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十月のこと
ハンナの恋と夢
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もう10月だが、ジムによれば気まぐれなはずのブライアンのカザネいじりは、なぜか今も続いている。授業中にちょっかいをかけられることは無くなったが、顔を合わせるたびに
「やぁ、お嬢ちゃん。調子はどうだい?」
と挨拶代わりに、ブライアンはカザネの頬をムニッと摘まんだり髪をワシャワシャしたりする。ただ意地悪をする一方で、たまにアイスやお菓子をくれることもある。「リュックに付けなよ」とフィギュアをくれたことといい、全体的に子ども扱いだ。もしかしたら彼は、私を近所の子どもか何かと勘違いしているのかもしれないとカザネは思っていた。
ミシェルと取り巻きたちはそれを見て睨んだり嫌味を言ったりはするものの、あれ以降ものを盗むとか、少女漫画よろしく呼び出してリンチなどの凶行はしていない。ブライアンが好きだからこそ、彼に本気で軽蔑されるような真似はできないのだった。
順風満帆とは言えないものの、なんとかアメリカでの生活が落ち着いて来た頃。カザネは日曜日にハンナの家に招かれた。休日に家に呼んでもらえると、懐に入れてもらえたみたいで嬉しいとカザネは喜んだ。
ハンナは引っ込み思案なので、学校でのファッションも地味だ。自室もきっと大人しめだろうとカザネは想像していたが、
「わぁ、カラフルで素敵な部屋だね!」
ハンナの部屋は絵の具をぶちまけたようなポップな色調だった。壁紙は濃い目のオレンジで、散らかっているわけではないが、個性的なデザインの小物で溢れている。いかにも芸術家の部屋という感じだ。
さらに棚には、たくさんのヌイグルミが飾られていて
「この子たち、可愛い! どこで買ったの?」
同じ作家の作品のようなのでシリーズものかとカザネが尋ねると、
「それは買ったんじゃなくて私が作ったの」
「えっ!? ハンナが作ったの!? すごいね、こんなに可愛いものを作れちゃうなんて!」
技術的にも優れているが、カラフルな布地で作られたとぼけ顔のモンスターたちがファニーで可愛い。
「あ、ありがとう。そんなに褒めてくれて。親にはテディベアとかユニコーンとか、もっと可愛いものを作ればいいのにって言われるから、褒めてくれて嬉しい」
「テディベアやユニコーンも可愛いけど、私はこういうユーモラスで愛嬌のあるキャラのほうが好き!」
作品や部屋には人柄が表れる。ハンナって一見大人しいけど、本当はユニークな発想とセンスを持った面白い子なんだなと、カザネはもっと彼女が好きになった。
さてはハンナもクリエイターだなと見込んだカザネは
「ハンナはもしかしてヌイグルミ作家になりたいの?」
「ううん、そんな。ただの趣味よ。売り物になるほどじゃないから」
趣味で創作している人の中には「売れるよ」とか「仕事にしたら?」と言われるのが苦手な人も居る。売れなきゃ意味が無い。仕事じゃ無きゃ価値が無いと言われているように感じるらしい。
だから趣味で楽しんでいる人に、仕事にすべきだと言うつもりはないが、
「でも、ちょっと残念だな。趣味ってことはハンナのヌイグルミ、買うことはできないってことだもんね」
値段にもよるが、できれば集めたいほど、カザネにとってハンナのヌイグルミたちは魅力的だった。
「あの、カザネが欲しいなら好きなのを譲るわ。今まで手慰みでやっていたけど、私も自分が作ったものを人が気に入ってくれたら嬉しいから」
「えっ、いいの!? 嬉しい! どの子にしようかな?」
ハンナの申し出にカザネは「いちばんお気に入りの子を選ぶぞ!」と張り切って選びはじめた。1つ1つ真剣に吟味するうちに、カザネはあることに気付いて
「もしかしてこの子たち、1人1人に性格とか関係の設定があったりする?」
「どうしてそう思うの?」
