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来世編
来世は怨霊になりたい
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出産は死ぬかと思うほど痛かった。
それにいくらササグが子育てに協力的でも、粉ミルクなどの無い時代、授乳だけは女がしなければならない。
赤ちゃんの世話は想像以上に大変だった。
でも私の場合は子育て以外の仕事は、全てササグがしてくれた。
その余裕のおかげか、前世から絶対に無縁だろうと信じていた我が子は意外と可愛かった。
3歳になって乳離れした娘は、ほとんどササグに背負われていたが、たまによちよち歩きで寄って来ては
「かーたん。こわいおはなちちて」
とお化けの話をねだって来る。
私と違って栄養状態が良好で、なおかつ美形のササグの子なので、つやつやほっぺの可愛い子だが、趣味は母親に似たようだ。
子どもが生まれて諦めがついた私は、自分の子だけでなく他の子にも乞われるまま、自然と怪談や民話などを語るようになった。
まだ刀や弓矢で戦うような時代なので、当然ながらテレビやネットは無い。街ならともかく田舎の村では本も滅多に手に入らない。
そんな娯楽に乏しい環境では、私の話はとても新鮮だったようで、子どもだけでなく大人まで聞きに来るようになった。
形の無い芸でも人は確かに与えられたと感じ、くれた相手に好意を持つ。
私は村人に面白い話を聞かせてくれる人として認められるようになり、労働しなくてもなんとなく許されるようになった。
そんな周囲の変化に
「やっと村の皆にも、ウラメ様の素晴らしさを分かってもらえて嬉しいです」
とササグは喜んでいる。
子どもの頃から一途に怨霊を目指して来たはずが、イケメンで献身的な旦那様と可愛い娘に恵まれて、村の人たちからも慕われて、思いがけず幸福な日々を送っている。
が。
「ウラメ様は生まれ変わりを信じますか?」
その日はちょうど輪廻転生をテーマにした話をしたからか、日の当たる縁側でササグに問われた。
信じるも何も、私は実際に生まれ変わりを経験している。
だからシンプルに「あると思うよ」と答えると
「もし人が生まれ変わるなら、俺は次もその次も、いつか輪廻転生が終わるまで、またウラメ様と結ばれたいです」
少しはにかむように頬を染めながら、私の手にそっと自分の手を重ねて告げるササグに
「そ、そう……」
照れではなく引き気味の声音。加えて反射的に逸らした目から
(私は今世だけでいいけど……)
という想いが滲み出てしまったようで
「……ウラメ様は嫌ですか? 来世まで俺に付きまとわれるのは」
ササグの瞳が5年ぶりに光を失う。
今は夏なのに正体不明の冷気が背筋を凍らせる。
私は危険を感じつつも
「さ、ササグが嫌とかじゃなくて。ただ今世ではできなかったことがあるから、来世ではそれを果たしたいなって」
「今世ではできなかったことって……ウラメ様には何か夢があったんですか? それは本当に、今世では叶えられないことなんですか?」
夢があるなら叶えさせてやりたいと思ったのだろう。ササグは気遣わし気な顔で問うて来た。
変に隠すとこじれるかなと、私は思い切って怨霊になりたかったのだと告げた。
ササグの代わりに死のうとしていたのも、無念の霊たちと合体して怨霊になるためだと。
当然ながらササグは不可解そうな顔で
「神や仏なら分かりますが、なぜ怨霊なんかに? 祟り殺したい相手でも居るんですか?」
「いや、そう言うんじゃなくて。君も知ってのとおり私は怖い話が好きだから。自分もお化けになって、人を怖がらせたかったの」
言葉にすれば馬鹿みたいな私の告白に、ササグは沈黙した。
ササグの性格上、呆れているとかではないだろうが、ただただ理解不能なのだろう。
「ゴメン。君は私を慕ってくれていたのに。変な女で」
どうせ幻滅されるなら、結婚前にさせてあげるべきだった。
