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新婚編
私は何も返せないから
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ササグは体を離すと、少し恥ずかしそうに私を見て
「こうしてただ抱きしめることと、口づけするのはいいですか?」
「うん」と許可すると、ササグはゆっくり顔を寄せた。「えっ?」と思った時には手遅れで、気付けば唇を重ねられていた。
「……頬って言ったんだけど」
遅れて注意すると、ササグは「えっ!?」と目を見張って
「あっ、すみませんっ! すごくドキドキして頭が回ってなくて、すみません!」
この狼狽ぶりからも明らかなように、ササグは興奮のあまり完全に平静を失っていたらしい。そのせいでわざとではなく素で、勘違いしてしまったようだ。
その場に平服するササグの頭を撫でながら
「いや、いいよ。別に嫌じゃなかった」
「ほ、本当ですか?」
「うん」
私はこの子が幼い頃から、12年も成長を見守って来た。ササグがどんなにいい子か、どれほどの孤独と理不尽に耐えて生きて来たか知っているので、この子が欲するものを私が持っているなら与えたい気持ちはある。
……ただそれはやはり同情という気がするので、この子を本当に満たすものを返せないことが申し訳ない。
そんな気持ちから私は
「今さらだけど、好きになってくれてありがとう」
体を起こして座り直したササグは驚いた顔で
「なんでお礼なんて……俺の気持ちは、ウラメ様には迷惑なんじゃ?」
「私は死にたかったから、引き止められると困るのは確かだけど、人からこんなに大切に想ってもらえるのは、普通にありがたいと思うから」
「普通にありがたい」なんて、なんか偉そうだなと自分にツッコミながら
「好きになってくれて、ありがとう。ちゃんと受け取れなくてゴメン」
不器用に感謝と謝罪を述べると、ササグはフルフルと首を振って
「ウラメ様は、いつも俺の気持ちを大事にしてくれています。だから俺は、あなたが好きなんです」
とても暖かそうな顔で笑った。
それからササグは、私の布団の隣に自分の布団を敷いた。それぞれの布団に入ると、ササグは隣から私を見て
「……さっきは何も望まないと言ったけど、今日から同じ部屋で寝るなら、また昔みたいにお話を聞きたいです」
私にも応えられる他愛のない望みにホッとしながら
「じゃあ、ササグももう大人だし、怖い話でもする?」
「普通の! 怖くない話で!」
「残念」
いちばん好きなのは怪談だが、私は日本だけでなく、世界の民話や神話にも詳しい。そんな話をしてあげているうちに、ササグはいつの間にか眠っていた。
話がつまらなかったとかではなく、私の声を聞いていると、誰かが傍に居てくれる安堵で眠くなるのだそうだ。
誰かが傍に居てくれることに安心するのは、誰かが傍に居てくれることが、ササグにとって普通ではないから。
家族の居ないササグは今も孤独で、愛情に飢えているのだろう。……でも自分本位な私には、彼を満たすほどの愛情は与えられない。
ササグの寝顔を横目に見ながら
「……君ならもっといい子を捕まえられるだろうに、本当に私じゃなきゃダメなの?」
ぶっちゃけ荷が重いと、苦い気持ちで呟くと
「そんなわけじゃないじゃないか。男が『君じゃなきゃダメ』なんて言うのは最初だけだよ」
鼻で笑うような女の声。この離れには私とササグしか居ないはずなのに
「えっ?」
「えっ?」
体を起こすと、薄暗闇に無数の霊体が浮かんでいた。目を凝らすとそれは6人の女性霊で
「あれ? アンタもしかして、あたしたちが見えるのかい?」
身なりからして、姫や町娘ではなく、普通の農民のようだ。この村で以前死んだ人たちなのかなと考えながら
「はい。いちおう霊能者なので」
ササグを起こさないように小声で返すと
「霊能者~? その割には今の今まで見えなかったみたいだけどね」
「以前はよく1人でブツブツ話していたけど、最近はそれも無いし」
このお姉さん方と出会ってはじめて気づいたけど、私には波長の合う霊しか見えないらしい。
私は生贄になる可能性が高かったので、生贄として死んだ霊たちと波長が合った。今新たに『男の悩み』を抱えたことで、男に苦しめられて死んでいった女たちの霊と波長が合ったようだ。
考えてみれば、生贄にされた人たち以外は悔いなく死ねたと思うほうがおかしい。波長が合わないから見えなかっただけで、実際はもっとさ迷える霊が居るのだろう。
