女の首を絞める謎の存在が、あまりにも恐ろしくて止められない。

 けれど男は私に止められるまでもなく、女の霊を解放すると

「お仕置きは、このくらいにしておこう。お前たちを消したら彼らに恨まれる」
「か、彼らって?」

 ビクビクと問う女の霊に、男は恐らく酷薄な微笑を浮かべて

「探していたぞ。生まれ変わりを拒んで現世に留まっていたお前たちを、自らも霊になって。お前たちと縁のある魂を、今ここに呼んでやろう」

 宣言とともに室内の気温がグッと下がる。

 今は夜とはいえ夏で、エアコンもついてないのに。寒さを感じるほど気温が下がるなんて明らかにおかしい。

 その冷気の原因は

「やっと見つけた」
「これからは、ずっと一緒だよ」

 ゾワッとするような声とともに暗い部屋の中に、いくつもの白い人影がぼんやりと浮かび上がる。

 女の霊は恐怖に目を見開いて

「いやぁぁ!? 来ないで! 自由にしてぇぇ!」

 女の霊の四肢に白い腕が絡みついて、そのまま四方に引っ張る。

 手足を千切ったのかと思ったが、同化していた霊体が強引に引きはがされたようだ。

 同化を解かれた彼女たちは、この世のものとは思えない断末魔をあげて消えた。

「どうぞ。末永く幸せに」

 皮肉な笑い声を最後に、私を助けた何者かも、ふっと姿を消した。
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