普通の夫婦ならともかく私は村長の娘で、子どもまで居る。その状態で別れたらササグは村に居づらくなる。
しかしササグに離縁の意思は無いようで
「いえ、そんな。理由がどうあれ、ウラメ様が俺にしてくれたことは変わりませんから。それで失望することはありませんが……」
ササグは少しの間を開けると、再び口を開いて
「来世は再び怨霊になる夢を追うから、俺とは結婚できないってことなんですか?」
「うん。まぁ、来世があるとしたら、今度こそ怨霊になりたいなって」
「……そうですか」
暗い声音には気づいていたが
「それにせっかく生まれ変わるなら、また同じ人と同じことを繰り返すより、もっと違う人生を歩んだほうがいいんじゃないかな」
ササグが私を好きになったのは、孤立無援だった彼の唯一の味方だったからだ。
ササグの気持ちを否定したくは無いが、健全な精神状態から生まれた感情じゃない。
せっかく生まれ変わるなら、来世は優しい両親に恵まれて、恐怖も孤独も知らずに育ち、自由に人を愛して欲しい。
そんな気持ちで言ったのだが、ササグは奇妙な沈黙の後。
「……変な質問をして、すみませんでした」
静かに縁側から立ち去った。
やっぱりササグには不本意な回答だったんだろうな。
私はいちおうササグが好きだ。もし彼が他の女性を愛するようになったら、かなりショックだろう。それでも結婚は一度で十分だ。
さっきも言ったように来世があるなら、ササグにはもっと幸せな恋愛をして欲しいのもある。それに私は基本的に恋愛非対応人間なのだ。
貴族の若君も真っ青の美男に、はにかみ笑顔で
『もし来世があるのなら、何度でも一緒になりたいです』
みたいなことを言われても、未だやむことのない夜のあれこれを思い出して
『そ、そう……』
あれを来世も? と思わず引いてしまうくらいには、やっぱり私には情が無い。
流石のササグも失望したかもしれない。だとしても、嘘の言葉で取り繕うまい。
子どもには可哀想だが、ササグはまだ若い。もし私に幻滅して別の人生を歩めるなら、そのほうがいいと。
それにいくらササグが子育てに協力的でも、粉ミルクなどの無い時代、授乳だけは女がしなければならない。
赤ちゃんの世話は想像以上に大変だった。
でも私の場合は子育て以外の仕事は、全てササグがしてくれた。
その余裕のおかげか、前世から絶対に無縁だろうと信じていた我が子は意外と可愛かった。
3歳になって乳離れした娘は、ほとんどササグに背負われていたが、たまによちよち歩きで寄って来ては
「かーたん。こわいおはなちちて」
とお化けの話をねだって来る。
私と違って栄養状態が良好で、なおかつ美形のササグの子なので、つやつやほっぺの可愛い子だが、趣味は母親に似たようだ。
子どもが生まれて諦めがついた私は、自分の子だけでなく他の子にも乞われるまま、自然と怪談や民話などを語るようになった。
まだ刀や弓矢で戦うような時代なので、当然ながらテレビやネットは無い。街ならともかく田舎の村では本も滅多に手に入らない。
そんな娯楽に乏しい環境では、私の話はとても新鮮だったようで、子どもだけでなく大人まで聞きに来るようになった。
形の無い芸でも人は確かに与えられたと感じ、くれた相手に好意を持つ。
私は村人に面白い話を聞かせてくれる人として認められるようになり、労働しなくてもなんとなく許されるようになった。
そんな周囲の変化に
「やっと村の皆にも、ウラメ様の素晴らしさを分かってもらえて嬉しいです」
とササグは喜んでいる。
子どもの頃から一途に怨霊を目指して来たはずが、イケメンで献身的な旦那様と可愛い娘に恵まれて、村の人たちからも慕われて、思いがけず幸福な日々を送っている。
が。
「ウラメ様は生まれ変わりを信じますか?」
その日はちょうど輪廻転生をテーマにした話をしたからか、日の当たる縁側でササグに問われた。
信じるも何も、私は実際に生まれ変わりを経験している。
