わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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新婚編

今日から夫婦ということで

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 山の神の生贄として大蛇に食われて怨霊化するはずが、怒涛どとうの急展開で夢をぶっ壊された私は、けっきょくササグと結婚した。

 これからは妻として母として、夫と子どものために馬車馬のように働かされて苦しむんだ。地獄だな……と思いきり人生を悲観していた。

 けれど早速、新婚の洗礼を受けるはずの初夜。

 見慣れた離れの自室。布団が1つに枕が2つ。ここでまぐわえと言わんばかりの光景に、虚無になっていると

「村長の手前、結婚しましたが、無理に夫婦らしくしなくていいですからね」

 ササグは私を好きらしいのに、夫婦らしくしなくていいって?

 視線で真意を問うと、ササグは穏やかな表情で

「ウラメ様は俺を憐れんで結婚してくださったんだと分かっていますから。ただともに生きてくれる以上の負担を強いたくないんです」

 ササグは続けて名目上は夫婦でも、私は普段どおり過ごしていいと言ってくれた。面倒なことは全て自分がやるから、ウラメ様はただ生きていてくれと。

 要するにササグからパラサイトする許可をもらった私は

「いやでも、それじゃ君にはなんの得も無いでしょ?」

 私は正直、結婚は生活のためにするものだと思っている。特にこの世界には炊飯器も洗濯機も掃除機も無いので、家事の負担が大きい。

 仕事と家事の両立が現代よりも難しいのだから、男女ともに支え合う伴侶が必要だ。

 逆にその全ての負担を自分で背負えるなら、伴侶なんて邪魔なだけだ。

 例外として、相手が好きで自分のものにしたい場合もある。でもそれは成功者が美しい愛人を囲うようなもの。

 私は無情な性格なので、結婚なんて役に立つか、やれるんじゃなきゃする意味無いだろと思ってしまう。

 しかしササグは健気に微笑んで

「俺はウラメ様が、ただ生きていてくださるだけで十分です。本当は死ぬ気だったと聞いたら余計に、今こうしてウラメ様と居られることは当たり前じゃ無いんだと思いますから」

 私の手に自分の手を重ねると、少し照れたような顔で

「それに形だけでも結婚していれば、誰にもあなたを奪われずに済みますから。俺はそれだけで十分幸せです」

 私に置き去りにされるくらいなら死ぬと言っていたけど、家族の居ないササグにとって、私は唯一の拠り所なのかもしれない。

 そのササグの弱みに付け込んで、一方的に尽くされるだけの夫婦生活を送るのは、かなり気が咎める。

 かといって、現代での1人暮らしすら面倒で放棄したかった私に、労働で返すのは無理だ。

 だとすると

「ササグは本当に私が生きているだけで満足なの? 触れたいとは思わないの?」

 自惚れた質問だが、いちおう確認してみる。恋愛弱者の私だが、一般的に人間は好きな人と性的な接触を求めるものだと聞いているので。

 ササグの好意が恋情なら、欲望を持っているほうがむしろ自然だ。そうじゃないなら、やはり親が子を慕うような感情だと思われる。

 肝心のササグの反応は

「お、思いません」

 口では否定したものの、質問された瞬間、ササグはギュッと目を瞑り赤くなった。

 つい先日

『ウラメ様に置き去りにされるくらいなら、ここで喉を突きます』

 実際に短刀で喉を突こうとした男と、同一人物とは思えないほど初心な反応。

 とんでもない闇も抱えているが、基本的には素直で純粋なんだよな。

 ちゃんと私の知っているササグだと、可愛らしい嘘にホッとした。

 私的には「こんな女にマジかよ」って感じだが、この様子だと人並みにイチャイチャしたいらしい。

 前世の私は25まで生きていたものの、そっち方面の経験は皆無だった。

 黙っていても男が寄って来るタイプでは無かったし、私自身もホラーに全振りしすぎて「彼氏欲しい」とか「結婚したい」とか、頭をよぎることすら無かった。

 あと心のどこかで前世から怨霊化したい気持ちがあったので、男とキスしたりイチャイチャしたりして、ドキドキするような自分は嫌だと言う抵抗があった。

 でもササグは6歳から成長を見守って来た子だ。単に彼の代わりに生贄になりたかっただけではなく、幸せになって欲しいという想いはあるので

「……頬にキスしたりハグしたりくらいはできると思うけど、そんな中途半端な触れ合いなら無いほうがマシかな?」
「キスシタリハグシタリってなんですか?」

 耳慣れない単語に首を傾げるササグに、キスは口づけでハグは抱擁ほうようだと教えてあげると

「えっ!? ……口づけや抱擁はしてもいいんですか?」

 ぶわっと赤くなったのも束の間、ササグは心配そうに眉を下げて

「俺が気の毒だと思って、無理していませんか?」
「……ぶっちゃけ可哀想だとは思っているけど、無理はしてない」

 私は明らかにササグに同情している。生贄にするために村に連れて来られた孤児に、憐れみを感じないほうが不自然だから、そこは嫌われるとしても隠さない。

 ササグの求める言葉は返せない代わりに

「愛や恋とは違うけど、ササグのことは好きだから、できれば君を喜ばせてあげたい。なんでもは無理だけど、まぁできる範囲で」

 せめて自分の本心を伝えた。私の言っていることは、飼えない猫にエサをあげるような残酷な優しさかもしれない。

 しかし私の言葉に、ササグは泣きそうな顔で微笑むと

「俺の気持ちとは違っても、好きだと言ってくださって嬉しいです」

 そう言って、真正面から私を抱きしめた。どこまでも私を高く、自分を低くするような物言い。ササグの健気な態度に、心を打たれるよりも胸が痛くなる。
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