「だってこの子たち、1人1人本当に個性的で表情があるから。もしかしてハンナの中で「この子はこういう子」って設定があるのかなって」
「すごい、カザネ。見ただけでそんなことが分かるなんて」
ハンナは褒めてくれたが、カザネからすれば一目で分かるほど、個性的な人形を作れる彼女の表現力のほうがすごかった。
しかし気弱なハンナは自分がすごいという自覚が無いようで
「実はカザネの言うとおり、自分の中で「この子はこういう子」ってイメージしながら作っているの。でも手芸なんてただでさえ暗い趣味なのに、そんな細かい設定まで考えているなんて恥ずかしくて、誰にも言ったことが無いんだけど」
「そんなことない! イメージは大事だよ! キャラの背景を詳細に考えることで、生き生きとした表現が生まれるんだから!」
つい熱くなるカザネの勢いに、ハンナは苦笑しつつも、
「カザネが言うと説得力がある……カザネは本気でクリエイターを目指しているんだもんね」
「うん! だからハンナの作品、すごく感動した! 1つ1つ、すごくこだわって作っているよね!」
物語でも芸術でも、素晴らしい作品に触れると、胸の中に熱い気持ちが沸き立つ。私もがんばろうって意欲がブワッと湧いて来て、今日ここに来られて本当に良かったとカザネは思った。
しかしカザネの言葉に、ハンナは突然泣き出した。カザネはなぜ彼女が泣き出したのか分からず、オロオロしていたが、
「ゴメンね、突然泣いちゃって」
ハンナは眼鏡を外して涙を拭いながら、
「自分にしか分からない、くだらない趣味かと思っていた。それをカザネが私と同じくらい気に入ってくれて、とても嬉しかったの」
自分にしか分からない、くだらない趣味という言葉が、密かにカザネの胸に刺さった。カザネは今マイチューブで自作のアニメを公開している。今では少しだが、広告収入も得ている。でもPVや感想やお金という形で作品に対する反響を受け取るまでは、
「自分の作ったものに価値はあるのかな?」
と疑うことも多かった。自分で楽しむだけじゃなく、好きや喜びを分かち合いたい気持ちが、誰の心にもあるのだろう。もし否定されたらと怖いだけで、ハンナも本当は多くの人たちと喜びを分かち合いたいのかもしれない。
そう考えたカザネは、お節介かもしれないとは思いつつ、
「ハンナの作品をもっと人に見てもらったらどうかな? ハンナのヌイグルミが欲しいと思うの、絶対に私だけじゃないよ」
「でも私、宣伝とか販売とかは苦手で……この子たちを作る時間が無くなっちゃったら、本末転倒かなって」
「それは確かにあるよね。私も作るのは好きだけど、作ったものをアピールするのは苦手だし」
作るのは好きだけど、宣伝や販売で尻込みしてしまうカザネとハンナは、他の人の知恵を借りることにした。と言っても、学校では目立たない存在のカザネたちに相談できる人は限られている。
2人はいちばん話しやすいジムに取りあえず相談した。カザネたちはジムの部屋に行って、ハンナのヌイグルミを見せると、
「わっ、いいね、この子たち。全部ハンナが作ったの? こんなにユニークなキャラたちを1から作れるなんてすごいや!」
カザネに続きジムにもべた褒めされたハンナは、
「そ、そんな。褒めすぎよ」
本人は照れたように否定したが、ジムは落ち着いた口調で
「でもカザネの言うとおり、才能があるなら見せなきゃもったいないよ。販売や発送をする自信が無いなら、僕も手伝うからやってみたら?」
「えっ、ジムが手伝ってくれるの?」
「どうせ暇だし……一緒にしてなんだけど、僕と同じで学校では目立たないハンナに、こんな才能があるなら応援したいなって」
「って、なんか偉そうだけど」とジムは照れたように頬を掻いた。そんなジムに、
「そ、そんなことない。あなたが手伝ってくれるなんて、とても嬉しい。ジムが居てくれるなら心強いわ」
頬を染めながら感謝を述べるハンナを見て
(あれ? ハンナって、もしかしてジムが好きなのかな?)
