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最終話・無かったはずの未来
悪役を極めないでください
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元の世界に戻ってから半年。創作仲間のイベントを手伝ったあと、私はお礼として打ち上げを兼ねた食事をご馳走になりました。他の皆さんは、これから本格的に飲みに行くそうです。
私は半年の間に20歳になりましたが、お酒は苦手なので、終電が出ないうちに1人で帰ることにしました。
こんな夜遅くに街を歩くのははじめてですが、昼間ほどではないものの、地方から出て来た人間には信じられないほど、都会は人通りが多いです。流石は眠らない街と言ったところです。
普通なら夜の繁華街で女性が警戒すべきは、酔っぱらいや変質者です。ひ弱な私にはそれだって十分な脅威ですが、私は夜の街で、もっと大変なものと遭遇してしまいました。
なんと向こうの世界を滅ぼそうとしたネフィロスさんを見かけたのです。
何を言っているか分からないかもしれませんが、私にも何が起きているのか分かりません。ありのまま起こったことを話せば駅に向かう途中。行き交う人々の中に、ネフィロスさんらしき人物を見かけました。
単に向こうの世界の住人だからというだけでなく、ネフィロスさんは風丸に倒されて、もう居ないはずです。ネフィロスさんに捕まって殺されかけたことが思いのほかショックで、今さら幻覚でも見ているのでしょうか?
しかしネフィロスさんは服装こそ現代風ですが、褐色の肌に柔和な顔立ち。眼鏡に後ろで括った長い黒髪。スラッとした長身など、どこからどう見ても特徴が一致しています。
信じたくありませんが、私たちが向こうに行けたように、向こうの人間もこちらに来られたんでしょうか? いや、私たちはよくても向こうの人が、こちらに来るのはヤバいです!
1人ではどうしたらいいか分からず、私は取りあえず律子さんに相談することにしました。あれがネフィロスさんで、もしこちらでも魔法が使えるとしたら、私たちに勝ち目はありません。ですが、彼の危険性を知っているのは私と律子さんだけです。
敵うはずはないんですが、知らんぷりもできず、律子さんの意見を仰ごうとスマホを出すも
「えっ?」
あるはずの連絡先が消えていました。これまで律子さんと交わしたメッセージも全部です。まさか『騎士伝』が消えたように、律子さんまで消えてしまった? でも律子さんは、もともとこちらの世界の人なのに。
いったい今、何が起こっているのか分かりません。
あまりの異常事態に、視界がぐにゃりと歪んだのは気のせいではなく
「……あれ?」
ふと気づくと、辺りから人の声や足音などが消えていました。
違和感に顔を上げた私の目に映ったのは、路上に倒れる人たちと、真っ直ぐにこちらを見て微笑むネフィロスさんでした。
「……相楽さん。相楽さん。起きてください」
低く穏やかな美声が耳に触れて、私は意識を取り戻しました。でもそこは私の自室ではなく、どこかの廃ビルでした。青白い月光が差し込む薄暗いフロアで、私を起こしたのは
「アーッ!? ネフィロスさ」
「ん」まで叫び切る前に、ネフィロスさんは大きな手で私の口を塞ぐと
「ここに来るまでに邪魔になりそうな人間は全て眠らせましたが、眠りの魔法は些細な刺激でも解けてしまいます。『沈黙』をかけられたくなければ、どうぞお静かに」
会話できるってことは、やっぱり夢でも幻でもなく、この人はネフィロスさんのようです。
私はガタガタと震えつつも、相手を刺激しないように小声で
「ど、どうやってこの世界に来たんですか?」
「星月さんが送還される時に、自分の一部を彼女の体内に潜ませたのですよ。異世界に来られるかは賭けでしたが、案外うまくいきました」
