わたしは怨霊になりたい

知見夜空

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馴れ初め編

結婚エンドは望んでないので

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 しかし想定外の現実は、ただでさえ打ちのめされている私に、さらに容赦なく襲いかかる。

 大蛇を殺してから数日。大蛇退治の興奮もようやく冷めて来た頃。

 私の実家である村長の母屋おもや

「……えっ? 今なんて?」

 父の提案に、私は耳を疑った。そんな私に父はもう一度。

「だからササグとは姉さんじゃなくて、お前が結婚して、2人でこの家を継いで欲しいんだ」
「なんで私が!?」
「お前とササグは昔から、俺たちの知らないところでお互いを支え合い、励まし合って生きて来たんだろう? この村が大蛇の脅威から救われたのも、お前とササグのお陰だし、2人には結婚して幸せになって欲しい」

 主に大蛇と私の奇行のせいで、いつも険しい顔をしていた父は、つきものが落ちたように清々した顔で言った。

 今回の大蛇退治で、ササグは村人を奮起させるだけでなく、先陣を切って戦ったそうだ。

 日頃から狩りに出ている彼は、弓の扱いに長けている。またササグが狩るのは鳥や獣だけではない。

 村には時折、ならず者たちが略奪にやって来る。そういう外敵と戦うことを、ササグは村の大人たちに交じって、13の頃からやっていた。

 そんな事情から意外と戦闘力の高いササグは、弓矢だけでなく短刀を手に勇敢に戦った。死者を出さずに大蛇を倒せたのは、ササグの功績が大きいと言う。

 彼は今や村の英雄なので、ササグにこの家と次の村長の座を任せたいのは分かるが

「でも姉さんはササグが好きなんじゃ? この家だって妹の私が、姉さんから奪うわけには」

 どう考えても恨まれるだろうと拒否すると、同席していた姉は「うっ」と涙して

「私はアンタを誤解して今まで邪険にしてばかりだったのに、そんな風に気遣ってくれるなんて。父さんの言うように、アンタは本当はいい子だったのね」

 姉は涙を拭うと美しい笑顔で

「ササグに惹かれていたのは事実だけど、好いた者同士で結ばれるのがいちばんよ。この家も村も、アンタたちになら安心して任せられる。姉さんのことはいいから、アンタが幸せになりなさい」

 全く望まない形の大団円へ突き進んでいるのを感じて、私はガタガタと震えながら

「私とササグは別に愛し合っていません。彼の功に報いたいなら望まぬ結婚をさせるより、解放してあげるべきじゃないでしょうか?」

 勇敢な若者が生贄の娘を助けて結婚しましたなんて、そんな方向の日本昔話は望んでいないと回避しようとしたが

「いえ、俺は」

 これまでずっと部屋の隅に静かに控えていたササグが急に声をあげた。反射的に目をやると、彼は気恥ずかしそうに頬を染めて俯きつつも

「子どもの頃からずっとウラメ様を慕っていましたから、もしあなたの夫になれるなら、これ以上の幸せはありません」

 ちなみに説明が遅れたが、霊感少女としてのセルフイメージを大事にしていた私は、死体のように白い肌にバサバサの黒髪。目はなるべくカッと見開き人と視線は合わせず、くっきりと濃いくまを持ち、時折「……ひひっ」と笑う。すでに怨霊なのでは? と疑うような容姿の持ち主だ。

 ホラーを愛する私にとっては100点満点の容姿だが、異性からすればマイナス100点満点だろう。

 確かにササグも陽よりは陰の気をまとっているが、月夜が似合う薄幸の美少年のくせに、どんな趣味だよと疑ってしまう。

 ササグは控えめな性格なので、父の手前嫌とは言えないのではないかと、後で2人の時にもう一度聞いてみたが

「俺の気持ちは先ほど言ったとおりです。子どもの頃から、ずっとウラメ様を慕っていました」

 彼は焦がれるような目で私を見つめると

「これまで以上に努力して、必ずいい夫になりますから、俺と結婚してくれませんか?」

 言葉以上に切実な表情と声が、彼が内に秘めていた膨大な恋情を私に伝えた。

 しかしササグのことは嫌いじゃないが、怨霊になる夢は捨てられない。だって男と結婚して子どもを作って子育てして老いて死ぬより怨霊としての生活のほうが、ずっと自由で楽しそうだ。

 だいたい肉体の手入れとかしんどいから捨ててしまいたい気持ちが前世からある。

 生活面での手間をゼロにして、趣味にだけ没頭したい……。衣食住を必要としない精神体になりたい……。

 単にホラーオタクなだけでなく究極のダメ人間でもある私には、やはり怨霊になる夢を捨てることは不可能で

「悪いけど、君の気持ちには応えられない」

 私の返事に、ササグは傷ついた顔で

「……俺が嫌いですか? どこがダメですか?」
「君がダメとかじゃなくて、私は誰とも結婚しない。そもそも生きていくつもりがない」

 厳密に言えば、人間としての生を終わらせて怨霊として再出発したい。でもまず理解されないだろうから詳しい説明を省いた。

 当然ながらササグは不可解そうな顔で

「生きていくつもりが無いって、どうして? もう大蛇は居ないのに。何にも脅かされずに生きていけるのに」
「皆がみんな生きていたい人ばかりじゃないんだよ。君は私が自分の身代わりになろうとしたと誤解しているけど、私は本気で生贄になりたかったの。村のためでもなく、ただ自分が死にたいから」

 もともと普通の人のように生きる意思は無いのだと告げて

「だから誰かを好きになって、その相手と所帯を持って、長く幸せに生きて行こうと自然に思い描ける人とは合わないの」

 どう考えてもマトモなのはササグで、おかしいのは私のほうだ。自分の歪んだ願望のせいで、彼を傷つけてしまうことが申し訳なくて

「……ゴメンね。こんな女で」

 一方的な謝罪を最後に、ササグに背を向けた。


 当然だけど「なんでササグの求婚を断ったんだ?」と家族中から問いただされた。

 言っても理解されないと分かっていることを、しつこく問われるのは気が重い。

 家族もササグも私を愛してくれている。でも普通の幸せを得て欲しいという願いは、私にはやはり重荷だった。

 ……この村を出よう。どうせ、もうこの村には私の幸せは無いのだし。

 私はササグにあげるはずだった未回収の隠し金をちょろまかして、村の皆が寝静まっている時間にコッソリ家を出た。

 具体的に、これからどうするかは決まっていない。今後の方針を立てるにも、まずはどこかに腰を落ち着ける必要がある。

 取りあえず、大きな街へ続く道に出ることにした。

 女が夜遅くに1人でフラフラ歩いていたら、それこそ野盗か何かに襲われて、悲惨な最期を迎えるかもしれない。

 山の神の生贄にされた末の怨霊化には劣るけど、この際もう霊になれればなんでもいい気がして来た。
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