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九月のこと
いつか夢を叶えるために
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リュックの紛失がカザネへの嫌がらせなら、どこかに捨てられているかもしれない。そう考えたカザネは教室を出た後、まずは校内のゴミ箱を調べて回った。それでも見つからないので、今は外のゴミ捨て場を探している。
しかしどれだけゴミ袋を漁っても、一向にフィギュアは見つからない。臭くて汚いのを抜きにしても、これだけ大量のゴミ袋を調べるのは体力的にもキツイ。
だんだん気持ちも弱って来て、なんでこんな意地悪をされるんだろうとか。もう見つからないかも、と泣きそうになっていると、
「おい」
声に振り返ると、そこにはブライアンが立っていた。普段なら見たくない顔だが、
「探し物はこれかい?」
「あっ! 私のリュック!」
カザネはブライアンからリュックを受け取ると、「もう離さないぞ!」というようにギュッと抱きしめて
「どこにあったの?」
「お前も察しているだろうけど、ミシェルと取り巻きが隠していたんだよ。どうも俺がお前を構うからって嫉妬したらしいな」
ブライアンの説明を聞いたカザネは不服そうな顔で
「なんで私に嫉妬なんか。ただイジメられているだけなのに」
カザネにとっては二重の災難だが、女子にとっては学園のキングであるブライアンに構われることは、例え悪戯でも羨ましいことだった。
ブライアンはそんな女子の心理を理解していたが、
「本当にな。お前のポジションになったからって、蜘蛛やヘビのプレゼントなんか、もらいたくもないはずだけど」
空気を読んでカザネに同調した。カザネは改めてブライアンに、
「リュックを見つけてくれてありがとう。大事なものだから、見つかって良かった」
ブライアンが原因とは言え、実際にリュックを盗んだのはミシェルだ。取り返してくれたことはありがたいと、素直に感謝すると
「そんな普通のリュックがそんなに大事なのか? ゴミ箱を漁るほど?」
「ううん。大事なのはこっち」
カザネが見せたのは、リュックに付けたフィギュアだった。ドリームピクチャーが制作した『リトルヒーロー』という映画の主人公のリス。タイトルにヒーローとあるとおり、体は小さなリスなのに、スーパーマンのような格好をしている。
「ただのフィギュアに見えるけど、プレミアがついているとか?」
「高価とか貴重とかで大事なんじゃないよ。これは中学の時の先生が、私の夢が叶うようにってくれたんだ」
「お前の夢って?」
「……君は馬鹿にしそうだから言わない」
相手がブライアンだからではなく、過去さんざん否定されたトラウマから、カザネは説明を嫌がった。しかしブライアンに
「なんだよ、言えよ。お前のお宝を取り返してやったんだから、そのくらいの権利あるだろ?」
そう言われたカザネは、少し悩んだ末に自分の夢を話した。
カザネの夢は『リトルヒーロー』をはじめ、たくさんのアニメ映画を製作している世界的アニメスタジオ・ドリームピクチャーで働くことだ。
けれど、カザネの夢を聞いたブライアンは
「は? 無理だろ。倍率どんだけだと思っているんだ。現地人だって難しいのに、日本人のお前が採用されるはずないだろ」
そんな否定が自然に出るほど、それは不可能に近い夢だった。今日ここでブライアンに言われる前にも、カザネはたくさんの人たちに「それは無理だよ」と否定されて来た。他人はともかく家族や友だちにまで。カザネ自身も子どもの頃からの夢が、成長するにつれてどんなに難しいことか分かって、自分には無理だと半ば諦めていた。
しかし中学の美術の先生が言ってくれた。
「心からの想いが報われなかったり、笑われたりしたら辛いけどさ。本気で夢を追いかけた時間と努力は、絶対に無駄にはならないから。ダメだったらどうしようなんて怖がらないで、絵宮さんには自分のいちばんの夢を叶えて欲しいな」
数え切れないほどの否定に対し、諦めるなと言ってくれたのは、たった1人だった。でも、そのたった1つの言葉が、カザネ自身も見失っていた本心に気付かせてくれた。否定されるのは怖くて痛いけど、本当は夢を諦めたくないのだと。このフィギュアは、その先生が卒業の時にくれたものだった。
カザネはブライアンにフィギュアをもらった経緯を話し終えると、
「私が日本のアニメじゃなくて、ドリームピクチャーにこだわるのもそこなんだ。ブライアンは見たことがあるか分からないけど、ドリームピクチャーのアニメは一貫して踏み出す勇気と、夢は叶うことを謳っているから。いつか私も誰かの勇気や希望に変わる作品を作りたいんだ」
自分が背中を押されたように、誰かの夢を応援したい。そんな初心が胸に蘇って
