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来世編
未来永劫一緒の約束
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「私はササグに抱いて欲しいよ」
私は木枠の隙間から彼に手を伸ばすと
「こうして別の人間として、君の顔を見て、手を繋げなくなるのは嫌だよ」
ササグは自分に向けられた手を、複雑な表情で見つめながら
「……でもそれは今だけの話ですよね? 来世は俺のことなんて忘れて、他の誰かと怨霊になるんですよね?」
「な、ならない。そんなに私と居たいなら、来世もササグと一緒に居るよ……」
私の声音は明らかに怯えていた。
でも人間は心から望む幸福の前では多少目が眩んで、判断力が鈍るものらしく
「ほ、本当ですか? 命乞いじゃなくて?」
「い、命乞いじゃない。信じて欲しい……」
ササグの目に少しだが光が戻った。
ここが生死の分かれ目だと、私は気を引き締めて
「……手を繋いでササグ」
再び彼に手を伸ばすと、今度はちゃんと繋ぎ合って
「こうして生身の体で触れ合えるって、これ以上無い幸せだと思うんだ」
触れ合った手の平の、生きているからこそ感じられる温もりを意識しながら
「私、ササグとはそういう愛し合い方をしたいよ。同化して1つの存在になってしまうより、来世でも別々の体で抱き合いたいよ」
私の言葉に、ササグは瞳を揺らして
「……本当に来世でも俺と結ばれてくれるんですか? 一度や二度じゃなくて、輪廻転生が終わるまでずっと?」
来世だけなら「うん」と言えた。
しかし輪廻の果てまでの約束を求められて、思わず沈黙すると
「……やっぱり」
ササグの瞳が再び暗く沈むのを見て
「未来永劫ずっと一緒だよ! 約束!」
やけくそ気味に早口で叫ぶと
「……嬉しい。ウラメ様」
ササグは幸せそうに、ふにゃっと微笑んで
「俺、ウラメ様に拒否されてからすごく不安で。もう怨霊になって同化するしか、ずっと一緒に居る方法は無いんだと思っていました。そのためならウラメ様に嫌われても、人の体を失っても仕方ないって」
少し照れた様子で犯行動機を自供すると
「でもウラメ様の言うとおり。怨霊として1つになることで、あなたの姿を見られなくなるのも、こうして触れられなくなるのも嫌です」
私の手に愛しそうに口づけた。
どうやら絶対心中するマンから、もとの愛情深い夫に戻ってくれたようだ。
ササグは牢の鍵を開けると、なぜか私を出すのではなく、中に入って来て
「別々の人間として触れ合う喜びを、もっと感じたいです。このまま、いいですか?」
そっと私を押し倒す手に、今は逆らえるはずが無い。
私は大人しく敷物の上に横になりつつも
「それはいいけど、ロウソクは消そう? 万が一、引火したらマズいから」
これから行為に及ぶなら、体がぶつかったり振動で倒れたりするおそれがある。
ロウソクを消したらずいぶん暗くなるが、目が慣れれば月明かりでも、お互いの輪郭くらいは分かるだろう。
しかし私の注意にササグは
「いえ。ロウソクは点けたままでしましょう」
「な、なんで? 危ないよ?」
私の問いに、ササグは微笑んでいるのに、どこかゾッとする目の色で
「俺、ウラメ様を信じたいけど、まだどこか不安で。もしかしたら上手いこと、言いくるめられているのかもって思うから。運命を天に委ねたいなって」
無事に事を終えられたら、二度と心中は迫らない。
でももし蔵が燃えたら、そのまま一緒に焼け死のうとササグは考えているようだ。
こんな怖いセックスある?