律子さんからネフィロスさんが分身できることは聞いていました。ですが、もっと小さく分裂して人の体内に入り込むこともできるようです。それにしても体内に入られていたって
「ほ、星月さんは大丈夫なんですか?」
私の質問に、ネフィロスさんは意外そうな顔で
「大して親しくもなかったでしょうに、彼女の安否が気になりますか? 彼女なら大事に生かしていますよ。私にも拠点は必要ですから。ただし騒がれても面倒なので私の傀儡としてですが」
「あ、悪役を極めないでくださぃぃ……」
私はネフィロスさんと夜の廃ビルで2人きりの状況に、死の恐怖を感じながらも
「どうしてこっちの世界に来たんですか? まさかこの世界も滅ぼすつもりなんですか?」
「こちらの世界に来たのは単なる好奇心ですが、それもいいかもしれませんね。まだこの世界には未知の部分も多いですが、人間という種の救えなさは向こうの世界と変わらないようですから。いずれは方法を見つけて滅ぼすかもしれません」
私の質問に、ネフィロスさんは笑みだけは優しく答えると
「……さて。懐かしい顔に出会えた喜びで、私としたことがつい喋りすぎてしまいました」
ネフィロスさんは懐から、おもむろに折り畳みナイフを取り出しました。刃や柄に装飾が施されたファンタジー的なヤツじゃなくて、チンピラが持っているような、だからこそ現実感のあるヤツです。
「わ、私を殺すんですか?」
ビョッと飛びのいて距離を取る私に、ネフィロスさんもゆらりと立ち上がると
「こちらの世界では魔法の存在は信じられていないようですが、ご存じのとおり私は他の皆さんと違ってか弱いので。万が一反撃されないように、私の危険性を知る人物には消えていただかなくては」
逃げなきゃと思うのに、恐怖で体が動きません。そう言えばゲームでは、状態異常の1つに『恐怖』があったと思い出しました。彼の魔法によるものか、自然な恐怖かは分かりませんが、とにかく体が動かない私は
「せっかくこちらの世界に戻ったのに気の毒に。さようなら、相楽さん」
「や、やめて。来ないでください」
私はナイフを手に迫って来るネフィロスさんから、自分を護るように身を竦めながら
「か、風丸ぅ!」
もうここはあの世界じゃないのに、来るはずの無い助けを呼ぶと
私は半年の間に20歳になりましたが、お酒は苦手なので、終電が出ないうちに1人で帰ることにしました。
こんな夜遅くに街を歩くのははじめてですが、昼間ほどではないものの、地方から出て来た人間には信じられないほど、都会は人通りが多いです。流石は眠らない街と言ったところです。
普通なら夜の繁華街で女性が警戒すべきは、酔っぱらいや変質者です。ひ弱な私にはそれだって十分な脅威ですが、私は夜の街で、もっと大変なものと遭遇してしまいました。
なんと向こうの世界を滅ぼそうとしたネフィロスさんを見かけたのです。
何を言っているか分からないかもしれませんが、私にも何が起きているのか分かりません。ありのまま起こったことを話せば駅に向かう途中。行き交う人々の中に、ネフィロスさんらしき人物を見かけました。
単に向こうの世界の住人だからというだけでなく、ネフィロスさんは風丸に倒されて、もう居ないはずです。ネフィロスさんに捕まって殺されかけたことが思いのほかショックで、今さら幻覚でも見ているのでしょうか?
しかしネフィロスさんは服装こそ現代風ですが、褐色の肌に柔和な顔立ち。眼鏡に後ろで括った長い黒髪。スラッとした長身など、どこからどう見ても特徴が一致しています。
信じたくありませんが、私たちが向こうに行けたように、向こうの人間もこちらに来られたんでしょうか? いや、私たちはよくても向こうの人が、こちらに来るのはヤバいです!
