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第11話・99階にて(風丸視点)

ただ一つ裏切れないもの(風丸視点)

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 しかし俺がトドメを刺す前に

「風丸君、私と取り引きをしませんか?」
「取り引き?」

 怪訝な顔で聞き返すと、ネフィロスは話を続けて

「君が呪いを受けていることは知っています。その呪いのせいで自由を奪われ、相楽さんを見送るしかなかったことも」

 姿を消した後も密かに俺たちを見ていたのか。ネフィロスはさらに

「その呪いを私が解きましょう。そうすれば、あなたは和泉さんの転移石を使って相楽さんの居る世界へ行ける。この世界を捨てて彼らを裏切るだけで、君だけは愛する人のもとで幸福に暮らせる。どうですか? 断る理由など無いでしょう?」

 マスターちゃんのところに行ける? この世界の全てのしがらみを捨てて?

 俺がマスターちゃんを諦めたのは、仮に聖王国に留まってユエルに魔法をかけ続けてもらっても、里を裏切った俺に追手が差し向けられると分かっていたから。俺は早々死なない。でも周りは分からない。特にマスターちゃんには、なんの抵抗力も無い。

 この呪いが無くたって俺は里に縛られている。だからマスターちゃんと一緒に居る未来なんて無かった。

 だけどネフィロスの提案なら。呪いを解いて向こうの世界に行っちまえば、里のヤツラも追って来られない。なんの心配もなく、マスターちゃんの傍に居られる。

 ……でも自分でも意外なほど

「アンタは人間の悪には詳しいけど、親しいヤツは居なかったようだね」

 その提案には少しも心が揺れなかった。世界が大事だからでも、大罪を恐れているわけでもない。ただ

「人は本気で好きなヤツだけは裏切れねぇんだよ。俺みたいな嘘吐きでもな」

 マスターちゃんが悲しむからしない。例え相手には分からなくても。

 俺の選択はネフィロスにとって予想外だったようで、目を見開いてトドメを刺された。

 ネフィロスが消えたことで、アルゼリオたちの魂は解放されて、ユエルも正気を取り戻した。

 半死半生だった俺と姐御は、ユエルの魔法で回復した。しかし治ったのは手傷だけで、失った血液や気力は戻らない。

 気力を回復するにはポーションか、城に戻ってじっくり体を休める必要がある。しかしネフィロスが散り際にアイテムを根こそぎ破壊したせいで、気力の回復も城への帰還も不可能になった。


 流石にこのまま魔王に挑むのは無理だと、俺たちは帰還用のアイテムではなく、自分の足でダンジョンを出ることになったが

「な、なんだ!?」
「ダンジョンの中で地震!?」

 地の底から響くような低い唸り声とともに、ダンジョンが大きく揺れる。こんな現象ははじめてで、動揺する俺と姐御をよそに

「違う。魔王が覚醒したみたいです」

 ネフィロスの力の影響で覚醒が早まったのか、それからすぐに狂暴化したモンスターたちが、俺たちの居るフロアに攻め込んで来た。

 そのモンスターたちは動けない俺たちの代わりに、ユエルが1人で倒したが

「魔物たちが凶暴化しているのを見ると、やはり魔王はすでに覚醒したようです」

 だとすると上階のモンスターは、今ごろ地上に向かっているだろう。地上の人間にはモンスターと戦う力が無い。このままでは多くの人間が死ぬ。

 体勢を立て直す暇は無いと判断した姐御は

「ユエル。悪いけど、魔王は君が1人で倒して。私と風丸はもう戦えない。ついて行けば、かえって足手まといになるから」
「そんな。またいつモンスターが襲って来るか分からないのに。僕が置いて行ったら2人は……」

 ユエルは躊躇っているが、姐御の言う方法以外に道は無い。怪我人を連れて凶暴化した魔物がいるエリアを、99階分も突破するのは不可能だ。俺たちに退路は無く、全員でここに留まるか、ユエルだけで行くしかない。

 それでも並の女なら自分の死に繋がる決断を、とてもすぐにはくだせないだろう。けれど姐御は少しも迷わず「皆を護れ」とユエルに命じた。

 最初は4人も居た導き手。誰が本物か問題になったが、この分だと俺たちは正解を選べたらしい。

 最愛の相手との別れ際に、姐御は女ではなく騎士に道を示す導き手で居てくれた。

 姐御は自分が死ぬと同時に、俺を見捨てる決断もしたことになる。でも別に怒りは無かった。先ほど姐御が言ったとおり、ここにユエルが残ったところで死体が山ほど増えるだけ。死ぬまでの時間がやや伸びるだけで結末は変わらない。

 それならユエルだけで魔王の再封印に挑み、他の人たちだけでも救ってもらえたほうがいい。……本当はあともう少し生きて、やりたいことがあった。マスターちゃんと出会う前の俺の生を繋ぎ止めていた悲願。

 今はそれができなくなったことを悔しがる気力すらなく、ただユエルと姐御の別れを見ていた。

 ユエルは転移石を使って、最愛の女を自らもとの世界に送り返すと

「すみません、風丸さん。あなたは僕を助けてくれたのに」

 俺だけ死地に置き去りにすることを詫びたが

「いいよ、置いてけ。俺1人ならどうとでもなる。その代わりお前はキッチリ魔王を倒して来いよ。姐御の気持ちを無駄にすんな」

 ユエルを無駄に気に病ませまいと、平気なフリをして送り出した。本当はもう立っているだけの力も無くて、ユエルを見送ってすぐにその場に崩れ落ちる。

 やれるだけのことはやったはずだ。人の弱みを探り命を奪うのが生業なりわいの忍者にしては、勇者を送り出して死ぬんだから、まだマシな末路だろう。

 ……俺もうこれでいいよな? けっこうがんばったよな、マスターちゃん。

 衰えた聴力がモンスターの咆哮ほうこうを拾う。新手が近付いているのを感じるが、立ち上がる気力は無い。マスターちゃんを送還した時に拾った羽飾りを手に、瞼が落ちるまま意識を手放そうとした時。

『……だから風丸。これをあげる代わりというわけじゃないんですが、1つだけいいですか?』

 ふいにマスターちゃんの声が耳に蘇った。何1つ求めなかったマスターちゃんが、最後に俺に望んだこと。

『皆を護って。あなたも絶対に無事で居てください』

 ……ああ、そうか。世界を救って終わりなんかじゃなかったな。

 他の全員が生きていても俺が死んだんじゃ、マスターちゃんは納得しないだろう。向こうの世界に戻ったマスターちゃんに俺の生死なんて分からない。

 それでも例え向こうには分からなくても、俺はアイツに「分かった」と答えたんだ。マスターちゃんがただ1つ望んだ約束を守るために、えた足に力を込めて再び立ち上がった。
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