「いやいやいやいや……」
「そんな怯えた顔しないで。信じさせてください。ウラメ様も俺が好きなんだって」
ササグは私に覆いかぶさりながら優しく頬を撫でて
「じゃないと、この世でいちばんの幸せを失っても、あなたを奪うしか無くなります」
真顔なら良かったが、彼は微笑んでいた。
行くところまで行ってしまえば、もう逃げられる心配は無いから、かえって安心だと言うように。
「わ、分かった。ササグの好きにして……」
これ以上、下手に説得しようとしたら逆に死期が早まると、私は震えながらササグの提案を受け入れた。
結論として、ササグがロウソクを倒すことはなかった。
でもそれは運ではなく、私が行為中に「怖い。怖い」とあんまり泣くので
「死が怖いんですか? 俺が怖いんですか?」
「死が怖い。火事が怖い」
本当はササグがいちばん怖かったが、そこは流石に伏せると
「……想像上の死と実際の死は違いますよね」
ササグは意外にも、ロウソクの火を消してくれた。
多分ササグが私を殺そうとしたのは、私が死を望んでいると考えてのことだろう。
だから私の死にたい発言が本気じゃないなら、殺すのは可哀想だと思ってくれたようだ。
ただそれは私が怨霊化を諦めて、未来永劫ササグと結ばれると約束するならの話。
その恐怖の夜が終わってから、私は死ぬまでに1万回は、ササグに永遠を誓わされた。
また心中スイッチが入ってしまうことを恐れて
「う、うん。何度生まれ変わっても、ササグと一緒になるよ……」
その場しのぎの口約束のはずが、口にするたびに魂が不可視の鎖に縛られていく気がした。
無い。無い。こんな口約束、なんの効力も無い。
しかしいくら言い聞かせても、不安が無くなることはなかった。
あれから50年。虚弱な体とストレスフルな生活の割には長生きした私も、とうとう死の床についた。
私の枕元に正座したササグは目に涙を浮かべながらも、取り乱すことはせず、しわしわになった私の手を取って
「ウラメ様の葬儀を終えたら、俺もすぐに後を追います。必ずまた一緒になりましょうね」
一見よい夫風だが、妻が死んだからって、すぐに後を追うのはおかしい。
もう70過ぎだからって、そんな簡単に命を捨てないで欲しい。
あと最期の最期まで来世の約束をさせるの怖い。
しかし死にかけの私にササグを説得する気力はなく、彼を刺激しないように小さく頷くしかできなかった。
ただ頷きはしたものの、薄れゆく意識の中で最期に願ったのは
(もう怨霊になれなくていいから、私を生まれ変わらせないで。このまま安らかに眠らせて……)
こんなに一途に私を慕うササグを嫌うことはできない。だが重い。そして怖い。
生きる地雷のようなササグと、来世も人生を共にするのは心臓に多大な負荷がかかるので遠慮したいと切に願いながら、私は静かに息を引き取った。
私は木枠の隙間から彼に手を伸ばすと
「こうして別の人間として、君の顔を見て、手を繋げなくなるのは嫌だよ」
ササグは自分に向けられた手を、複雑な表情で見つめながら
「……でもそれは今だけの話ですよね? 来世は俺のことなんて忘れて、他の誰かと怨霊になるんですよね?」
「な、ならない。そんなに私と居たいなら、来世もササグと一緒に居るよ……」
私の声音は明らかに怯えていた。
でも人間は心から望む幸福の前では多少目が眩んで、判断力が鈍るものらしく
「ほ、本当ですか? 命乞いじゃなくて?」
「い、命乞いじゃない。信じて欲しい……」
ササグの目に少しだが光が戻った。
ここが生死の分かれ目だと、私は気を引き締めて
「……手を繋いでササグ」
再び彼に手を伸ばすと、今度はちゃんと繋ぎ合って
「こうして生身の体で触れ合えるって、これ以上無い幸せだと思うんだ」
触れ合った手の平の、生きているからこそ感じられる温もりを意識しながら
「私、ササグとはそういう愛し合い方をしたいよ。同化して1つの存在になってしまうより、来世でも別々の体で抱き合いたいよ」
私の言葉に、ササグは瞳を揺らして
「……本当に来世でも俺と結ばれてくれるんですか? 一度や二度じゃなくて、輪廻転生が終わるまでずっと?」
来世だけなら「うん」と言えた。
しかし輪廻の果てまでの約束を求められて、思わず沈黙すると
「……やっぱり」
ササグの瞳が再び暗く沈むのを見て
「未来永劫ずっと一緒だよ! 約束!」
やけくそ気味に早口で叫ぶと
「……嬉しい。ウラメ様」
ササグは幸せそうに、ふにゃっと微笑んで
