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十一月のこと
ただ君と居るだけで
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セントラルパークは想像よりもずっと広大で、日本の公園の規模とのあまりの違いにカザネは圧倒された。園内を徒歩で移動するのは大変なので、自転車をレンタルして回ることになった。
「これから自転車で園内を周るわけだけど、特にサイクリングが好きなわけじゃないなら俺の後ろに乗ってくれる?」
「えっ、でも行き帰りの運転もブライアンなのに、自転車まで漕いでもらうなんて悪くない?」
カザネの心配をよそに、ブライアンはニッコリ笑って
「遠慮しないでお嬢ちゃん。ぶっちゃけ俺とお前じゃ、足の長さが違いすぎて歩調を合わせるほうが大変なんだ。おまけに俺は運動部で、お前はひ弱なオタクだし。多分自転車でも差が出るだろうから、大人しく後ろに乗って」
「うぅ、そういうわけなら、はい」
けっきょく負んぶに抱っこになってしまい、カザネは申し訳なさそうに後ろに乗った。ブライアンはカザネの顔が曇るのを見て、気を遣わせないように言ったつもりが、失敗だったと密かに反省した。
けれど、いざ走り出すと、
「わー、グングン進むね、ブライアン号! 楽だし、速いし、気持ちいいや!」
風音という名前のとおり、風を切って進む感覚が好きらしい。またカザネに眩しいくらいの笑顔が戻ったことに、ブライアンはホッとした。
それから2人は自転車で、園内の施設を数か所巡った。城を見てシェイクスピア公園を散策したあと、動物園にも入った。
「お城と動物園がいっぺんに楽しめるって、すごいね! セントラルパーク!」
有名なので名前は知っていたが、具体的に何があるかは知らなかった。だから想像以上に見どころがあって、カザネは興奮した。ブライアンもカザネが、初夏の日差しのようにキラキラと目を輝かせるのを見て満足した。
それから2人は池沿いにあるボートハウスでボートを借りた。ブライアンに漕いでもらい池の真ん中辺りまで行くと、カザネはキョロキョロしながら
「ボートに乗ったの、はじめてだ。ボートがゆらゆら揺れて、水の気配が近くて気持ちいいね」
しばらくは光を反射する水面や、池周辺の美しい木々を見ていたが、
「景色を見るのもいいけど、冷めないうちに飲みなよ」
ブライアンに勧められて、事前にカフェで購入したドリンクとサンドイッチを食べ始めた。カザネはエビとアボカドのサンドで、ブライアンはローストビーフと葉野菜のサンド。どちらも酸味のあるソースがたっぷりで、具沢山の分厚いサンドイッチだった。
カザネは美味しそうにサンドイッチにかぶりつくと、
「舟の上でサンドイッチなんて最高に贅沢だね!」
カザネの喜びように、ブライアンは大げさだと苦笑して
「豪華客船ならともかく公園のボートだぞ? こんなのが最高の贅沢だなんて、ずいぶん安上がりだな」
もし今日の同行者がミシェルやジュリアだったら「ずいぶん学生らしい健全なデートね」と揶揄されていただろう。しかしカザネの場合は
「そうかな? 私は豪華客船で高級ディナーとかよりも、こうやって友だちと天気のいい日にボートに乗って、美味しいサンドイッチを食べられるほうが幸せだな」
ここに連れて来てくれたブライアンへの配慮というわけでもなく
「ここに来られたこと自体が、日本人の私にとっては奇跡みたいなものだし。アメリカに来る前は、こうして休みの日に一緒に遠出しようって誘ってくれる友だちができるかも分からなかったから」
大げさかもしれないが、不安を乗り越えてアメリカに来られたこと自体が、カザネにとっては夢への第一歩で
「やっぱり今ここで、こうしてサンドイッチを食べられてすごく幸せ」
はじめてこの地を踏んでからずっと、カザネは夢の中に居るように幸せだった。
屈託なく笑うカザネを見て、ブライアンは眩しそうに目を細めると、
「お前にかかると人生はずいぶん簡単で楽しそうだ」
皮肉とも取れる言葉だったが、
「ブライアンは人生が楽しくないの?」
無意識の羨望を感じたカザネが聞き返すと、ブライアンはニッコリと、
「お前と居る時は楽しいよ? お嬢ちゃんがはしゃいでいると、俺も童心に返れるからね」
「子どもはそんな意地悪を言わないと思うな!」
カザネは今度こそ皮肉と受け取ったが、意外とそれはブライアンの本心だった。物事をシビアに見るブライアンは、人生を複雑で苦しいものにしてしまう。けれどカザネと居る時は、まるで彼女の視点を借りたように、物事が明るく見える。些細なことが楽しく貴重に感じられる。
サンクスギビングウィークに入る前、ブライアンは男友だちの他に、ミシェルやジュリアからも誘われていた。男友だちの何人かとは遊ぶ約束をしたが、ミシェルやジュリア、他にも女王蜂の目を盗むように近づいて来た女の子たちの誘いは全て断った。
特別な関係を求められることが今は前よりもストレスなので、同性の友人はともかく異性には会いたくなかった。それなのにカザネには、何故か自分から会いたくなった。それもジムやハンナは抜きの本当に2人きりで。
1対1で会うと、自分が話さなきゃいけないターンが増える。だから意外と男友だちとでも、サシで会うのは億劫だった。それなのにカザネとは、意識しなくても話題が尽きることは無い。行きの車の中、彼女の楽しげな歌声を聞いているだけで、もう楽しかった。
