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来世編
命がけの説得
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しかし私は、未だにササグを理解し切れていなかったらしい。
晩御飯の後。急な睡魔に襲われた私は
「……様。ウラメ様。起きてください」
ササグの呼びかけに「ん……」と唸りながら、目を覚ますと
「えっ、ここは?」
気づいたら夜で、なぜか蔵に閉じ込められていた。
5年前。儀式の日まで監禁されていた、あの蔵だ。
私は座敷牢風に増築された檻の中。ササグが持ち込んだらしい敷物の上に寝かされていた。
暗闇を照らすのは明り取りから差し込む月光と、ササグが持つロウソクの火だけ。
ササグは私を閉じ込めた木製の檻の外から
「ウラメ様が眠っている間に、蔵に運ばせてもらいました」
「ど、どうして、こんなところに?」
「母屋や離れには他の人も居るので。誰も巻き込まない場所がいいだろうと」
「だ、誰も巻き込まないって何に?」
不穏な台詞に動揺する私に、ササグは続けて
「この間、言っていたでしょう? ウラメ様は死んで怨霊になりたかったんだって。今からここで、その夢を叶えましょう」
ロウソクの火に赤々と照らされながら、優しく微笑んで
「本来なら自分を護ってくれるはずの夫に焼き殺されたら、穏やかに成仏はできないでしょうから、きっと怨霊になれますよ」
ササグが手にしたロウソクが、単なる明かりではなく火種だったことに気付く。
また檻の中にあるのは敷物だけじゃない。
私とササグの足元には乾いた藁が敷き詰められており、そのうえに無数の松ぼっくりが転がっていた。
中に松脂を含む松ぼっくりは、天然の着火剤だ。
ササグが火を付けたら最後、蔵はあっという間に炎に包まれる。
檻は木製だが、焼け落ちる頃には私も一緒に燃えている。
私はササグの殺意にゾッとしながら
「わ、私を殺すってこと? そんなに怒っているの? 来世も一緒になるって言わなかったから?」
「確かに一緒になろうと言ってもらえなかったのは悲しかったけど、怒っているわけでも嫌いになったわけでもありません」
「じゃあ、どうして私を殺すの!?」
普通、人は嫌いな相手を殺す。
憎くもない相手を殺すとしたら、仕事か快楽目的だろうが、ササグはどちらにも当てはまらない。
そんなササグが私を殺そうとしているのは
「ウラメ様だけを殺すわけじゃありません。2人で一緒に死ぬんです」
「い、一緒に死ぬって、どうして!?」
私だけを殺すならともかく自分も一緒に焼け死ぬ気なら、いよいよ狂気の沙汰だが
「ウラメ様から怨霊になる方法を聞いて思ったんです。異なる魂が1つの霊になり、永遠を共にするなんて素敵だなって。この方法なら怨霊になりたいウラメ様の願いも、ずっとあなたと居たい俺の願いも同時に叶えられますから」
理屈としては分かるが、正気とは思えない計画を夢見る瞳で話すと
「ウラメ様もいいですよね? 赤の他人とでも同化できるなら、相手が俺でも」
ササグは怨霊化するための同化を浮気とでも思っているのか、ちょっと怒った顔で言うと、手にしたロウソクを傾けて、さっそく松ぼっくりに着火しようとした。
「わーっ!? ちょっと待って! もっとよく考えよう!?」
必死に制止すると、ササグは動きを止めたものの
「考えるって何を? 俺から逃れる方法ですか?」
基本的に素直な彼らしからぬ皮肉な笑みを浮かべると、ふと怖いほどの真顔になって
「俺は死んでもウラメ様を放しませんから、逃げられると思わないでください」
前に心中を拒否した場合、私の意向を尊重して1人で死ぬと言っていたササグは、5年の歳月を経て絶対に心中するし死後も逃がさないマンになった。
ここ5年は幸せに暮らしていたはずなのに、どうして前より闇が濃くなったの?