ちなみに霊同士も、波長が合わないと見えないみたいだ。だから男に苦しめられた未練の女霊たちは、今まで自分たちだけで男の愚痴を言い合い、慰め合って来た。
「こうしてただ抱きしめることと、口づけするのはいいですか?」
「うん」と許可すると、ササグはゆっくり顔を寄せた。「えっ?」と思った時には手遅れで、気付けば唇を重ねられていた。
「……頬って言ったんだけど」
遅れて注意すると、ササグは「えっ!?」と目を見張って
「あっ、すみませんっ! すごくドキドキして頭が回ってなくて、すみません!」
この狼狽ぶりからも明らかなように、ササグは興奮のあまり完全に平静を失っていたらしい。そのせいでわざとではなく素で、勘違いしてしまったようだ。
その場に平服するササグの頭を撫でながら
「いや、いいよ。別に嫌じゃなかった」
「ほ、本当ですか?」
「うん」
私はこの子が幼い頃から、12年も成長を見守って来た。ササグがどんなにいい子か、どれほどの孤独と理不尽に耐えて生きて来たか知っているので、この子が欲するものを私が持っているなら与えたい気持ちはある。
……ただそれはやはり同情という気がするので、この子を本当に満たすものを返せないことが申し訳ない。
そんな気持ちから私は
「今さらだけど、好きになってくれてありがとう」
体を起こして座り直したササグは驚いた顔で
「なんでお礼なんて……俺の気持ちは、ウラメ様には迷惑なんじゃ?」
「私は死にたかったから、引き止められると困るのは確かだけど、人からこんなに大切に想ってもらえるのは、普通にありがたいと思うから」
「普通にありがたい」なんて、なんか偉そうだなと自分にツッコミながら
「好きになってくれて、ありがとう。ちゃんと受け取れなくてゴメン」
不器用に感謝と謝罪を述べると、ササグはフルフルと首を振って
「ウラメ様は、いつも俺の気持ちを大事にしてくれています。だから俺は、あなたが好きなんです」
とても暖かそうな顔で笑った。
それからササグは、私の布団の隣に自分の布団を敷いた。それぞれの布団に入ると、ササグは隣から私を見て
「……さっきは何も望まないと言ったけど、今日から同じ部屋で寝るなら、また昔みたいにお話を聞きたいです」
私にも応えられる他愛のない望みにホッとしながら
「じゃあ、ササグももう大人だし、怖い話でもする?」
「普通の! 怖くない話で!」
「残念」
いちばん好きなのは怪談だが、私は日本だけでなく、世界の民話や神話にも詳しい。そんな話をしてあげているうちに、ササグはいつの間にか眠っていた。
話がつまらなかったとかではなく、私の声を聞いていると、誰かが傍に居てくれる安堵で眠くなるのだそうだ。
誰かが傍に居てくれることに安心するのは、誰かが傍に居てくれることが、ササグにとって普通ではないから。
家族の居ないササグは今も孤独で、愛情に飢えているのだろう。……でも自分本位な私には、彼を満たすほどの愛情は与えられない。
ササグの寝顔を横目に見ながら
「……君ならもっといい子を捕まえられるだろうに、本当に私じゃなきゃダメなの?」
ぶっちゃけ荷が重いと、苦い気持ちで呟くと
「そんなわけじゃないじゃないか。男が『君じゃなきゃダメ』なんて言うのは最初だけだよ」
鼻で笑うような女の声。この離れには私とササグしか居ないはずなのに
「えっ?」
「えっ?」
体を起こすと、薄暗闇に無数の霊体が浮かんでいた。目を凝らすとそれは6人の女性霊で
「あれ? アンタもしかして、あたしたちが見えるのかい?」
身なりからして、姫や町娘ではなく、普通の農民のようだ。この村で以前死んだ人たちなのかなと考えながら
「はい。いちおう霊能者なので」
ササグを起こさないように小声で返すと
「霊能者~? その割には今の今まで見えなかったみたいだけどね」
「以前はよく1人でブツブツ話していたけど、最近はそれも無いし」
このお姉さん方と出会ってはじめて気づいたけど、私には波長の合う霊しか見えないらしい。
私は生贄になる可能性が高かったので、生贄として死んだ霊たちと波長が合った。今新たに『男の悩み』を抱えたことで、男に苦しめられて死んでいった女たちの霊と波長が合ったようだ。
考えてみれば、生贄にされた人たち以外は悔いなく死ねたと思うほうがおかしい。波長が合わないから見えなかっただけで、実際はもっとさ迷える霊が居るのだろう。
ちなみに霊同士も、波長が合わないと見えないみたいだ。だから男に苦しめられた未練の女霊たちは、今まで自分たちだけで男の愚痴を言い合い、慰め合って来た。
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