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第8話・波乱

背を向けてもそこに在る人(視点混合・性描写有り)

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【風丸視点】

 どうせ遠からず離れるのだと頭では思いながら、マスターちゃんの反応が気になり、今日は和泉の姐御に断ってダンジョンに行かなかった。

 と言っても馬の誘惑を邪魔するつもりはなく、単に結果を知りたかった。いっそ他の男のものになるところを見れば、諦めがつくかもしれない。俺を愛しているなんて嘘だって、幻滅させてくれることを心のどこかで望んでいた。


 隠形で気配を消して、農作業するマスターちゃんを見ていた。やがて現れた馬の求愛を、キッパリと断るところも。

『私は自分が誰かに愛されて幸せになるより、風丸に幸せになって欲しいんです。私が居なくなった後、救いも光も無い場所に戻らないで済むように』

 俺の居ないところでも、一心に俺を想って胸を痛める姿も。

 なんでこんな身勝手な男を、自分より大事に想えるんだろう。

 出会った頃からマスターちゃんの言動は、ずっと俺には不可解だった。もう1年近く一緒に居るのに普通ならあるはずの裏は、この期に及んでも見えなくて、奇跡のような幻想は破られぬまま。

 やがて訪れる別れが耐えがたくて自分から離れたくせに、マスターちゃんの姿や声が恋しくて深夜。我慢できずにマスターちゃんの部屋に侵入した。

 一目姿を間近に見たら、声はかけずに去るつもりだった。でも静かに眠るマスターちゃんの顔を見下ろしていたら、触れたくて仕方なくて

「……マスターちゃん」

 その目に俺を映して、いつもみたいに笑って欲しくて

「……マスターちゃん」

 起きて欲しいのに合わせる顔が無くて、口の中で溶けるような淡い声で名前を呼んだ。自分の未練がましさに耐えられず、引き上げようとした時。

「……風丸」
「ッ」

 まさか聞こえていたのかと振り返る。しかしマスターちゃんは目を閉じたまま、まだ眠っているようだった。寝言かと判断した時。

「……お願いだから泣かないで。幸せになってください……」

 いったいどんな夢を見ているのか、マスターちゃんは泣きながら口にした。


【由羽視点】


 風丸にはとても言えませんが、あんな風に別れたせいか、毎晩のように彼の悪夢を見ました。風丸が誰かに殺されたり迫害されたり自分から命を絶ったり。本当に人には言えないような悲惨な夢を。

 その日は子どもの頃の風丸が、泣いている夢を見ました。でも夢なのに少しも自由じゃなくて、そばに行きたくてもできなくて、遠くから泣かないで幸せになってと、泣きながら祈るしかできませんでした。

 でも浅い眠りの中。誰かにギュッと抱きしめられる感覚で目を覚ますと

「ん……えっ? 風丸?」

 一瞬まだ夢を見ているのかと思いました。しかし実際はなぜか風丸がベッドに居て、私を抱きしめるというより、子が親に縋るように身を寄せていました。

「きゅ、急にどうしたんですか?」

 眠っているわけではないようですが、話しかけても反応がありません。私はその様子のおかしさに、風丸が何か苦しみを抱えていることを思い出して

「すみません。あなたがこんなに苦しんでいるのに、抱きしめることしかできなくて」

 ただ彼を抱き寄せて、落ち着くように背中を撫でていると

「……なんでマスターちゃんは、こんな勝手をされても怒らねーの?」
「えっ?」
「いきなり離れたかと思えば、また唐突にくっついて。普通は嫌になるだろ。こんな勝手な男。なんで嫌わねーの?」

 暗闇の中こちらを見る風丸の顏は、やっぱりどこか苦しげでした。

「前に言いませんでしたっけ? 何があっても絶対に、あなたが好きだって」

 私は深刻にならないように、わざとあっけらかんと答えると

「私だって自分のことを、そんなに信じているわけじゃないし、絶対なんて滅多に言いません。でも風丸への気持ちは絶対なんです。なんでか特別で大好きなんです」

 風丸への愛情を言葉にすると、胸の奥から温かい気持ちが溢れて、自然と笑顔になりました。

「……マスターちゃん」

 風丸は泣きそうな声で呟くと、再び私に抱きついて

「……ゴメン。自分から避けていたくせに勝手だけど、もっとアンタに触っていい? アンタが恋しくて仕方ないんだ」

 彼の震える体を、私はすぐに抱きしめると

「そんな不安そうな顔をしなくても、好きなだけ甘えてください。もとの世界に帰るまで、めいっぱい甘やかす約束です」

 風丸が安心するように、自分から彼の頭にキスをしました。

 それから私はまた目隠しされました。例の伴侶以外に肌を見せてはいけないというアレです。本当は風丸の姿を見ながらしたいけど、今はもしかしたら掟とは無関係に、泣きそうな顔を見られたくないのかもしれません。風丸が落ち着くようにしてあげたくて、目隠しを受け入れました。

 離れている間、寂しかったのか風丸は何度も何度も「マスターちゃん」と切なげに私を呼びながら

「ずっとこうしたかった」

 と熱烈に私を抱きました。……好きな人と肌を合わせる喜びや快感よりも、こんなに自分を想ってくれる人と離れざるをえない切なさが勝る触れ合いでした。

 ひと段落ついたところで

「落ち着きましたか?」

 目隠ししたまま手を伸ばすと、風丸は私の手を取って、自分の頬に触れさせながら

「悪いね、情緒不安定で。なんかアンタには、いつも恰好悪いところばかり見せている気がするな」

 風丸は反省している様子ですが

「なんの。風丸はいついかなる時も、最高に素敵でカッコイイです」

 彼の頬に手を当てたまま、お世辞じゃなくて本気で言うと

「~っ、アンタがいつもそんなんだから」
「はい?」
「……別になんでもない」

 風丸は急にトーンダウンすると、全身で私にすり寄って

「それよりまだマスターちゃんが足りない」
「えっ? ま、まだしたいんですか?」
「明日は休みだし、寝坊しても平気じゃん。だから今日と明日は1日中くっついていたい。離れたくない……ダメ?」

 わざとなのかたまたまなのか、耳に注ぎ込むように囁かれた私は

「うぉぉ……そんな切なげな声でねだられて断れるはずがないぃぃ」
「嫌なら断ってもいいよ。って言うべきなんだろうけど、もうアンタと居る時間を1秒だって削りたくない」
「あああ、リターンして来た風丸が最高に可愛い。いったいどこまで可愛くなるんですか?」

 あまりの愛しさに全力よしよししながら言うと、彼はどうやらムッとしたようで

「可愛い可愛いって、自分はまだ裸で目隠しされたままだって言うのに余裕だなぁ? マスターちゃん」
「えっ、どうして急にキレるんですか? 可愛いって馬鹿にしているわけじゃありませんよ? 愛しいって意味なのにっ」

 さっきまでとは違うエッチな触れ方に怯む私を、風丸は問答無用で押し倒して

「それならそれで愛情に応えなきゃじゃん。もとの世界に戻っても忘れられないくらい、俺に抱かれるの癖になってよ」
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