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第五話・子どもができても逃げられない
悪魔の子が生まれてしまった
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結果から言うと、ナンデはドーエスから逃げられなかったし、彼の子も産まされた。それは彼の妻になってから3年目のこと。
母親の腹を裂いて生まれるとか、やたら難産とか、外は嵐で雷鳴が轟いていたなどもなく、意外にも殺戮王の子は普通に誕生した。
しかし分娩中はずっとドーエスが、ナンデの苦痛と恐怖に歪む顔をニヤニヤ眺めていたので、色々と気が気じゃなかった。子どもを取り上げた産婆も、
「ひ、人の子が産まれました……」
悪魔ではなく人間の子が生まれたことに、かえって驚いていた。ナンデはごく普通の赤ん坊を見ながら
(人間……なの……?)
とまだ懐疑的だった。ドーエスはしらっとした顔で、ただ(男か)と思った。
それからナンデは子どもとともに身を清められて、安静にしているようにと別室に移された。意外にも付いて来たドーエスは
「子を抱かないのか、ナンデ? 母なら真っ先に我が子を抱きたがるものだろう?」
「あっ、そうですね」
正直まだ愛情よりも恐れが強くて、我が子を抱こうと言う気にならなかった。しかし母になったからには、ちゃんと育てないとマズいだろうと、ドーエスの指示に従おうとすると
「どれ、私が取ってやろう」
ドーエスは産後の妻を気遣うふりで、赤子の頭を鷲掴みにして差し出して来た。
「アーッ!? そんな持ち方!」
ナンデは急いで引っ手繰ろうとしたが、ドーエスにひょいと引っ込められて
「ドーエス様! 子どもの首が!」
妊娠中にナンデはさんざん周りの女たちから、赤ん坊の扱いについてレクチャーされていた。生まれてすぐは首が安定していないから、気を付けてあげなきゃダメですよと。
子どもの首がすっぽ抜けてしまうんじゃないかと、ナンデは蒼白になったが
「生後間もないとは言え、この程度の衝撃にも耐えられん脆弱さでは、どうせ私の子として生きられぬ」
ドーエスは頭部を鷲掴みにされて泣きじゃくる赤ん坊を、ナンデの前でプラプラと揺らしながら
「それよりこれをどうして欲しい、ナンデ? そなたは私の子を産まされることを、酷く恐れていただろう。育てる自信が無いのであれば、私が今ここで処分してやってもよいぞ。どうせもともと跡継ぎなど欲していないからな」
「待って待って待って!」
今にも我が子の頭を握り潰しかねないドーエスを、ナンデは慌てて止めると
「お願いします。まだ生まれたばかりなのに可哀想。殺さないで」
愛情を見せればかえって、ナンデにショックを与えたいがために殺すかもしれない。しかし今はそこまで考えを巡らすことができず、ナンデはただ反射的に赤子の命乞いをした。
「実際に産んでみると情が湧くか? 子を持つ予定は無かったが、子を持ってみるのも一興だろう。そなたが育てたいなら育ててみるがいい」
ドーエスは赤子をナンデに渡すと、いつもどおり食えない笑みを浮かべながら
「ただ教育にはくれぐれも気を付けることだ。息子と言うものは往々にして父を憎悪するものだからな。これが成長して私に歯向かうようになった時、子どもだから息子だからと手加減してやるほど私は甘くない」
ドーエス自身、父とは不仲だった。というか、ドーエスのような子どもを持てば、親は世間に災いをもたらす前になんとかしなければと思う。父はドーエスが大人になる前に殺そうとしたが、返り討ちにされて玉座を奪われた。
ドーエスが実の父を殺して即位したのを知っていたナンデは、
「は、はい。分かりました。この子にはよく言い聞かせます」
ナンデは子どもに「ヒーロ」と名付けた。言葉が分かるようになると同時に
「お父様には何があっても絶対に逆らっちゃダメよ。お父様にとって私たちの命は、朝食のパン1切れと同じくらい軽いの。気に入らなければ簡単に捨ててしまえるのだから、処分されたくなければいい子で居るのよ」
自分から話しかけてはダメ。こちらが無視するのはダメ。刺激してはダメ。ワガママを言ってはダメ。なるべく姿を見せてはダメ。愛情を乞うてはダメ。
などなどナンデは思いつく限り、ドーエスとともに生きる上で必要な教えを我が子に叩き込んだ。
母親の腹を裂いて生まれるとか、やたら難産とか、外は嵐で雷鳴が轟いていたなどもなく、意外にも殺戮王の子は普通に誕生した。
しかし分娩中はずっとドーエスが、ナンデの苦痛と恐怖に歪む顔をニヤニヤ眺めていたので、色々と気が気じゃなかった。子どもを取り上げた産婆も、
「ひ、人の子が産まれました……」
悪魔ではなく人間の子が生まれたことに、かえって驚いていた。ナンデはごく普通の赤ん坊を見ながら
(人間……なの……?)
