上 下
65 / 68
エピローグ・今この時に続くなら

最終話・夕暮れの道を君と(風丸視点)

しおりを挟む
 着替えや部屋着を買ったあと、俺は由羽に頼んで手芸屋に案内してもらった。こっちの世界は元の世界と比べて、どこに行っても品ぞろえが豊富で圧倒される。それは手芸屋も同じで、選ぶのが困難なほど色とりどりの糸が置かれていた。

 糸が置かれた棚の前に来た俺たちは

「糸を買うんですか? 何に使うんですか?」

 首を傾げる由羽に、俺は糸の束を手に取りながら

「この世界じゃ指輪が結婚の証みたいだけど、俺の故郷では糸で編んだ手製の腕輪を交換して夫婦の証にするんだ。さっきそれを思い出して、ちょっとやってみたくなってさ」

 さっきの女たちに「なんで指輪をしてないのか?」と尋ねられて、ふと思い出した。

 俺の説明を聞いた由羽はパッと笑って

「風丸の故郷にも結婚指輪みたいなものがあるんですね。でも糸じゃすぐに切れてしまいませんか?」
「切れちゃうからいいんだってさ。人の縁はそんなに強固じゃないから、人の縁が本来儚いものであることを忘れないように。時と共に風化して切れそうになる縁を、そのたび結び直して永遠にできるように、あえて糸で作るんだって」

 それは昔、一度だけ母から聞いた夫婦の腕輪の由縁の話。

 実際のところ、その儀式はほとんど形骸化けいがいかして、今では最初に腕輪を贈った後は切れっ放しの夫婦も多い。そういう夫婦は、たいてい内情も破綻している。

 逆にじいさんばあさんになっても、お互いに腕輪をしている夫婦は年老いても仲睦まじかった。俺の母も作り直してくれる者を亡くして切れてしまった腕輪を、死ぬまで大切に持ち続けていた。

 なんか急にそれらを思い出して、俺も由羽と交わしたくなった。

「でも手作りの腕輪を切れるたびに作り直すなんて面倒かな? 金属製や宝石つきならともかく、糸でできた腕輪なんて安っぽいし。やっぱりこっち流に指輪にするかい?」

 普通こういう婚儀にまつわる風習は、女のほうが思い入れが強いものだ。特にこっちでは指輪を贈るのが主流のようだし、糸で編んだ手製の腕輪なんて安っぽいものを、押し付けるのは気の毒かもしれない。

 しかし由羽は笑顔で首を振って

「風丸の故郷の風習のほうが素敵です。買った指輪をもらうより、私も糸が切れるたびに、また新しい気持ちで縁を結び直せるほうが嬉しいです」

 俺も本当は見栄みばえや値打ちよりも、そこに込められた意味や想いのほうが大事だと思う。だから由羽が俺と同じように感じてくれたことが嬉しくて、改めて好きだなと思った。

 それから2人で糸を選んだ。お互いをイメージした色を1色ずつ。2色の糸を組み合わせて1つの腕輪にし、夫婦の縁の象徴とする。由羽によると俺の魔法発動時の鮮やかな緑と、陽だまりのような黄色の2色の糸を選んだ。


 他はおいおい揃えることにして、夕食の材料を買いに『すーぱー』ってところに寄る。後は帰るだけかと思いきや

「風丸。帰る前に、もう1つだけ寄り道してもいいですか?」

 由羽に連れて来られたのは、小さな神社だった。規模は小さいが、よく手入れされていて、清々と心地いい場所だ。

「ここって神社だよな? こっちにもあるんだな」
「風丸の故郷にも神社があるんですね。ちなみに向こうの神社は、どういう場所なんですか?」
「神頼みしたり厄払いしたりだろ。こっちでは違うのかい?」
「こっちもだいたい同じです」

 場所は変わっても人間のやることは変わらないようだ。どの国に行っても必ずといっていいほど、神に祈り救いを求める場所がある。

 でも由羽の国では、神に慈悲を乞うだけの場所では無いらしく

「でもうちのおばあちゃんは神様は何も言わなくても、いつも私たちを護ってくださっているって。だから神社は日頃のお礼を言いに来る場所なんだよと言っていました。それで私も実家を出てからは、この神社の神様にお礼を言いに来ているんです」

 信心深い祖母の教えを守り、律儀に神社にお礼を言いに来るという由羽は

「でも風丸の安否が分からなくなった時はやっぱり不安で、毎日あなたの無事を願ってしまいました」

 「なかなかおばあちゃんのようにはいきません」と、ちょっと照れたように笑うと

「風丸が無事だったのは、もちろん風丸ががんばったからなんですが、あなたとこうしてまた会えたことを、神様にも感謝したかったんです」

 由羽は参拝の理由を告げると「だから、ちょっと待っていてください」と拝殿に向かった。由羽は俺にまで信心を求めてはいないようだが

「そういう理由なら、俺も手を合わせて行こうかな」
「わー、いいですね。風丸が挨拶してくれたら、きっと神様も喜びます」

 由羽には霊感は無いらしい。それなのに当たり前のように神を信じている。目に見えないものを信じ、尊重しようとする人間だからこそ、導き手として神に呼ばれ、向こうでは聖獣と友だちになれたのかもしれない。

 前は神頼みなんて馬鹿らしいし、そもそも感謝するほど護られていないと思っていた。でも今は暗闇の中でさえ、本当は護られていたのかもしれないと思う。俺が与えられた生を投げ出すことなく、今この時に辿りつけるように。

 歩いている間は意味が分からなかった、辛いだけの苦難の道。でも今ここから振り返れば、何1つ無駄では無かったと分かる。

 ずっと否定して来た両親の決断さえも。あの人たちが諦めなかったから、俺は今ここに居られる。

 ……もし願ってもいいなら、あの人たちに伝えてくれ。俺はすごく幸せだって。産んでくれて、ありがとうって。

 目に見えないものに手を合わせながら、はじめて両親に感謝する。ずっと恨みだけを抱いていた心にはじめて芽生えた感謝は、由羽がくれた温もりのように温かった。


 神社からの帰り道。夕暮れに染まる境内を、由羽と手を繋いで出ようとすると

「あっ、見てください。風丸」

 由羽が指す先には2羽の蝶が飛んでいた。 つがいなのか寄り添うように舞う仲睦まじい姿に

蝶々ちょうちょさんたちも夫婦でしょうか?」

 こんな他愛ないことにも、由羽はとても楽しそうに笑う。その無邪気な笑顔を見ていると、由羽と出会うまでずっと噛みしめていた唇が自然と綻ぶ。

 向こうでは想像すらできなかった穏やかな時間に身を浸しながら、由羽と手を繋いで夕焼けの街を歩く。これからはずっと同じ家に帰れる幸福に胸を満たしながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

【R18】魔法使いの弟子が師匠に魔法のオナホで疑似挿入されちゃう話

紅茶丸
恋愛
魔法のオナホは、リンクさせた女性に快感だけを伝えます♡ 超高価な素材を使った魔法薬作りに失敗してしまったお弟子さん。強面で大柄な師匠に怒られ、罰としてオナホを使った実験に付き合わされることに───。というコメディ系の短編です。 ※エロシーンでは「♡」、濁音喘ぎを使用しています。処女のまま快楽を教え込まれるというシチュエーションです。挿入はありませんがエロはおそらく濃いめです。 キャラクター名がないタイプの小説です。人物描写もあえて少なくしているので、好きな姿で想像してみてください。Ci-enにて先行公開したものを修正して投稿しています。(Ci-enでは縦書きで公開しています。) ムーンライトノベルズ・pixivでも掲載しています。

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

処理中です...