わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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馴れ初め編

私以上の闇が生まれた

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 捨て鉢な気分で歩いていると、後ろから猛スピードで何かがせまって来る。

 人間ではない。もっと軽くて速い何かは

「きゃあっ!?」

 ワンワンと激しく吠えながら足にまとわりつかれて、私はそれが犬だと知った。

 たまたま会った人間にじゃれているのではなく、まるで狩りのような獰猛どうもうさに

「い、いきなり何!?」

 今にも噛みつきそうな勢いに、悲鳴のような声を上げると

「ダメだよ、コテツ。その方を噛んでは」

 犬への呼びかけとともに、道の向こうから現れたのは

「その方は俺の大事な人だから、傷つけないで」
「サ、ササグ? どうしてここに?」

 時刻で言えば、今は深夜2時頃だ。私はもともと昼夜逆転の生活だが、ササグは他の村人たちと同様、日の出とともに起きて夜には眠る生活をしていた。

 それが、どうしてこんな深夜に外に居るのか。しかも彼は夜なのに、狩りをする時のように弓と矢筒を携帯し、着物の帯には短刀を差していた。

 異様なのはそれだけではなく

「ウラメ様が死にたいとおっしゃってから、ずっと動向を気にしていたんです。今夜は特に胸騒ぎがして、離れを見に行ったら居なかったので、コテツに探させました」

 私と話す時は、いつもはにかんだように微笑んでいるササグが、今は冷たい無表情で

「1人で死のうとしていたんですか? そんなに死にたいんですか?」

 咎めるような怖い声。

 やっぱり私のしていることは普通の人からすれば異常だろう。異常者のフリは楽しかったが、素の自分をおかしいと思われるのは嫌だ。

 馬鹿なことをするなと連れ戻されるのかなと、気まずい気持ちで黙っていると

「それなら俺も連れて行ってください」
「えっ? 俺もって、どういう意味?」

 まさかRPGよろしく旅の仲間にでもなるつもりかと、目を丸くしたのも束の間。

「俺もウラメ様と死なせてください。一緒に生きられないなら、せめて一緒に死なせてください」

 別の意味での道連れを所望されて、脳の処理が追い付かない。フリーズする私をよそに、ササグは急にニコニコして

「一緒に谷へ身を投げますか? 蔵を燃やして2人で焼け死にますか?」

 まるでデートの計画でも立てるように、楽しげに提案して来たが

「ちょっと待って! 一旦落ち着いて!」

 ササグに任せたらスムーズに心中に向かいそうな流れに慌てて逆らうと

「なんで私と死にたいなんて言うの? 君は生きたかったはずでしょう?」

 人望を高めて生贄を回避したいというのが、ササグの努力のモチベーションだったはずだ。

 けれどササグ本人は

「確かに子どもの頃は、本能的に死を恐れていました。でも大蛇を倒すまでは、けっきょく俺が生贄になるだろうと覚悟していましたから、もう死は怖くありません」

 ササグは私の助言を信じて、がんばっているのだと思っていた。

 しかし、どうやら本人は大蛇が存在し生贄の必要がある以上は、そのために拾われて来た自分がなるべきだと覚悟していたらしい。

 ササグは18で死ぬべく、時間をかけて生を諦めて来た。だから強がりではなく本当に、死を恐れてはいないらしい。

「だとしても、せっかく生きられるのに」

 反射的に呟くと、彼は静かな怒気を発して

「それをウラメ様が言うんですか? 俺には生きていたい人ばかりじゃないと言ったのに。俺だってウラメ様が居ない世界になんて残されたくありません」

 ササグは目に狂気を宿して言うと、両手で私の肩を掴み

「あなたは俺の光なんです。あなたの居ない世界に俺だけ残して行かないでください」

