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第9話・突然の横やりと結構な窮地

他の何を犠牲にしても(風丸視点)

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 持っていた毒消しも回復薬も使い切り、このままじわじわと嬲り殺されるのを待つだけかと思われた時。

「か、風丸!? どうしてクレイグと戦っているの!?」

 弱った聴力が和泉の姐御の声を拾う。声に目を向けると、王都の北側を捜索していたはずの姐御とユエルたちが居た。助かったと安堵したのも束の間。

「いきなり襲いかかって来たんだ! アルゼリオを襲った犯人はアイツだ!」

 俺が沈黙しているのをいいことに、クレイグが姐御たちに嘘を吹き込む。さっきまで俺とクレイグの戦いを観戦していたネフィロスは、いち早く気配に気づいたのか、マスターちゃんを連れてまた身を隠したようだ。

 クレイグの嘘に、和泉の姐御とユエルは「えっ!?」と驚きの声をあげた。考える隙を奪うように

「我々もクレイグに加勢しよう!」

 カイゼルが剣を抜いて、こちらに向かって来ようとする。

 セーラーちゃんが追放されてから、カイゼルはクレイグやネフィロスと行動していた。カイゼルだけが、この件と無関係とは考えにくい。アイツはわざとユエルと和泉の姐御が、俺を攻撃するように仕向けている。

 それが分かっても『沈黙』によって声を奪われた俺には、ユエルたちに真実を知らせられない。せめてマスターちゃんだけでも助けるように言いたかったが

「待って! 由羽ちゃんはどこなの!?」
「あの子も風丸に殺された! 俺の目の前でいきなり刺したんだ!」

 まだ生きているマスターちゃんを、クレイグは死んだと報告した。それは今はまだ生きているマスターちゃんを、騒ぎに乗じて殺すと宣言したのも同じこと。

 嘘と裏切りは忍者の十八番おはこだ。特に俺の里には大義も忠義も無く、金や情勢次第で誰にでも転ぶ。俺自身、皆の前ではわざと軽薄に振る舞っていた。

 名門の騎士様のげんより、薄汚い忍を信じるはずが無いと絶望しかけた時。

「嘘だ! 風丸さんが相楽さんを殺すはずがない!」

 思いがけずユエルが俺を信じてくれたことで、和泉の姐御にも本当の裏切り者が誰か伝わった。

 姐御の指示でユエルが俺の状態異常を解除し、カイゼルの不意打ちも間一髪で防いだ。

 しかしそれからはカイゼルとクレイグを相手に、ネフィロスに邪魔されながらの乱戦がはじまった。

 全状態異常無効の体質を持つユエル以外は、たびたびネフィロスに麻痺や眠りをかけられて、行動不能になる。

 無防備な状態をカイゼルとクレイグに狙われたら一溜ひとたまりもない。そのせいでユエルは、俺と姐御のサポートに釘付けになった。

 それでもなんとか力押しでカイゼルとクレイグを倒すと

「これだけお膳立てしても勝てないとは嘆かわしい。人質を取って脅すなんて短絡的な真似はしたくないのですが、やむを得ませんね」

 ネフィロスは敗北した仲間たちを嘲笑うと、マスターちゃんの喉に再びナイフを突きつけて

「この子を殺されたくなければ、動かないでください」

 俺たち全員の動きを封じると、なぜかカイゼルとクレイグの魂まで奪った。

 壁役のカイゼルとクレイグはネフィロス自身が無力化して、今は3対1だ。だけどネフィロスの手の中に、マスターちゃんが居るだけで俺たちは迂闊うかつに動けなかった。

 その優位をよく理解しているネフィロスは

「しかし相楽さんはこの2人と違って、人質としては優秀なようだ。婚約者であるユエル君と和泉さんを殺し合わせることは不可能でも、この子の忍である風丸君には言うことを聞いてもらえそうですね」

 それからネフィロスはマスターちゃんを殺されたくなければ、ユエルを始末しろと俺に迫った。

「か、風丸……」

 和泉の姐御が不安そうに俺を見る。俺は苦渋を感じても迷いはせずに

「……ユエルを殺せば、マスターちゃんは助けるんだな?」

 俺の返事に、ユエルは「か、風丸さん……」と戸惑いの声をあげた。さっき俺がマスターちゃんを殺すはずがないと信じてくれて嬉しかった。でも、それなら分かるはずだ。

 俺はマスターちゃんだけは絶対に裏切れない。例えその代わりに、ここに居るユエルと姐御だけでなく、世界中の人間を犠牲にしても。

 自分の大切な人のために、他の人間を犠牲にすることに罪悪感が無いわけじゃない。

 俺がマスターちゃんを失いたくないように、他人にとってはどうでもいい存在が、ある人間にとっては命より大事だったりする。そういうおかしがたい繋がりが世界中にある。

 でもどうせそんな繋がりは、強者や多数派の幸福のために、しばしば踏みにじられている。弱者よりも強者を、少数よりも多数を生かそうとするのが世界だから。

 ……だったら条件は同じだろう。俺は多数派にはなれないが、強者にはなり得る。俺が勝てばマスターちゃんの代わりに大勢が死に、ユエルが勝てば大勢の代わりに俺とマスターちゃんが死ぬ。それだけの話だ。

 それだけの話だからこそ、奪われる側の苦しみなんて知りもせず、のうのうとのさばる世界のために、マスターちゃんを死なせて堪るかと本気で思った。

 しかしユエルに斬りかかる寸前。

「ダメぇっ!」

 バシャッ!

「グワァァ!?」

 実は先ほどの全体浄化で麻痺が解けていたらしいマスターちゃんが、ネフィロスの顔面に聖水をぶっかけた。ネフィロスが浄化の力によって、顔面を焼かれるような痛みに苛まれている間に

「風丸!」

 マスターちゃんはネフィロスの拘束を振りほどいて、こちらに駆けて来ようとしたが

「あぁっ!?」
「マスターちゃん!」

 ネフィロスが投げたナイフが背中に突き刺さり、俺の目の前で倒れた。

 全員がマスターちゃんに気を取られている間に、ネフィロスは消えてしまった。ネフィロスの追跡よりも、マスターちゃんの治癒を優先したおかげで命は助かったものの

「すみません、私。ギリギリまで怖くて動けなくて。皆に迷惑をかけちゃって……」
「泣かないで。由羽ちゃんは何も悪くない。無事で良かったよ」

 和泉の姐御は親身にマスターちゃんを気遣ってくれた。俺がネフィロスに言われるまま、ユエルを殺そうとしたことは誰も咎めなかった。

 今回は助かったが、またいつネフィロスが襲って来るか分からない。ヤツは今回の件でマスターちゃんの人質としての利用価値を知った。マスターちゃんを人質にすれば、姐御とユエルの動きは鈍り、俺は完全に手駒にできる。

 マスターちゃんを護りきる手段は1つしかなかった。
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