「だから、これを無くさないで良かった。これは先生が卒業の時にくれたお守りで、私の夢の象徴だから。見つけてくれて本当にありがとう。ブライアン」
その想いは光のように、カザネの笑顔を輝かせた。そんな顔で笑う人間は、ブライアンの周りには居なかったので
「ブライアン?」
「……はっ? えっ、何?」
「フリーズしているから。どうしたの?」
フリーズではなく、しばし見惚れたのだ。しかし男だか女だか分からない日本人のオタク女に、なんで見惚れなきゃいけないんだとブライアンはバツが悪そうに顔を逸らすと、
「いや、別になんでも……見つかって良かったな」
その言葉を聞いたカザネは、やっぱりジムの言うとおり、根っからの悪人じゃなさそうだと彼への評価を改めた。
リュックは取り戻したが、また何がきっかけで意地悪されるか分からない。そこでカザネは、恩師からもらったフィギュアをリュックから外して自室に置くことにした。
カザネのリュックは無地の単色なので、フィギュアを外すと少し寂しかった。でもまた無くしちゃうよりはいいよねと、3日ほどはそのまま通っていたのだが。
朝、カザネとジムがバスを待っていると、またもブライアンが声をかけて来た。ブライアンは車を止めると、カザネのほうに腕だけ伸ばして、
「おはよ、お嬢ちゃん。オモチャ無しじゃ寂しいだろ? これやるよ」
ブライアンがくれたのは、チェーン付きのフィギュアだった。これもドリームピクチャーのキャラで、世界中で様々なグッズ展開をされるほど人気だった。
「ドリームピクチャーのファンだと言っていたから。あそこの作品を好きなヤツは、大抵それも好きだろ?」
「確かに好きだけど、どうして私にくれるの?」
カザネは質問しつつ、もしかしてミシェルの嫉妬で迷惑をかけたお詫びなのかなと予想した。だとしたら、ブライアンってけっこういいヤツなのでは? と見直しかけたのも束の間、ブライアンはニヤッとして
「お前が小さな子どもみたいに、リュックにオモチャをつけて歩いている姿が好きだからさ」
「けっきょく馬鹿にしているね!?」
毛を逆立てて怒るカザネに、ブライアンは楽しそうに笑うと、
「じゃあな、お嬢ちゃん。女子に睨まれているからって、めげるんじゃないぞ」
と言い残して車を発進させた。そのやり取りを見ていたジムは苦笑いで
「すっかり気に入られちゃったみたいだね?」
カザネよりはジムのほうがブライアンに詳しいのだろうが、その見解には同意しかねる。カザネはブライアンに若干の不満を抱きつつ、手の中のフィギュアはやっぱり可愛くて、彼の思惑どおりかもと思いつつ、新しい子をリュックにつけた。
しかしどれだけゴミ袋を漁っても、一向にフィギュアは見つからない。臭くて汚いのを抜きにしても、これだけ大量のゴミ袋を調べるのは体力的にもキツイ。
だんだん気持ちも弱って来て、なんでこんな意地悪をされるんだろうとか。もう見つからないかも、と泣きそうになっていると、
「おい」
声に振り返ると、そこにはブライアンが立っていた。普段なら見たくない顔だが、
「探し物はこれかい?」
「あっ! 私のリュック!」
カザネはブライアンからリュックを受け取ると、「もう離さないぞ!」というようにギュッと抱きしめて
「どこにあったの?」
「お前も察しているだろうけど、ミシェルと取り巻きが隠していたんだよ。どうも俺がお前を構うからって嫉妬したらしいな」
ブライアンの説明を聞いたカザネは不服そうな顔で
「なんで私に嫉妬なんか。ただイジメられているだけなのに」
カザネにとっては二重の災難だが、女子にとっては学園のキングであるブライアンに構われることは、例え悪戯でも羨ましいことだった。
ブライアンはそんな女子の心理を理解していたが、
「本当にな。お前のポジションになったからって、蜘蛛やヘビのプレゼントなんか、もらいたくもないはずだけど」
空気を読んでカザネに同調した。カザネは改めてブライアンに、
「リュックを見つけてくれてありがとう。大事なものだから、見つかって良かった」
ブライアンが原因とは言え、実際にリュックを盗んだのはミシェルだ。取り返してくれたことはありがたいと、素直に感謝すると
「そんな普通のリュックがそんなに大事なのか? ゴミ箱を漁るほど?」
「ううん。大事なのはこっち」
カザネが見せたのは、リュックに付けたフィギュアだった。ドリームピクチャーが制作した『リトルヒーロー』という映画の主人公のリス。タイトルにヒーローとあるとおり、体は小さなリスなのに、スーパーマンのような格好をしている。
「ただのフィギュアに見えるけど、プレミアがついているとか?」
「高価とか貴重とかで大事なんじゃないよ。これは中学の時の先生が、私の夢が叶うようにってくれたんだ」
「お前の夢って?」
「……君は馬鹿にしそうだから言わない」