 光ってマジか。普通の女性ならまだしも、私は怨霊を目指す霊感女だ。

 今だって夜道で見かけたら十中八九、すれ違った人が

「えっ!? 幽霊!?」

 ってゾッとするほど死者にしか見えない病的な色白さんなのに。

 子どもの頃から一途に闇属性を極めて来たはずが、なぜササグの光に? と疑問を抱かずにはいられない。

「例えばだけど、私が君と死にたくないと言ったら?」

 例えばなんとか彼をまいて、私1人でさっさと死んでしまえば。目の前から居なくなれば、諦めがつくんじゃないかと考えた。

 けれどササグは私から手を離すと、おもむろに短刀を抜いて

「この場で喉を突きます。せめてあなたの死を見ないで済むように」

 目に涙を浮かべながら、儚い微笑で刃を喉に突き立てようとするのを見て

「刃物ダメ! 仕舞って!」

 必死で止めるも、彼はもはや私と目も合わさず

「ウラメ様に、こんなに拒否されるくらいなら死にたいです。止めないでください」

 私を脅そうとしているのではなく、早合点して自殺モードに突入している彼に

「拒否してない。拒否してないから落ち着いて」
「じゃあ、一緒に死なせてくれるんですか?」
「早まらないで。今すぐ死ぬとは言ってないから」
「今じゃないんですか? じゃあ、いつですか?」

 すごく心中の確約を取ろうとして来る……。絶対に置いて行かれまいとする強い意志を、ひしひしと感じる……。

 出会ってから今夜までは手のかからない良い子だったのに、いったいどうしてこんなことに。

 人として当たり前の幸せを自然に思い描ける真っ当な男かと思いきや、私以上の問題児だったササグに圧倒されて仕方なく村に戻った。


 あの夜から数日後。今日は私とササグの婚儀だ。現代と違ってこの村では花嫁衣裳のような上等なものはなく、お互いに普段よりもちょっといい着物を着るくらいだ。

 黒とか濃い紫とか暗い色の着物しか持っていない私も、今日は姉の鮮やかな赤い着物を借りている。

 母屋の客間で、家族や親せきに囲まれた私とササグは、これから誓いの盃を飲み交わすところだった。

「本当に良いんですか? 俺なんかと結婚して。ウラメ様は死にたかったんじゃ」

 やはりササグには私を脅したつもりは無いようで、結婚を決めたことを心配そうにしていたが

「君と死ぬよりは君と生きる……」

 彼とは決して目を合わせず、俯き加減に言うと

「嬉しいです、ウラメ様。俺も本当はウラメ様と、生きて結ばれたかったから」

 声の調子だけでも、ササグの顔がパーッと輝くのが分かった。心の明暗、激しすぎじゃない?

「俺のために生きてくださるなら、生きていて良かったと思えるように、精一杯尽くします」

 ササグは私の手を取ると、愛情いっぱいの眼差しで

「だから、ずっと俺の傍に居てください」

 母さんや姉さんは、そんな私たちを「素敵ねぇ」という顔で見ているが、私は彼の激しすぎる本性を知っている。

 けっきょく回避できないなら、大人しく結婚しておけば良かった。そうすれば彼がとんでもない闇を抱えていることに気付かずに済んだのに。

 そもそも死ぬために連れて来られた子どもの精神状態が、マトモであるはずがなかった。私はなんて男に関わっちまったんだと、内心で頭を抱えた。

 その後悔の念が伝わったのか、ササグは私にだけ聞こえるように耳に唇を寄せると

「……俺と生きるのが無理だと思ったら、いつでも言ってくださいね。俺はウラメ様と一緒なら、どんな最期でも構わないんです」
「末永く幸せに暮らそうね!」

 力強く手を握り返すと、ササグは花が咲くように「はい」と笑った。

 ……もうなんか考えることに疲れちゃったな。自分なりの幸せを描いて自由に生きようとするほど、何もかも裏目に出るし。

 私は虚ろに微笑みながら、もうどうにでもなーれと誓いの盃を飲み干した。
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