私はササグの狂気に圧倒されつつも、黙ったら死ぬとなんとか口を開いて
「いやいや、そう言うことじゃなくて……何も今すぐ心中することは無いんじゃないかって……」
全否定するのではなく猶予を設けることによって、取りあえずこの窮地を脱したかったが
「俺は今がいいと思います。じゃないとウラメ様は、どうにかして俺から逃れようとする気がするので」
「し、しないよ、そんなこと……。夫婦なのにするわけがない……」
昔どこかで人は嘘を吐く時。女は相手の目を見て、男は目を逸らすと聞いたことがある。
要するに女のほうが嘘がうまいという意味らしいのだが、私は当てはまらないようで、目も泳いでいたし声も震えていた。
当然ササグが信じるはずもなく
「でもウラメ様にとって、この夫婦関係は今世限りのものみたいですから。今ここでウラメ様を逃がして他の霊と同化されるよりは、あなたを殺してでも俺だけのものにしたいです」
光の無い目で微笑むササグに、私は怯えながら
「あ、あの子はどうするの? 両親をいっぺんに亡くして、あの子が可哀想だとは思わないの?」
ササグは私よりもよほど細やかに娘の面倒を見ていた。独り残される娘を想像すれば、思い止まるのではないかと期待したが
「ウラメ様はともかく俺のような身勝手な父親があの子に必要でしょうか? 幸いあの子には裕福で愛情深い祖父母と、面倒見のいい伯母が居ますから。俺なんかに育てられるより、よほどいい子に育ちますよ」
ササグは短絡的な男ではない。全て考慮したうえで、この手段を選んだのだ。今さら私に突かれたくらいで思い直すはずが無かった。
私が言葉を無くすと、今度はササグが
「……もういいですよね? ウラメ様に何を言われても、俺は譲る気が無いので。一緒に死んでください。俺への恨み言なら怨霊になった後で、いくらでも聞きますから」
再びササグがロウソクを傾ける。
私は真っ白な頭で
「ま、待って! 怨霊になったら、もうエッチできないよ!?」
咄嗟に叫んだ内容は、あまりにも素っ頓狂だった。
けれどササグにとっても予想外の切り口だったせいか、彼はビクッと手を止めると、少し恥ずかしそうにこちらを見て
「……いや、それはそうですけど。なんで急に、そんな話に?」
「分かっていてやるの? ササグはいいの? 私ともう、そういうことができなくなっても」
上品で綺麗な顔立ちのササグだが、ああいうことには人一倍熱心だった。
好色とか性欲が強いとかではなく、いちばん私を感じられるから好きなのだろう。
「……よくはありませんけど。ウラメ様の心は俺に無いのに、体だけ繋げても虚しいです」
その口ぶりに、少しの未練を感じた私は
晩御飯の後。急な睡魔に襲われた私は
「……様。ウラメ様。起きてください」
ササグの呼びかけに「ん……」と唸りながら、目を覚ますと
「えっ、ここは?」
気づいたら夜で、なぜか蔵に閉じ込められていた。
5年前。儀式の日まで監禁されていた、あの蔵だ。
私は座敷牢風に増築された檻の中。ササグが持ち込んだらしい敷物の上に寝かされていた。
暗闇を照らすのは明り取りから差し込む月光と、ササグが持つロウソクの火だけ。
ササグは私を閉じ込めた木製の檻の外から
「ウラメ様が眠っている間に、蔵に運ばせてもらいました」
「ど、どうして、こんなところに?」
「母屋や離れには他の人も居るので。誰も巻き込まない場所がいいだろうと」
「だ、誰も巻き込まないって何に?」
不穏な台詞に動揺する私に、ササグは続けて
「この間、言っていたでしょう? ウラメ様は死んで怨霊になりたかったんだって。今からここで、その夢を叶えましょう」
ロウソクの火に赤々と照らされながら、優しく微笑んで
「本来なら自分を護ってくれるはずの夫に焼き殺されたら、穏やかに成仏はできないでしょうから、きっと怨霊になれますよ」
ササグが手にしたロウソクが、単なる明かりではなく火種だったことに気付く。
また檻の中にあるのは敷物だけじゃない。
私とササグの足元には乾いた藁が敷き詰められており、そのうえに無数の松ぼっくりが転がっていた。
中に松脂を含む松ぼっくりは、天然の着火剤だ。
ササグが火を付けたら最後、蔵はあっという間に炎に包まれる。
檻は木製だが、焼け落ちる頃には私も一緒に燃えている。
私はササグの殺意にゾッとしながら
「わ、私を殺すってこと? そんなに怒っているの? 来世も一緒になるって言わなかったから?」
「確かに一緒になろうと言ってもらえなかったのは悲しかったけど、怒っているわけでも嫌いになったわけでもありません」
