殺戮王から逃げられない

知見夜空

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オマケ・転生しても逃がさない

殺戮王を名乗る者

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 それはケネンと前世の話をしてから数日後の夜。

 前世と違って平民であるナンデの家は、昼間は家政婦が来るものの、夜は父と娘だけだ。小説がヒットして大金を得たとはいえ、あれは悪夢をもとにしたまぐれ当たり。調子に乗って浪費しないようにと、ナンデが忠告した結果だった。

 町から離れたところにポツンと立っているので、夜はフクロウの鳴き声や風が木々を揺らす音がわずかに聞こえるだけだ。

 しかし、そんな静寂を破って

「だ、誰だ、お前は!? やめろぉぉ!?」

 恐ろしい断末魔が、眠っていたナンデの耳をつんざいた。父の絶叫によって目を覚ましたナンデは

「と、父さん……?」

 不穏な空気に怯えながらも、何があったか確かめるべく自室を出た。

 ケネンの部屋に行くと、開いたドアの隙間から影のように立つ長身の男の姿が見えた。黒髪黒衣の男の足元には、父の死体が転がっていた。

「と、父さん!?」
「おや、もう気づいたか」

 黒衣の男はナンデに気付くと、慌てるどころかくくくと笑って

「玉座とはいかないまでも、椅子に座らせ、冠を被せてやるつもりだったのに残念だ」
「あなたは誰なの!? いったいどうしてこんな惨いこと! 父になんの恨みがあるのよ!?」

 しかしナンデが激怒しても、目の前の男は少しも動じず

「転生してすっかり勘が鈍ったか? 別れ際に約束しただろう。必ず、またそなたに会いに行くと」
「……もしかして、あなたが父が本に書いた私の夢の人だと言うの?」

 訝しげに問うナンデに、男はニヤッとしたのも束の間

「そうだ……と言いたいところだが、そなたは本当に私の妻か? 以前は華やかな美女だったのに、なんでこんな不細工な大女に」

 ナンデの姿を見て嫌悪の表情を浮かべた。しかしナンデは傷ついたりカッとしたりするどころか、冷ややかな態度で

「……言っとくけど、人を馬鹿にできるほどアンタも大した容姿じゃないわよ。父の小説を真に受けた怪物気取りの狂人さん」

 目の前の黒髪黒衣の男は、それなりに整った容姿をしている。しかし夢の中の男と違って、危険を知りながら女を惑わせるほどの美貌ではない。

 とは言え、外見の違いだけなら、転生したからという説明もつくが

「いきなり何を言っている……? 私がそなたの夢の男だ。世界を支配し、山のように人を殺した恐怖の殺戮王だ」
「本当に信じられない。まさかこんな頭のおかしな妄想野郎に、父を殺されるなんて」

 確信を持ってナンデが否定すると、男は怒りをあらわにして

「いい加減にしろ! いくらそなたでも、私を侮辱するのは許さぬ!」

 威嚇するように、机の上のランプを乱暴に叩き落した。ガシャンと派手な音が鳴ったが、ナンデは怯えるどころか、怒りに燃える目で相手を射貫いて

「いい加減にするのはアンタのほうよ! ただの人間が何を勘違いしているの! アンタは私の夢の人なんかじゃない!」

 単に思い込みによって父を殺されただけでなく、ただの人間が主人の名を騙ることにナンデは無意識に激怒した。

「なぜそう思う? ただの人間がいきなりこんな凶行に及ぶとでも思うのか?」
「人一人殺したくらいで威張らないでよ。足腰弱った年寄りの物書きなんて、やろうと思えば私だって殺せるわ」

 ナンデは軽蔑の目で相手を睨むと

「それくらいのことで偉ぶるなんて、アンタは小さい。どれだけ尊大に振る舞ったって、ちっとも強そうに見えない」
「目の前で父を殺されたのに、よくそんなことが言える。私が強くないか、そなたの身体で試すか?」

 目の前の男は小説にあったように、ナンデの前髪を掴もうとした。しかしナンデは、自分に伸ばされた手をバシッと振り払って

「汚い手で私に触らないで。アンタみたいな小物に、下に見られる筋合いは無い」
「……なるほど分かった。そなたは私のナンデではない。私に恐怖しない無礼者は殺してやる」

 男はナンデにナイフを向けた。相手が無手であれば、女にしては力のあるナンデなら抵抗できたかもしれない。けれど流石に、刃物を持った男は脅威で

「ッ!」

 と怯むナンデの代わりに
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