1人ではどうしたらいいか分からず、私は取りあえず律子さんに相談することにしました。あれがネフィロスさんで、もしこちらでも魔法が使えるとしたら、私たちに勝ち目はありません。ですが、彼の危険性を知っているのは私と律子さんだけです。
敵うはずはないんですが、知らんぷりもできず、律子さんの意見を仰ごうとスマホを出すも
「えっ?」
あるはずの連絡先が消えていました。これまで律子さんと交わしたメッセージも全部です。まさか『騎士伝』が消えたように、律子さんまで消えてしまった? でも律子さんは、もともとこちらの世界の人なのに。
いったい今、何が起こっているのか分かりません。
あまりの異常事態に、視界がぐにゃりと歪んだのは気のせいではなく
「……あれ?」
ふと気づくと、辺りから人の声や足音などが消えていました。
違和感に顔を上げた私の目に映ったのは、路上に倒れる人たちと、真っ直ぐにこちらを見て微笑むネフィロスさんでした。
「……相楽さん。相楽さん。起きてください」
低く穏やかな美声が耳に触れて、私は意識を取り戻しました。でもそこは私の自室ではなく、どこかの廃ビルでした。青白い月光が差し込む薄暗いフロアで、私を起こしたのは
「アーッ!? ネフィロスさ」
「ん」まで叫び切る前に、ネフィロスさんは大きな手で私の口を塞ぐと
「ここに来るまでに邪魔になりそうな人間は全て眠らせましたが、眠りの魔法は些細な刺激でも解けてしまいます。『沈黙』をかけられたくなければ、どうぞお静かに」
会話できるってことは、やっぱり夢でも幻でもなく、この人はネフィロスさんのようです。
私はガタガタと震えつつも、相手を刺激しないように小声で
「ど、どうやってこの世界に来たんですか?」
「星月さんが送還される時に、自分の一部を彼女の体内に潜ませたのですよ。異世界に来られるかは賭けでしたが、案外うまくいきました」
律子さんからネフィロスさんが分身できることは聞いていました。ですが、もっと小さく分裂して人の体内に入り込むこともできるようです。それにしても体内に入られていたって
「ほ、星月さんは大丈夫なんですか?」
私の質問に、ネフィロスさんは意外そうな顔で
「大して親しくもなかったでしょうに、彼女の安否が気になりますか? 彼女なら大事に生かしていますよ。私にも拠点は必要ですから。ただし騒がれても面倒なので私の傀儡としてですが」
「あ、悪役を極めないでくださぃぃ……」
私はネフィロスさんと夜の廃ビルで2人きりの状況に、死の恐怖を感じながらも
「どうしてこっちの世界に来たんですか? まさかこの世界も滅ぼすつもりなんですか?」
「こちらの世界に来たのは単なる好奇心ですが、それもいいかもしれませんね。まだこの世界には未知の部分も多いですが、人間という種の救えなさは向こうの世界と変わらないようですから。いずれは方法を見つけて滅ぼすかもしれません」
私の質問に、ネフィロスさんは笑みだけは優しく答えると
「……さて。懐かしい顔に出会えた喜びで、私としたことがつい喋りすぎてしまいました」
ネフィロスさんは懐から、おもむろに折り畳みナイフを取り出しました。刃や柄に装飾が施されたファンタジー的なヤツじゃなくて、チンピラが持っているような、だからこそ現実感のあるヤツです。
「わ、私を殺すんですか?」
ビョッと飛びのいて距離を取る私に、ネフィロスさんもゆらりと立ち上がると
「こちらの世界では魔法の存在は信じられていないようですが、ご存じのとおり私は他の皆さんと違ってか弱いので。万が一反撃されないように、私の危険性を知る人物には消えていただかなくては」
逃げなきゃと思うのに、恐怖で体が動きません。そう言えばゲームでは、状態異常の1つに『恐怖』があったと思い出しました。彼の魔法によるものか、自然な恐怖かは分かりませんが、とにかく体が動かない私は
「せっかくこちらの世界に戻ったのに気の毒に。さようなら、相楽さん」
「や、やめて。来ないでください」
私はナイフを手に迫って来るネフィロスさんから、自分を護るように身を竦めながら
「か、風丸ぅ!」
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