わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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新婚編

再びの裏切り

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 そんな生活が、もう1年以上も続いている。しかしササグは一向に私に飽きる様子が無い。

 むしろ以前からめいっぱいだった愛情が、今は輝く笑顔と甘やかな声音から、ドバドバと溢れている。

 下降するどころか右肩上がりに上昇し続けるササグの愛情。これ、いつかちゃんと下落する日は来る?

 ササグが私に飽きる前に、私が愛情の海に沈められるんじゃないかと不安でいっぱいの日々だ。

 心配は他にもある。

 この村には避妊具が無いので、夫婦は中出しが基本だ。これだけ昼も夜も孕ませエッチされたら普通は妊娠する。

 この世界だけか、元の世界でもそうだったのか、腹に子種を宿した女のもとには、この世に生まれ出ようとする魂が寄って来る。

 それらは死者の霊のように人間の姿を持たず、光の玉として現れる。多分まだ人格を持たない純粋な魂なのだろう。

 恐らく受精卵に魂が宿ることで、人としての成長がはじまる。

 逆に魂が宿らない受精卵は、人として育まれることなく流れるようだ。

 見える人である私は

「ダメ! 来ないで! あっちに行って!」

 器を求める魂を、そのたび追い払っていた。

 私が眠っている間は

「ゴメンね。この子は怨霊になりたいんだって。アンタの母親にはなれないのよ」

 お姉さん方がお引き取り願っていた。

 そのおかげで執拗しつように抱かれながらも、ササグの子を孕まずに済んでいた。

 毎日のように抱いても、なぜか一向に孕まない女。

 元の世界とは違い、この世界では子を産むことが女のいちばんの仕事だ。つまり産めない女は出来損ないで価値が無い。

 そんな女を妻にしてしまったことも、男にとっては失敗だ。

 しかしササグが今のところ、妊娠しないことを気にしている様子は無い。

 まだ19歳だからセックスだけでいいのか、それとも私を気遣って触れずにいるのか。

「ササグは子どもが欲しくないの?」

 私から聞いてみると

「俺は多分もしウラメ様と俺の子が産まれたらすごく嬉しくて、命よりも大事にすると思います」

 ササグは慈しむように私の髪を撫でながら

「だけどお産は母親の命を子に分けることだとも言います。実際にお産で亡くなる人も多いですから、子どもを授からないことにも、愛する人を失わないで済むという安心があります」

 愛おしそうに私を見つめて

「だから俺は言葉は悪いけど、どちらでもいいんです。子どもが生まれても生まれなくても、ウラメ様が居てくれるだけで幸せですから」

 光が溢れるような笑顔とともに放たれた言葉に「うっ」と嗚咽おえつしたのは私ではなく

「お、お姉さん? その光は……」

 男に苦しめられた未練の女霊たちは、何やら見覚えのある白い光に包まれていた。

 異変を感じた私はササグを離れに残して、霊たちと外に出た。

 改めて話を聞くと、6人の霊たちの中でもリーダー的な存在だった女性が

「アンタには言わなかったけど、あたしは子どもを産めないことで、役立たずだと男になじられて死んだんだ」
「あたしは子どもができてから、母親としての役目だけ求められて、女として見てもらえなくなった」

 全員が全員、同じ過去を持つわけではない。ただ1つ共通していたのが、女性としてもっと大切に愛されたかったという想い。

 しかしそれが今。

「でも、こんなに情が深い男も居るんだねぇ。アンタを一心に愛するササグ君を見ていたら、なんかもう全部癒されちまったよ」

 漂う成仏ムードに私は慌てて

「いや、待ってください! これからじゃないですか! どんな男でも、いつかは絶対に飽きるんでしょう!?」
「アンタはまだササグ君が、普通の男だと思っているのかい?」

 お姉さん方は急に怖いことを言い出すと

「ササグ君はアンタの知らないところで、よく村の女たちに誘われているけど、いつも少しも迷わずに拒んでいるよ」
「ササグ君は本当に、アンタのことしか想ってないよ。霊の視点から太鼓判を押すんだから間違いない」

 相手の前でだけ良い人ぶるのは難しくない。問題は誰も見ていない時の振舞い。お姉さん方によれば、ササグには本当に二心が無いらしい。

 私と居る時は直接尽くし、私が居ない時も懸命に働くことで、私に尽くしていると言う。

 お姉さん方は最後に、すっかり浄化されたいい笑顔で

「ササグ君は本物だ。絶対に一生、アンタを離さないよ」
「いや、話が違」

 お姉さん方は忘れているようだが、私は彼女たちに恋愛相談をしていたわけじゃない。

 私も男に裏切られ、彼女たちと同種の波長を持つことで、怨霊になろうねと約束したはずだ。

 ところが私を通して、溢れんばかりのササグの愛情を浴びた彼女たちは

「尽きない愛情もあるんだって、教えてくれてありがとうね……」
「勝手に成仏しないでぇ!? 行くところまで行けば飽きるって、お姉さんたちが煽ったのに! 嘘吐き! 嘘吐きぃ!」

 再び霊に裏切られ、置き去りにされた私は半狂乱で泣き叫んだ。

 あまりの大騒ぎに、流石にササグが離れから出て来て

「う、ウラメ様? どうしたんですか?」

 と泣きじゃくる私を宥めた。

 でもまさかササグにあえて捨てられて、怨霊化しようとしていたなんて言えない。

 私は二度も霊たちに裏切られ、怨霊化の望みを絶たれた無念を、1人で飲み込むしか無かった。
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