こんなに楽しい休日は子どもの頃以来だな。今日ここでコイツと過ごせて良かったと、ブライアンは密かに感じ入った。
「これから自転車で園内を周るわけだけど、特にサイクリングが好きなわけじゃないなら俺の後ろに乗ってくれる?」
「えっ、でも行き帰りの運転もブライアンなのに、自転車まで漕いでもらうなんて悪くない?」
カザネの心配をよそに、ブライアンはニッコリ笑って
「遠慮しないでお嬢ちゃん。ぶっちゃけ俺とお前じゃ、足の長さが違いすぎて歩調を合わせるほうが大変なんだ。おまけに俺は運動部で、お前はひ弱なオタクだし。多分自転車でも差が出るだろうから、大人しく後ろに乗って」
「うぅ、そういうわけなら、はい」
けっきょく負んぶに抱っこになってしまい、カザネは申し訳なさそうに後ろに乗った。ブライアンはカザネの顔が曇るのを見て、気を遣わせないように言ったつもりが、失敗だったと密かに反省した。
けれど、いざ走り出すと、
「わー、グングン進むね、ブライアン号! 楽だし、速いし、気持ちいいや!」
風音という名前のとおり、風を切って進む感覚が好きらしい。またカザネに眩しいくらいの笑顔が戻ったことに、ブライアンはホッとした。
それから2人は自転車で、園内の施設を数か所巡った。城を見てシェイクスピア公園を散策したあと、動物園にも入った。
「お城と動物園がいっぺんに楽しめるって、すごいね! セントラルパーク!」
有名なので名前は知っていたが、具体的に何があるかは知らなかった。だから想像以上に見どころがあって、カザネは興奮した。ブライアンもカザネが、初夏の日差しのようにキラキラと目を輝かせるのを見て満足した。
それから2人は池沿いにあるボートハウスでボートを借りた。ブライアンに漕いでもらい池の真ん中辺りまで行くと、カザネはキョロキョロしながら
「ボートに乗ったの、はじめてだ。ボートがゆらゆら揺れて、水の気配が近くて気持ちいいね」
しばらくは光を反射する水面や、池周辺の美しい木々を見ていたが、
「景色を見るのもいいけど、冷めないうちに飲みなよ」
ブライアンに勧められて、事前にカフェで購入したドリンクとサンドイッチを食べ始めた。カザネはエビとアボカドのサンドで、ブライアンはローストビーフと葉野菜のサンド。どちらも酸味のあるソースがたっぷりで、具沢山の分厚いサンドイッチだった。
カザネは美味しそうにサンドイッチにかぶりつくと、
「舟の上でサンドイッチなんて最高に贅沢だね!」
カザネの喜びように、ブライアンは大げさだと苦笑して
「豪華客船ならともかく公園のボートだぞ? こんなのが最高の贅沢だなんて、ずいぶん安上がりだな」
もし今日の同行者がミシェルやジュリアだったら「ずいぶん学生らしい健全なデートね」と揶揄されていただろう。しかしカザネの場合は
「そうかな? 私は豪華客船で高級ディナーとかよりも、こうやって友だちと天気のいい日にボートに乗って、美味しいサンドイッチを食べられるほうが幸せだな」
ここに連れて来てくれたブライアンへの配慮というわけでもなく
「ここに来られたこと自体が、日本人の私にとっては奇跡みたいなものだし。アメリカに来る前は、こうして休みの日に一緒に遠出しようって誘ってくれる友だちができるかも分からなかったから」
大げさかもしれないが、不安を乗り越えてアメリカに来られたこと自体が、カザネにとっては夢への第一歩で
「やっぱり今ここで、こうしてサンドイッチを食べられてすごく幸せ」
はじめてこの地を踏んでからずっと、カザネは夢の中に居るように幸せだった。
屈託なく笑うカザネを見て、ブライアンは眩しそうに目を細めると、
「お前にかかると人生はずいぶん簡単で楽しそうだ」
皮肉とも取れる言葉だったが、
「ブライアンは人生が楽しくないの?」
無意識の羨望を感じたカザネが聞き返すと、ブライアンはニッコリと、
「お前と居る時は楽しいよ? お嬢ちゃんがはしゃいでいると、俺も童心に返れるからね」
「子どもはそんな意地悪を言わないと思うな!」
カザネは今度こそ皮肉と受け取ったが、意外とそれはブライアンの本心だった。物事をシビアに見るブライアンは、人生を複雑で苦しいものにしてしまう。けれどカザネと居る時は、まるで彼女の視点を借りたように、物事が明るく見える。些細なことが楽しく貴重に感じられる。
サンクスギビングウィークに入る前、ブライアンは男友だちの他に、ミシェルやジュリアからも誘われていた。男友だちの何人かとは遊ぶ約束をしたが、ミシェルやジュリア、他にも女王蜂の目を盗むように近づいて来た女の子たちの誘いは全て断った。
特別な関係を求められることが今は前よりもストレスなので、同性の友人はともかく異性には会いたくなかった。それなのにカザネには、何故か自分から会いたくなった。それもジムやハンナは抜きの本当に2人きりで。
1対1で会うと、自分が話さなきゃいけないターンが増える。だから意外と男友だちとでも、サシで会うのは億劫だった。それなのにカザネとは、意識しなくても話題が尽きることは無い。行きの車の中、彼女の楽しげな歌声を聞いているだけで、もう楽しかった。
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