「俺、ウラメ様に拒否されてからすごく不安で。もう怨霊になって同化するしか、ずっと一緒に居る方法は無いんだと思っていました。そのためならウラメ様に嫌われても、人の体を失っても仕方ないって」
少し照れた様子で犯行動機を自供すると
「でもウラメ様の言うとおり。怨霊として1つになることで、あなたの姿を見られなくなるのも、こうして触れられなくなるのも嫌です」
私の手に愛しそうに口づけた。
どうやら絶対心中するマンから、もとの愛情深い夫に戻ってくれたようだ。
ササグは牢の鍵を開けると、なぜか私を出すのではなく、中に入って来て
「別々の人間として触れ合う喜びを、もっと感じたいです。このまま、いいですか?」
そっと私を押し倒す手に、今は逆らえるはずが無い。
私は大人しく敷物の上に横になりつつも
「それはいいけど、ロウソクは消そう? 万が一、引火したらマズいから」
これから行為に及ぶなら、体がぶつかったり振動で倒れたりするおそれがある。
ロウソクを消したらずいぶん暗くなるが、目が慣れれば月明かりでも、お互いの輪郭くらいは分かるだろう。
しかし私の注意にササグは
「いえ。ロウソクは点けたままでしましょう」
「な、なんで? 危ないよ?」
私の問いに、ササグは微笑んでいるのに、どこかゾッとする目の色で
「俺、ウラメ様を信じたいけど、まだどこか不安で。もしかしたら上手いこと、言いくるめられているのかもって思うから。運命を天に委ねたいなって」
無事に事を終えられたら、二度と心中は迫らない。
でももし蔵が燃えたら、そのまま一緒に焼け死のうとササグは考えているようだ。
こんな怖いセックスある?
「いやいやいやいや……」
「そんな怯えた顔しないで。信じさせてください。ウラメ様も俺が好きなんだって」
ササグは私に覆いかぶさりながら優しく頬を撫でて
「じゃないと、この世でいちばんの幸せを失っても、あなたを奪うしか無くなります」
真顔なら良かったが、彼は微笑んでいた。
行くところまで行ってしまえば、もう逃げられる心配は無いから、かえって安心だと言うように。
「わ、分かった。ササグの好きにして……」
これ以上、下手に説得しようとしたら逆に死期が早まると、私は震えながらササグの提案を受け入れた。
結論として、ササグがロウソクを倒すことはなかった。
でもそれは運ではなく、私が行為中に「怖い。怖い」とあんまり泣くので
「死が怖いんですか? 俺が怖いんですか?」
「死が怖い。火事が怖い」
本当はササグがいちばん怖かったが、そこは流石に伏せると
「……想像上の死と実際の死は違いますよね」
ササグは意外にも、ロウソクの火を消してくれた。
多分ササグが私を殺そうとしたのは、私が死を望んでいると考えてのことだろう。
だから私の死にたい発言が本気じゃないなら、殺すのは可哀想だと思ってくれたようだ。
ただそれは私が怨霊化を諦めて、未来永劫ササグと結ばれると約束するならの話。
その恐怖の夜が終わってから、私は死ぬまでに1万回は、ササグに永遠を誓わされた。
また心中スイッチが入ってしまうことを恐れて
「う、うん。何度生まれ変わっても、ササグと一緒になるよ……」
その場しのぎの口約束のはずが、口にするたびに魂が不可視の鎖に縛られていく気がした。
無い。無い。こんな口約束、なんの効力も無い。
しかしいくら言い聞かせても、不安が無くなることはなかった。
あれから50年。虚弱な体とストレスフルな生活の割には長生きした私も、とうとう死の床についた。
私の枕元に正座したササグは目に涙を浮かべながらも、取り乱すことはせず、しわしわになった私の手を取って
「ウラメ様の葬儀を終えたら、俺もすぐに後を追います。必ずまた一緒になりましょうね」
一見よい夫風だが、妻が死んだからって、すぐに後を追うのはおかしい。
もう70過ぎだからって、そんな簡単に命を捨てないで欲しい。
あと最期の最期まで来世の約束をさせるの怖い。
しかし死にかけの私にササグを説得する気力はなく、彼を刺激しないように小さく頷くしかできなかった。
ただ頷きはしたものの、薄れゆく意識の中で最期に願ったのは
(もう怨霊になれなくていいから、私を生まれ変わらせないで。このまま安らかに眠らせて……)
こんなに一途に私を慕うササグを嫌うことはできない。だが重い。そして怖い。
生きる地雷のようなササグと、来世も人生を共にするのは心臓に多大な負荷がかかるので遠慮したいと切に願いながら、私は静かに息を引き取った。
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