わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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新婚編

再び巡って来た怨霊化のチャンス

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 そんな彼女たちにとって、まだ生きている人間と話せることはレアなので

「さっきも言ったけど、男の真心なんて信じるもんじゃないよ。その子も初心そうな顔をしているけど「俺にはあなただけ」なんて言えるのは、まだ女を知らないからさ」
「そうそう。女の味を知ったが最後、男はあれこれつまみ食いしたくなるんだよ」

 私は男女関係について、酸いも甘いもかみ分けて来たっぽい先輩がたに頼もしさを感じて

「どうすれば、女の味を覚えさせられるでしょうか?」

 私の質問に、霊のお姉さん方は目を丸くして

「えっ? アンタ、わざわざその子を浮気者にしたいのかい?」
「浮気者にしたいわけではないですけど、私しか見えない状態が、この子にとっていいとは思えないので」

 今のササグには、もう18で死ぬという枷は無い。村でのササグは働き者の好青年で、大蛇退治の立役者だ。

 私じゃなきゃダメというこだわりを捨てれば、めいっぱいの愛情をササグに注いでくれる子がいくらでも見つかるだろう。

 私は霊のお姉さん方に、これまでの経緯を伝えた。本当は怨霊になりたかったのに、村人たちに大蛇を殺されてなり損ねたのだと説明すると

「ええっ? アンタ、せっかく裕福な家に生まれたのに、わざわざ怨霊になりたいのかい?」

 お姉さん方は最初こそ驚いていたが

「まー、でも実際。霊になると体は楽だよねぇ」
「ご飯を食べられない代わりに、作る必要も無いし」
「男に暴力を振るわれたり捨てられたりに、怯えることもないしねぇ」
「いいなぁ」

 私が呟いた瞬間、お姉さん方の空気が凍った。私は比較的裕福な家に生まれたうえ、村いちばんの好青年と結婚した。

 確かに無念を抱えて死んだ彼女たちからしたら

「何が「いいな」だ!?」

 と思うだろう。カチンと来たらしいお姉さん方は、意地悪な笑みを浮かべて

「……そんなにあたしたちが羨ましいなら、アンタも男に裏切られて死ねばいいんじゃないかい? そうしたらあたしたちだってアンタと合体して、好きなだけクズどもを祟れるしねぇ」
「そりゃいいや! ぜひ怨霊化してクズどもから、可哀想な女の子たちを救ってやろうよ!」

 不穏な盛り上がりを見せるお姉さん方。普通なら怯えるところだろうが

「えっ? 本当に私が男に裏切られて死んだら、一緒に怨霊化してくれるんですか?」
「いいよ~。成仏する方法も分からないし、今のままじゃ歯がゆいことがあっても、見ているだけで何もできないし」
「怨霊になったほうができることが増えそうだもんねぇ」

 再び巡って来た怨霊化のチャンス。お姉さん方の言うとおり、男に苦しめられて死んだ女の霊たちと合体して、クズどもを祟るのも悪くない。

 しかしそのためには私が、お姉さん方と同種の恨みを抱かなくてはならないが

「でもササグはすごくいい子で、私が死にたくなるようなことはしなさそうなんですが」
「まぁ、ササグ君はいい子だけど、滅多に無い美形じゃないか。まだ18で若すぎるから男としては頼りないけど、20を過ぎたら今以上に女がほっとかなくなるよ」

 お姉さん方は、ササグが男として成長し誘惑が増えれば、自然と裏切りを犯すだろうと考えているようだ。けれど、それにはまず

「まぁ、それには、まず女の味を教えなきゃだけどねぇ」

 話が戻って来た。村の生活は平坦で、娯楽に乏しい。人としての喜びなんて、たまの酒と異性くらいだ。

 私もササグには、ぜひ人生の喜びを味わわせてやりたいものだが

「具体的には、どうしたらいいでしょうか?」

 私としてはササグの矢印を、今すぐ他の女性に向けたかった。しかしお姉さん方は呆れ顔で

「そりゃアンタが教えてやるんだよ。流石に新婚の夫が、いきなり他の女には行かないだろうよ」
「したことが無いから怖いです……」

 素直に不安を訴えると、お姉さん方はニマニマして

「あらやだ。可愛いねぇ。はじめてなの?」
「あたしにも、こんな時があったわぁ……」

 また気のいいお姉さん霊に戻ると

「はじめてだと不安だろうけど、現状あの子はアンタに惚れているんだし、そう酷いことにはならないさ」
「痛かったら「痛いから、もっと優しくして」って可愛く頼めば大丈夫だよ」
「いきなりうまい男なんて居ないから、アンタが育ててやるつもりでね」

 なんか普通の恋愛相談みたいになって来た。

 ササグとの結婚を受け入れながら、こんなことを思うのは酷いかもしれない。でも私は、やっぱり怨霊になりたい。再びその可能性と出会ったからには、挑戦もせずに諦めるなんてできない。

 それにササグが私を好きな気持ちも、やっぱり刷り込みから来る執着っぽいし。

 人間どれだけ欲しかったものでも、手に入れてしまえば少しずつ、ありがたみが失せるものだ。いっそ全て与えてしまって私がたくさんいる女の1人でしかないこと。執着する必要など無いと分かったほうが、ササグにとっても得かもしれない。

 ゴメンね、ササグ。君に捨てられて怨霊化しても、ササグには何もしないから許して欲しい。

 そんなわけで私は、未練の女霊たちをセコンドに『ササグに捨てられよう大作戦』を開始した。
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