カザネはふと彼女の気持ちに気付いた。ハンナはシャイなので照れるのも、キョドるのも珍しくない。しかしシャイだからこそ、お世辞を言うのも躊躇ってしまうタイプだ。つまりハンナが一生懸命人を褒める時は、よほど相手に好意を伝えたい時だ。
ハンナの密かな恋心に気付いたカザネは、別の意味でも胸が熱くなって来た。こりゃハンナの恋もヌイグルミ作りも、どっちも応援するっきゃないね! と。
「やぁ、お嬢ちゃん。調子はどうだい?」
と挨拶代わりに、ブライアンはカザネの頬をムニッと摘まんだり髪をワシャワシャしたりする。ただ意地悪をする一方で、たまにアイスやお菓子をくれることもある。「リュックに付けなよ」とフィギュアをくれたことといい、全体的に子ども扱いだ。もしかしたら彼は、私を近所の子どもか何かと勘違いしているのかもしれないとカザネは思っていた。
ミシェルと取り巻きたちはそれを見て睨んだり嫌味を言ったりはするものの、あれ以降ものを盗むとか、少女漫画よろしく呼び出してリンチなどの凶行はしていない。ブライアンが好きだからこそ、彼に本気で軽蔑されるような真似はできないのだった。
順風満帆とは言えないものの、なんとかアメリカでの生活が落ち着いて来た頃。カザネは日曜日にハンナの家に招かれた。休日に家に呼んでもらえると、懐に入れてもらえたみたいで嬉しいとカザネは喜んだ。
ハンナは引っ込み思案なので、学校でのファッションも地味だ。自室もきっと大人しめだろうとカザネは想像していたが、
「わぁ、カラフルで素敵な部屋だね!」
ハンナの部屋は絵の具をぶちまけたようなポップな色調だった。壁紙は濃い目のオレンジで、散らかっているわけではないが、個性的なデザインの小物で溢れている。いかにも芸術家の部屋という感じだ。
さらに棚には、たくさんのヌイグルミが飾られていて
「この子たち、可愛い! どこで買ったの?」
同じ作家の作品のようなのでシリーズものかとカザネが尋ねると、
「それは買ったんじゃなくて私が作ったの」
「えっ!? ハンナが作ったの!? すごいね、こんなに可愛いものを作れちゃうなんて!」
技術的にも優れているが、カラフルな布地で作られたとぼけ顔のモンスターたちがファニーで可愛い。
「あ、ありがとう。そんなに褒めてくれて。親にはテディベアとかユニコーンとか、もっと可愛いものを作ればいいのにって言われるから、褒めてくれて嬉しい」
「テディベアやユニコーンも可愛いけど、私はこういうユーモラスで愛嬌のあるキャラのほうが好き!」
作品や部屋には人柄が表れる。ハンナって一見大人しいけど、本当はユニークな発想とセンスを持った面白い子なんだなと、カザネはもっと彼女が好きになった。
さてはハンナもクリエイターだなと見込んだカザネは
「ハンナはもしかしてヌイグルミ作家になりたいの?」
「ううん、そんな。ただの趣味よ。売り物になるほどじゃないから」
趣味で創作している人の中には「売れるよ」とか「仕事にしたら?」と言われるのが苦手な人も居る。売れなきゃ意味が無い。仕事じゃ無きゃ価値が無いと言われているように感じるらしい。
だから趣味で楽しんでいる人に、仕事にすべきだと言うつもりはないが、
「でも、ちょっと残念だな。趣味ってことはハンナのヌイグルミ、買うことはできないってことだもんね」
値段にもよるが、できれば集めたいほど、カザネにとってハンナのヌイグルミたちは魅力的だった。
「あの、カザネが欲しいなら好きなのを譲るわ。今まで手慰みでやっていたけど、私も自分が作ったものを人が気に入ってくれたら嬉しいから」
「えっ、いいの!? 嬉しい! どの子にしようかな?」
ハンナの申し出にカザネは「いちばんお気に入りの子を選ぶぞ!」と張り切って選びはじめた。1つ1つ真剣に吟味するうちに、カザネはあることに気付いて
「もしかしてこの子たち、1人1人に性格とか関係の設定があったりする?」
「どうしてそう思うの?」
「だってこの子たち、1人1人本当に個性的で表情があるから。もしかしてハンナの中で「この子はこういう子」って設定があるのかなって」
「すごい、カザネ。見ただけでそんなことが分かるなんて」
ハンナは褒めてくれたが、カザネからすれば一目で分かるほど、個性的な人形を作れる彼女の表現力のほうがすごかった。