相手がブライアンだからではなく、過去さんざん否定されたトラウマから、カザネは説明を嫌がった。しかしブライアンに
「なんだよ、言えよ。お前のお宝を取り返してやったんだから、そのくらいの権利あるだろ?」
そう言われたカザネは、少し悩んだ末に自分の夢を話した。
カザネの夢は『リトルヒーロー』をはじめ、たくさんのアニメ映画を製作している世界的アニメスタジオ・ドリームピクチャーで働くことだ。
けれど、カザネの夢を聞いたブライアンは
「は? 無理だろ。倍率どんだけだと思っているんだ。現地人だって難しいのに、日本人のお前が採用されるはずないだろ」
そんな否定が自然に出るほど、それは不可能に近い夢だった。今日ここでブライアンに言われる前にも、カザネはたくさんの人たちに「それは無理だよ」と否定されて来た。他人はともかく家族や友だちにまで。カザネ自身も子どもの頃からの夢が、成長するにつれてどんなに難しいことか分かって、自分には無理だと半ば諦めていた。
しかし中学の美術の先生が言ってくれた。
「心からの想いが報われなかったり、笑われたりしたら辛いけどさ。本気で夢を追いかけた時間と努力は、絶対に無駄にはならないから。ダメだったらどうしようなんて怖がらないで、絵宮さんには自分のいちばんの夢を叶えて欲しいな」
数え切れないほどの否定に対し、諦めるなと言ってくれたのは、たった1人だった。でも、そのたった1つの言葉が、カザネ自身も見失っていた本心に気付かせてくれた。否定されるのは怖くて痛いけど、本当は夢を諦めたくないのだと。このフィギュアは、その先生が卒業の時にくれたものだった。
カザネはブライアンにフィギュアをもらった経緯を話し終えると、
「私が日本のアニメじゃなくて、ドリームピクチャーにこだわるのもそこなんだ。ブライアンは見たことがあるか分からないけど、ドリームピクチャーのアニメは一貫して踏み出す勇気と、夢は叶うことを謳っているから。いつか私も誰かの勇気や希望に変わる作品を作りたいんだ」
自分が背中を押されたように、誰かの夢を応援したい。そんな初心が胸に蘇って
「だから、これを無くさないで良かった。これは先生が卒業の時にくれたお守りで、私の夢の象徴だから。見つけてくれて本当にありがとう。ブライアン」
その想いは光のように、カザネの笑顔を輝かせた。そんな顔で笑う人間は、ブライアンの周りには居なかったので
「ブライアン?」
「……はっ? えっ、何?」
「フリーズしているから。どうしたの?」
フリーズではなく、しばし見惚れたのだ。しかし男だか女だか分からない日本人のオタク女に、なんで見惚れなきゃいけないんだとブライアンはバツが悪そうに顔を逸らすと、
「いや、別になんでも……見つかって良かったな」
その言葉を聞いたカザネは、やっぱりジムの言うとおり、根っからの悪人じゃなさそうだと彼への評価を改めた。
リュックは取り戻したが、また何がきっかけで意地悪されるか分からない。そこでカザネは、恩師からもらったフィギュアをリュックから外して自室に置くことにした。
カザネのリュックは無地の単色なので、フィギュアを外すと少し寂しかった。でもまた無くしちゃうよりはいいよねと、3日ほどはそのまま通っていたのだが。
朝、カザネとジムがバスを待っていると、またもブライアンが声をかけて来た。ブライアンは車を止めると、カザネのほうに腕だけ伸ばして、
「おはよ、お嬢ちゃん。オモチャ無しじゃ寂しいだろ? これやるよ」
ブライアンがくれたのは、チェーン付きのフィギュアだった。これもドリームピクチャーのキャラで、世界中で様々なグッズ展開をされるほど人気だった。
「ドリームピクチャーのファンだと言っていたから。あそこの作品を好きなヤツは、大抵それも好きだろ?」
「確かに好きだけど、どうして私にくれるの?」
カザネは質問しつつ、もしかしてミシェルの嫉妬で迷惑をかけたお詫びなのかなと予想した。だとしたら、ブライアンってけっこういいヤツなのでは? と見直しかけたのも束の間、ブライアンはニヤッとして
「お前が小さな子どもみたいに、リュックにオモチャをつけて歩いている姿が好きだからさ」
「けっきょく馬鹿にしているね!?」
毛を逆立てて怒るカザネに、ブライアンは楽しそうに笑うと、
「じゃあな、お嬢ちゃん。女子に睨まれているからって、めげるんじゃないぞ」
と言い残して車を発進させた。そのやり取りを見ていたジムは苦笑いで
「すっかり気に入られちゃったみたいだね?」
カザネよりはジムのほうがブライアンに詳しいのだろうが、その見解には同意しかねる。カザネはブライアンに若干の不満を抱きつつ、手の中のフィギュアはやっぱり可愛くて、彼の思惑どおりかもと思いつつ、新しい子をリュックにつけた。
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