ブライアンのお気に入り

知見夜空

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十月のこと

ブライアンの部活見学

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 ハンナのヌイグルミ販売が落ち着いたある日。

 放課後。そろそろ家に帰ろうと、カザネが学校の廊下を歩いてると、

「ああ、ちょうど良かった。君、確かキングと仲がいいんだろう? 帰りがけにすまないが、ちょっと頼まれてくれないか?」

 と初老の男性教師に呼び止められた。弁論大会用の原稿をチェックしたから、ブライアンに渡して欲しいのだと言う。

「ブライアン、弁論大会に出るんですか?」

 カザネの質問に、先生はにこやかな顔で

「キングはお父様と同じで弁護士を目指しているそうだからね。論理性や話術を磨くために、積極的に参加しているんだよ。これまで行われた弁論大会でも何度も好成績を残しているし、全く将来が楽しみだよ」

 ブライアンが弁護士を目指していると知ってカザネは意外だった。バスケ部のキャプテンだと聞いたから、てっきりバスケ選手になるのかと思っていた。でも確かにブライアンは口が達者だし、説得力があるので、弁護士に向いているのかもとカザネは納得した。

 それからカザネはブライアンに会いに体育館へ向かった。カザネには運動部の友だちが居ないので、放課後に体育館に来るのははじめてだ。

 広々とした体育館に行くと、キュッキュとバッシュが鳴る音と、ボールの弾む音が響いていた。バスケ部が2組に分かれて練習試合をしているようだ。

 ボールを持つのはブライアンで、2人にマークされていた。けれど、ボールを奪おうと伸びる腕を華麗にかわしてシュート。少し距離はあったが、ボールは魔法のようにリングへと吸い込まれた。

 スポーツに疎いカザネから見ても一目で上手いと分かるファインプレーに、見学の女子たちが歓声をあげる。壁際の観客席には軽く30人くらいの女子が座っているが、もしかして全員ブライアンのファンなのかなとカザネは驚いた。

 近くではチアリーディング部が練習を兼ねて、

「いいぞいいぞ! ブライアン!」

 とミシェルを筆頭に、ポンポンを振って盛り上げている。自分やジムとは真逆の青春でなんだか眩しいと、カザネは目をしばしばさせた。リア充パワーに圧倒されていると、ブライアンのほうがカザネに気付いて、

「珍しいね、お嬢ちゃん。授業でもないのに体育館に来るなんて。入学して1か月以上経つのに今さら迷子か?」

 恒例の子ども扱いに、カザネはムッとしつつ、

「迷子じゃなくて君を探しに来たんだよ。先生に弁論大会の原稿をチェックしたから渡してくれって頼まれたんだ」

 ブライアンの胸に押し付けるように原稿を渡すと、

「それでお使いに来たのか。偉い偉い。後でご褒美にジュースを奢ってやるよ」

 ブライアンは原稿を受け取ったのとは逆の手で、カザネの頭を撫でた。カザネはその手を振り払いつつ、

「要らないよ! って思ったけど、そんなことを言うなら逆に本当に奢ってもらうからね! 君のためにタダ働きなんてしないから!」

 少しは軽口が収まればと、逆にジュースを強請ってみると、

「いいよ、別にジュースくらい。もうちょっとで部活が終わるから待っていろよ」

 親が裕福なブライアンにはジュース1本くらいなんでもないので、普通に奢られる流れになった。仕方ないのでカザネが、彼の部活が終わるのを壁際で待っていると

「あなた彼と親しいみたいだけど何者?」
「アンタみたいなダサい子が、どうやって彼に取り入ったのよ?」

 ブライアンのファンの子たちが、ベンチから声をかけて来た。あからさまな敵意の視線にカザネは少し委縮しつつ、

「えっ、取り入ったって言うか、ただクラスの席が前後で、ついでに家も隣だから何かと絡まれるだけで……」
「何かと絡まれる? 向こうからちょっかいを出して来るの?」
「う、うん……」

 カザネの返事に、彼女たちは両目を手で覆い天井を仰ぐと、

「嘘でしょ、ブライアン!」
「こんなダサいオタクのどこがいいの!?」

 こんなダサいオタクなんだから、警戒しなくていいと思うんだけど……と思ったが、下手に突っ込んだら余計にこじれそうなので、カザネは黙っていることにした。

 それから20分ほどで部活は終了し、カザネは約束どおり、ブライアンにジュースを奢ってもらった。そのまま自販機の前でジュースを飲みながら、

「君って本当にモテるんだね。ジムから聞いていたけど、教室じゃミシェルしか話しかけないから、そうでもないのかと思っていた」

 カザネの言葉に、ブライアンはおどけた調子で、

「まぁ、自分で言うのもなんだけど、このルックスとスペックなので。モテないほうがおかしいだろ?」

 カザネは「ちっとも謙遜しない……」とジト目になりつつ

「まぁ、でも確かにバスケはすごかった。不自然な体勢から放ったシュートも、魔法みたいにスポスポ入って全く外さないんだもん。道理でみんな君に憧れるはずだね」

 素直に褒めて来るカザネにブライアンは

「いきなり手放しで褒めるじゃん。ようやく俺の魅力が分かった?」

 ほんの少し戸惑ったが、すぐにジョークに変えた。喜びにしろ焦りにしろ、ブライアンは人に動揺を悟られるのが嫌いなので、茶化したり流したりする癖があった。

 しかしカザネは彼の返事に、

「君の魅力なんて知るもんか! って言いたいところだけど、先生に聞いた。勉強と部活の両立だけでも大変なのに、将来は弁護士を目指して弁論大会に出たり、そのための原稿も書いたりしているって。態度デカくて偉そうなヤツって思っていたけど、実際人の何倍も努力しているんだよね。すごいね、ブライアン」

 勝手に身に付く技術はない。勉強にしろバスケにしろ運転にしろ、それを可能にするために費やして来た時間がある。勉強とアニメで手いっぱいのカザネと違って、もっとたくさんの努力をしているらしい彼に、尊敬の念を抱いた。

 真っ直ぐな賞賛を浴びたブライアンは、居心地悪そうに顔を背けながら、

「……せっかく茶化したのに、まさか追加でストレートをぶち込んで来るとはね」
「ん? なんて言ったの?」

 カザネにはブライアンを煽てたつもりはないようで、不思議そうに首を傾げていた。警戒するほうが馬鹿らしいやと気が抜けたブライアンは、

「なんでも~」

 なんだか妙に気分がよくて、カザネの頭をグリグリと撫でた。ちなみに後日行われた弁論大会でブライアンは優勝した。眉目秀麗、学業優秀、スポーツ万能で話術も巧みと来たら、そりゃ学園のキングと呼ばれるわけだなぁとカザネは納得した。
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