「じゃあ、どうして私を殺すの!?」
普通、人は嫌いな相手を殺す。
憎くもない相手を殺すとしたら、仕事か快楽目的だろうが、ササグはどちらにも当てはまらない。
そんなササグが私を殺そうとしているのは
「ウラメ様だけを殺すわけじゃありません。2人で一緒に死ぬんです」
「い、一緒に死ぬって、どうして!?」
私だけを殺すならともかく自分も一緒に焼け死ぬ気なら、いよいよ狂気の沙汰だが
「ウラメ様から怨霊になる方法を聞いて思ったんです。異なる魂が1つの霊になり、永遠を共にするなんて素敵だなって。この方法なら怨霊になりたいウラメ様の願いも、ずっとあなたと居たい俺の願いも同時に叶えられますから」
理屈としては分かるが、正気とは思えない計画を夢見る瞳で話すと
「ウラメ様もいいですよね? 赤の他人とでも同化できるなら、相手が俺でも」
ササグは怨霊化するための同化を浮気とでも思っているのか、ちょっと怒った顔で言うと、手にしたロウソクを傾けて、さっそく松ぼっくりに着火しようとした。
「わーっ!? ちょっと待って! もっとよく考えよう!?」
必死に制止すると、ササグは動きを止めたものの
「考えるって何を? 俺から逃れる方法ですか?」
基本的に素直な彼らしからぬ皮肉な笑みを浮かべると、ふと怖いほどの真顔になって
「俺は死んでもウラメ様を放しませんから、逃げられると思わないでください」
前に心中を拒否した場合、私の意向を尊重して1人で死ぬと言っていたササグは、5年の歳月を経て絶対に心中するし死後も逃がさないマンになった。
ここ5年は幸せに暮らしていたはずなのに、どうして前より闇が濃くなったの?
私はササグの狂気に圧倒されつつも、黙ったら死ぬとなんとか口を開いて
「いやいや、そう言うことじゃなくて……何も今すぐ心中することは無いんじゃないかって……」
全否定するのではなく猶予を設けることによって、取りあえずこの窮地を脱したかったが
「俺は今がいいと思います。じゃないとウラメ様は、どうにかして俺から逃れようとする気がするので」
「し、しないよ、そんなこと……。夫婦なのにするわけがない……」
昔どこかで人は嘘を吐く時。女は相手の目を見て、男は目を逸らすと聞いたことがある。
要するに女のほうが嘘がうまいという意味らしいのだが、私は当てはまらないようで、目も泳いでいたし声も震えていた。
当然ササグが信じるはずもなく
「でもウラメ様にとって、この夫婦関係は今世限りのものみたいですから。今ここでウラメ様を逃がして他の霊と同化されるよりは、あなたを殺してでも俺だけのものにしたいです」
光の無い目で微笑むササグに、私は怯えながら
「あ、あの子はどうするの? 両親をいっぺんに亡くして、あの子が可哀想だとは思わないの?」
ササグは私よりもよほど細やかに娘の面倒を見ていた。独り残される娘を想像すれば、思い止まるのではないかと期待したが
「ウラメ様はともかく俺のような身勝手な父親があの子に必要でしょうか? 幸いあの子には裕福で愛情深い祖父母と、面倒見のいい伯母が居ますから。俺なんかに育てられるより、よほどいい子に育ちますよ」
ササグは短絡的な男ではない。全て考慮したうえで、この手段を選んだのだ。今さら私に突かれたくらいで思い直すはずが無かった。
私が言葉を無くすと、今度はササグが
「……もういいですよね? ウラメ様に何を言われても、俺は譲る気が無いので。一緒に死んでください。俺への恨み言なら怨霊になった後で、いくらでも聞きますから」
再びササグがロウソクを傾ける。
私は真っ白な頭で
「ま、待って! 怨霊になったら、もうエッチできないよ!?」
咄嗟に叫んだ内容は、あまりにも素っ頓狂だった。
けれどササグにとっても予想外の切り口だったせいか、彼はビクッと手を止めると、少し恥ずかしそうにこちらを見て
「……いや、それはそうですけど。なんで急に、そんな話に?」
「分かっていてやるの? ササグはいいの? 私ともう、そういうことができなくなっても」
上品で綺麗な顔立ちのササグだが、ああいうことには人一倍熱心だった。
好色とか性欲が強いとかではなく、いちばん私を感じられるから好きなのだろう。
「……よくはありませんけど。ウラメ様の心は俺に無いのに、体だけ繋げても虚しいです」
その口ぶりに、少しの未練を感じた私は
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