しかし気弱なハンナは自分がすごいという自覚が無いようで
「実はカザネの言うとおり、自分の中で「この子はこういう子」ってイメージしながら作っているの。でも手芸なんてただでさえ暗い趣味なのに、そんな細かい設定まで考えているなんて恥ずかしくて、誰にも言ったことが無いんだけど」
「そんなことない! イメージは大事だよ! キャラの背景を詳細に考えることで、生き生きとした表現が生まれるんだから!」
つい熱くなるカザネの勢いに、ハンナは苦笑しつつも、
「カザネが言うと説得力がある……カザネは本気でクリエイターを目指しているんだもんね」
「うん! だからハンナの作品、すごく感動した! 1つ1つ、すごくこだわって作っているよね!」
物語でも芸術でも、素晴らしい作品に触れると、胸の中に熱い気持ちが沸き立つ。私もがんばろうって意欲がブワッと湧いて来て、今日ここに来られて本当に良かったとカザネは思った。
しかしカザネの言葉に、ハンナは突然泣き出した。カザネはなぜ彼女が泣き出したのか分からず、オロオロしていたが、
「ゴメンね、突然泣いちゃって」
ハンナは眼鏡を外して涙を拭いながら、
「自分にしか分からない、くだらない趣味かと思っていた。それをカザネが私と同じくらい気に入ってくれて、とても嬉しかったの」
自分にしか分からない、くだらない趣味という言葉が、密かにカザネの胸に刺さった。カザネは今マイチューブで自作のアニメを公開している。今では少しだが、広告収入も得ている。でもPVや感想やお金という形で作品に対する反響を受け取るまでは、
「自分の作ったものに価値はあるのかな?」
と疑うことも多かった。自分で楽しむだけじゃなく、好きや喜びを分かち合いたい気持ちが、誰の心にもあるのだろう。もし否定されたらと怖いだけで、ハンナも本当は多くの人たちと喜びを分かち合いたいのかもしれない。
そう考えたカザネは、お節介かもしれないとは思いつつ、
「ハンナの作品をもっと人に見てもらったらどうかな? ハンナのヌイグルミが欲しいと思うの、絶対に私だけじゃないよ」
「でも私、宣伝とか販売とかは苦手で……この子たちを作る時間が無くなっちゃったら、本末転倒かなって」
「それは確かにあるよね。私も作るのは好きだけど、作ったものをアピールするのは苦手だし」
作るのは好きだけど、宣伝や販売で尻込みしてしまうカザネとハンナは、他の人の知恵を借りることにした。と言っても、学校では目立たない存在のカザネたちに相談できる人は限られている。
2人はいちばん話しやすいジムに取りあえず相談した。カザネたちはジムの部屋に行って、ハンナのヌイグルミを見せると、
「わっ、いいね、この子たち。全部ハンナが作ったの? こんなにユニークなキャラたちを1から作れるなんてすごいや!」
カザネに続きジムにもべた褒めされたハンナは、
「そ、そんな。褒めすぎよ」
本人は照れたように否定したが、ジムは落ち着いた口調で
「でもカザネの言うとおり、才能があるなら見せなきゃもったいないよ。販売や発送をする自信が無いなら、僕も手伝うからやってみたら?」
「えっ、ジムが手伝ってくれるの?」
「どうせ暇だし……一緒にしてなんだけど、僕と同じで学校では目立たないハンナに、こんな才能があるなら応援したいなって」
「って、なんか偉そうだけど」とジムは照れたように頬を掻いた。そんなジムに、
「そ、そんなことない。あなたが手伝ってくれるなんて、とても嬉しい。ジムが居てくれるなら心強いわ」
頬を染めながら感謝を述べるハンナを見て
(あれ? ハンナって、もしかしてジムが好きなのかな?)
カザネはふと彼女の気持ちに気付いた。ハンナはシャイなので照れるのも、キョドるのも珍しくない。しかしシャイだからこそ、お世辞を言うのも躊躇ってしまうタイプだ。つまりハンナが一生懸命人を褒める時は、よほど相手に好意を伝えたい時だ。
ハンナの密かな恋心に気付いたカザネは、別の意味でも胸が熱くなって来た。こりゃハンナの恋もヌイグルミ作りも、どっちも応援するっきゃないね! と。
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