とまだ懐疑的だった。ドーエスはしらっとした顔で、ただ(男か)と思った。
それからナンデは子どもとともに身を清められて、安静にしているようにと別室に移された。意外にも付いて来たドーエスは
「子を抱かないのか、ナンデ? 母なら真っ先に我が子を抱きたがるものだろう?」
「あっ、そうですね」
正直まだ愛情よりも恐れが強くて、我が子を抱こうと言う気にならなかった。しかし母になったからには、ちゃんと育てないとマズいだろうと、ドーエスの指示に従おうとすると
「どれ、私が取ってやろう」
ドーエスは産後の妻を気遣うふりで、赤子の頭を鷲掴みにして差し出して来た。
「アーッ!? そんな持ち方!」
ナンデは急いで引っ手繰ろうとしたが、ドーエスにひょいと引っ込められて
「ドーエス様! 子どもの首が!」
妊娠中にナンデはさんざん周りの女たちから、赤ん坊の扱いについてレクチャーされていた。生まれてすぐは首が安定していないから、気を付けてあげなきゃダメですよと。
子どもの首がすっぽ抜けてしまうんじゃないかと、ナンデは蒼白になったが
「生後間もないとは言え、この程度の衝撃にも耐えられん脆弱さでは、どうせ私の子として生きられぬ」
ドーエスは頭部を鷲掴みにされて泣きじゃくる赤ん坊を、ナンデの前でプラプラと揺らしながら
「それよりこれをどうして欲しい、ナンデ? そなたは私の子を産まされることを、酷く恐れていただろう。育てる自信が無いのであれば、私が今ここで処分してやってもよいぞ。どうせもともと跡継ぎなど欲していないからな」
「待って待って待って!」
今にも我が子の頭を握り潰しかねないドーエスを、ナンデは慌てて止めると
「お願いします。まだ生まれたばかりなのに可哀想。殺さないで」
愛情を見せればかえって、ナンデにショックを与えたいがために殺すかもしれない。しかし今はそこまで考えを巡らすことができず、ナンデはただ反射的に赤子の命乞いをした。
「実際に産んでみると情が湧くか? 子を持つ予定は無かったが、子を持ってみるのも一興だろう。そなたが育てたいなら育ててみるがいい」
ドーエスは赤子をナンデに渡すと、いつもどおり食えない笑みを浮かべながら
「ただ教育にはくれぐれも気を付けることだ。息子と言うものは往々にして父を憎悪するものだからな。これが成長して私に歯向かうようになった時、子どもだから息子だからと手加減してやるほど私は甘くない」
ドーエス自身、父とは不仲だった。というか、ドーエスのような子どもを持てば、親は世間に災いをもたらす前になんとかしなければと思う。父はドーエスが大人になる前に殺そうとしたが、返り討ちにされて玉座を奪われた。
ドーエスが実の父を殺して即位したのを知っていたナンデは、
「は、はい。分かりました。この子にはよく言い聞かせます」
ナンデは子どもに「ヒーロ」と名付けた。言葉が分かるようになると同時に
「お父様には何があっても絶対に逆らっちゃダメよ。お父様にとって私たちの命は、朝食のパン1切れと同じくらい軽いの。気に入らなければ簡単に捨ててしまえるのだから、処分されたくなければいい子で居るのよ」
自分から話しかけてはダメ。こちらが無視するのはダメ。刺激してはダメ。ワガママを言ってはダメ。なるべく姿を見せてはダメ。愛情を乞うてはダメ。
などなどナンデは思いつく限り、ドーエスとともに生きる上で必要な教えを我が子に叩き込んだ。
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