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第8話・波乱

絶対に代わりの居ない人(風丸視点)

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 それから朝になるまでマスターちゃんを抱いて、昼まで一緒に眠った。起きてからもまだ裸でくっついていたかったけど、昨日の夜からずっと目隠しされっぱなしのマスターちゃんに

「流石にお顔が見たいです」

 と遠慮がちに懇願こんがんされた。「俺の顔が見たいから」なんていじらしいこと、計算じゃなくて素で言うからマスターちゃんはズルい。

 それに自分でつけさせておいてなんだけど、目隠ししていると俺もマスターちゃんの目が見えない。目は心の窓って言うけど、マスターちゃんの眼差しは、陽光のように綺麗で温かい。要するに俺も、ちゃんとマスターちゃんの顔が見たくなったので、予定を変更して服を着直すと、昼食がてら外出した。


 ざっくり分けると王都の北側は高級な住宅や店が集まり、南側は猥雑わいざつだが、活気のある庶民の街という雰囲気だ。

 金髪ちゃんと違って慎ましいマスターちゃんは、格式高いレストランじゃなく、王都の南側、食べ物の屋台がつどう通りを選んだ。

「わぁ、いい匂い! どれも美味しそうで迷っちゃいますね!」

 楽しそうに屋台を見て回って、目ぼしい食べ物をいくつか買うと、食事用に置かれている木製のテーブルで食べはじめた。

 飲食スペースには俺たち以外にも、カップルや親子連れや仕事仲間など、色んな人たちがにぎやかに食事を楽しんでいる。

「何気に外食ってはじめてです。一緒に食べると美味しいですね」

 俺はマスターちゃんの言葉に同意しながら、ふと

「こうしていると普通の人間みたいだな」

 真昼間まっぴるまから仲のいい人と楽しく外食なんて、俺にとってもはじめてで何気なく口にすると

「風丸は普通の人間じゃないんですか?」
「いや、人間は人間だけどさ……普通の人とは違うだろうから」

 こんなに明るくて賑やかな場所で、たくさんの笑顔に囲まれていても、長く身を浸して来た暗闇の名残なごりを感じる。やはり自分は日陰の存在なのだと、かえって違いが浮き彫りになる。

 しかし俺の勝手な疎外感に、マスターちゃんは

「みんな普通で、みんな変」

 何かの格言のような言い回し。目を丸くする俺に、マスターちゃんは続けて

「私の世界の言葉です。自分の普通は誰かの変で、誰かの普通は自分の変。だから自分だけ普通じゃないなんて思わなくていいんです。風丸も私も他の人たちも、みんな普通で、みんな変です」

 最後は笑顔で言い切ると、ふと思いついたように目をキラッとさせて

「でも特別扱いをお望みでしたら、私がめっちゃチヤホヤしますのでお任せください!」

 胸に手を当てて力強く請け負うマスターちゃんに

「ど、どうしました? 何か変なことを言いましたかね?」

 いきなり吹き出した俺に、マスターちゃんは戸惑っていたが

「いや、確かにマスターちゃんは変なヤツだなって」
「割と図太いほうですが、流石に真正面からの変は心に突き刺さりますよ!」

 胸を押さえて傷ついたと訴えるマスターちゃん。そのおどけた仕草も愛おしくて

「じゃあ、特別。絶対に代わりの居ない人」

 テーブルから少し身を乗り出して、髪を撫でながら言うと、マスターちゃんは少したじろいで

「そ、そんなに温かい目で言われると、真に受けてしまいそうなんですが……」
「真に受けていいよ。嘘じゃないから」

 本心だと伝わったのか、マスターちゃんは照れ臭そうにはにかんで

「私にとっても風丸は特別で、絶対に代わりの居ない人です」

 幸福そうに口にすると

「……離れても、ずっと大好きです」

 最後は痛みを隠すように笑った。

 真昼の日差しの下で笑うマスターちゃんを見て、今ここで時が止まればいいのにと願う。今が明らかに幸せのピークで、後は失われていくばかりだから。

 でも当然ながら時間は止まることなく進み続ける。しかも俺たちが想像もしなかった最悪の展開に向かって。
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