わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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現代編(最終章)

良かった、全部夢だった

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 次に目が覚めた時。最初に目に入ったのは病院の天井だった。

 新生児として取り上げられたのではない。

 私は前世。現代で怪談師をしていた私として目を覚ました。

 ベッドに寝かされた私の傍には母がついていて、涙ながらに娘の回復を喜ぶと

「目が覚めて良かった。病院に運ばれてから、もう1か月も眠り続けていたのよ」
「どうして私、生きているの? 確かトラックに轢かれたはずじゃ」

 私はトラックに轢かれて、確かに跳ね飛ばされたはずだった。

 仮に死ななかったとしても、ひと月程度では治らない重傷を負うはずだ.

 それなのに実際は全く怪我をしていなかった。

 しかし母によれば

「トラックには轢かれていないわ。もう少しで轢かれるところだったらしいけど、目撃者の話ではアンタ。誰かに引っ張られるみたいに、いきなり後ろに引っ繰り返ったんだって」
「えっ、何それ!? ご先祖様や守護霊様が護ってくれたのかな!?」

 不思議な話に食いつく私に

「またアンタは、すぐそういう方面に結び付ける」

 母は苦笑すると、すぐに話を戻して

「とにかくトラックとの衝突は避けられたけど、引っ繰り返った時に頭を打ったのか、ずっと意識不明だったのよ」

 そう明言されると「トラックにはねられて死んだ」という記憶は途端に曖昧になった。

 とにかく私は死ななかったのだから、生まれ変わりなんてできるはずがない。

 だとしたら今までのは病床で見た夢?

「あ、はははは……。はぁ~……」

 空笑いとため息が同時に出る。

 しかしそれは長い悪夢から覚めたような、出口の無い迷路から出られたような、安堵のため息だった。

 子どもの頃からストイックにホラーを追究して来た私が、民話っぽい世界観とは言え『ヤンデレイケメンに死ぬほど愛されて安らかに眠れない』みたいな妄想夢を見てしまったのは恥ずかしい限りだ。

 でも今は、ひたすらに夢で良かった。

 病院の女子トイレの鏡で、自分の顔を覗き込む。

 こうして見ると、夢の中の私と自分は、ほとんど同じ姿だった。

 私の本当の名前は前野継まえのけい

 ただし怪談師としての芸名は『怨女うらめ』だった。

 外見の酷似や名前の一致からして、やっぱり自分の頭の中の材料から、あの夢の世界を構築していたようだ。

 病室に戻ると母が、すっかり安心した様子で

「特に具合の悪いところが無いなら、もう退院していいって。どうする? まだ病み上がりだし、もう少し入院しておく?」
「いや、許可が出ているなら帰ろうかな。1か月寝たきりだったせいか少し怠いけど、それ以外はなんとも無いし」

 私は目覚めたその日に退院した。帰りのタクシーで母が

「今日くらいは、うちに泊まったら? お父さんやお兄ちゃんも心配していたから、アンタの顔が見たいだろうし」

 1人暮らししている部屋ではなく、実家に戻るように勧めたが

「でも私が急に家に来たら、お義姉さんが気を遣うんじゃないかな? 私も賑やかなのは苦手だし、1人のほうが落ち着くかも」

 実家には今、両親と兄夫婦が住んでいる。

 兄には小学生と幼稚園児の子どもが居て、いい叔母おばさんではない私には、元気すぎてちょっとしんどい。

「じゃあ、あたしがアンタの部屋に泊まろうか?」

 母は子どもにベッタリというタイプではないが、流石に1か月も意識不明だったので心配みたいだ。

「そんなに心配しなくても平気だよ。お母さんも私の看病で疲れたでしょ。家に戻って、ゆっくり休んで」

 そう返事をすると同時に

「誰かと居たほうがいいよ。じゃないと怖いものが来るよ」

 耳元で聞き慣れない女性の声。

「えっ?」
「どうしたの?」
「いや……お母さん、いま何か言った?」

 私の問いに、母は不可解そうに首を傾げながら

「何も言ってないけど?」
「そう? 空耳かな……?」

 それからタクシーで、私の住む単身者用のアパートに戻った。

 母は近所のスーパーで買い出ししてから私の部屋に来ると

「今日の夕食と明日の朝食を作っておいたから、温めて食べてね」
「ありがとう。じゃあね」

 とても長い夢を見ていたせいか、母の温かい気遣いがやけに心に沁みた。

 親ってありがたいなとしみじみ思いながら、私は母を見送った。
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