だからシンプルに「あると思うよ」と答えると
「もし人が生まれ変わるなら、俺は次もその次も、いつか輪廻転生が終わるまで、またウラメ様と結ばれたいです」
少しはにかむように頬を染めながら、私の手にそっと自分の手を重ねて告げるササグに
「そ、そう……」
照れではなく引き気味の声音。加えて反射的に逸らした目から
(私は今世だけでいいけど……)
という想いが滲み出てしまったようで
「……ウラメ様は嫌ですか? 来世まで俺に付きまとわれるのは」
ササグの瞳が5年ぶりに光を失う。
今は夏なのに正体不明の冷気が背筋を凍らせる。
私は危険を感じつつも
「さ、ササグが嫌とかじゃなくて。ただ今世ではできなかったことがあるから、来世ではそれを果たしたいなって」
「今世ではできなかったことって……ウラメ様には何か夢があったんですか? それは本当に、今世では叶えられないことなんですか?」
夢があるなら叶えさせてやりたいと思ったのだろう。ササグは気遣わし気な顔で問うて来た。
変に隠すとこじれるかなと、私は思い切って怨霊になりたかったのだと告げた。
ササグの代わりに死のうとしていたのも、無念の霊たちと合体して怨霊になるためだと。
当然ながらササグは不可解そうな顔で
「神や仏なら分かりますが、なぜ怨霊なんかに? 祟り殺したい相手でも居るんですか?」
「いや、そう言うんじゃなくて。君も知ってのとおり私は怖い話が好きだから。自分もお化けになって、人を怖がらせたかったの」
言葉にすれば馬鹿みたいな私の告白に、ササグは沈黙した。
ササグの性格上、呆れているとかではないだろうが、ただただ理解不能なのだろう。
「ゴメン。君は私を慕ってくれていたのに。変な女で」
どうせ幻滅されるなら、結婚前にさせてあげるべきだった。
普通の夫婦ならともかく私は村長の娘で、子どもまで居る。その状態で別れたらササグは村に居づらくなる。
しかしササグに離縁の意思は無いようで
「いえ、そんな。理由がどうあれ、ウラメ様が俺にしてくれたことは変わりませんから。それで失望することはありませんが……」
ササグは少しの間を開けると、再び口を開いて
「来世は再び怨霊になる夢を追うから、俺とは結婚できないってことなんですか?」
「うん。まぁ、来世があるとしたら、今度こそ怨霊になりたいなって」
「……そうですか」
暗い声音には気づいていたが
「それにせっかく生まれ変わるなら、また同じ人と同じことを繰り返すより、もっと違う人生を歩んだほうがいいんじゃないかな」
ササグが私を好きになったのは、孤立無援だった彼の唯一の味方だったからだ。
ササグの気持ちを否定したくは無いが、健全な精神状態から生まれた感情じゃない。
せっかく生まれ変わるなら、来世は優しい両親に恵まれて、恐怖も孤独も知らずに育ち、自由に人を愛して欲しい。
そんな気持ちで言ったのだが、ササグは奇妙な沈黙の後。
「……変な質問をして、すみませんでした」
静かに縁側から立ち去った。
やっぱりササグには不本意な回答だったんだろうな。
私はいちおうササグが好きだ。もし彼が他の女性を愛するようになったら、かなりショックだろう。それでも結婚は一度で十分だ。
さっきも言ったように来世があるなら、ササグにはもっと幸せな恋愛をして欲しいのもある。それに私は基本的に恋愛非対応人間なのだ。
貴族の若君も真っ青の美男に、はにかみ笑顔で
『もし来世があるのなら、何度でも一緒になりたいです』
みたいなことを言われても、未だやむことのない夜のあれこれを思い出して
『そ、そう……』
あれを来世も? と思わず引いてしまうくらいには、やっぱり私には情が無い。
流石のササグも失望したかもしれない。だとしても、嘘の言葉で取り繕うまい。
子どもには可哀想だが、ササグはまだ若い。もし私に幻滅して別の人生を歩めるなら、そのほうがいいと。
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