ブライアンのお気に入り

知見夜空

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九月のこと

アイスをくれたと思ったら

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 恐ろしいことに、こんなくだらない悪戯が、あれから1週間も続いている。しかもブライアンは蜘蛛だけでなく、ヘビにネズミにゴキブリと日替わりで攻撃して来る。これだけバリエーションを増やされると、なかなか慣れず、カザネは常に新鮮な衝撃と恐怖を与えられている。

「大丈夫? カザネ」

 午前の授業を終えてランチタイム。今日は天気がいいので屋内ではなく外のベンチで、カザネはジムたちと昼食を食べていた。

 ジムの質問にカザネは「うぅ」と唸りながら、

「話が違うよ、ジム。ブライアンは単なるいじめっ子じゃないんじゃなかったの?」
「僕もあんなブライアンははじめて見たよ。前にも言ったけど、普段の彼はもっとクールで大人っぽいんだ。それなのに君をからかう時は妙に子どもっぽくなると言うか……ある意味、気に入られたのかも?」

 ジムはフォローのつもりだったようだが、

「それ絶対に音が鳴るオモチャ的な意味だよね!?」

 カザネの頭には、赤ちゃんや犬がプピプピ鳴らすオモチャのイメージが浮かんだ。

「とにかく授業中に気持ち悪いオモチャで驚かせるのはやめて欲しいよ。先生に叱られるし、ミシェルたちに睨まれるし、さんざんだよぉ」

 溜息とともに、カザネがガクッと項垂れた瞬間。

「って、うひゃあっ!?」

 首筋に冷たい何かが触れて、カザネは思わず悲鳴をあげた。すでに満身創痍のカザネを、さらに鞭打ったのはもちろん。

「ははっ、本当にいい声で鳴くな」
「ぶ、ブライアン」
「今度は何しに来たんだよぉぉ?」

 戸惑うジムを盾にして全身で警戒するカザネに、ブライアンはケロッとした顔で、

「何って、はるばる日本から来た留学生が萎れているみたいだから、励ましに来てやったんじゃないか」

 「嘘だ!」とカザネは思ったが、ブライアンは意外にも、

「ほら、アイスだよ、お嬢ちゃん。甘いもんでも食べて元気を出しな」

 差し出されたのはカップアイスで、けっこう高級そうなヤツだった。さっき首に触れた冷たいものはこれだったのかと気づいたカザネは

「えっ? 本当にくれるの?」
「もちろん。溶けないうちに召し上がれ」
「わー、ありがとう。まだ暑い時期だから嬉しい」

 単にアイスが好きなのもあるが、もしかしてお詫びのつもりかもしれないと笑顔で厚意を受け取ると、

「って、なんで笑うの?」

 いつものニヤニヤ笑いではなく、ブライアンは本気でウケている様子だ。何が面白いのか分からず説明を求めると、

「だってさっきまで俺のことを愚痴っていたヤツが、アイス1つでコロッと笑顔になるなんて面白いじゃないか。可愛いねぇ、お嬢ちゃんは本当に。身も心もお子様だねぇ」

 大きな手でよしよしとブライアンに頭を撫でられたカザネは

「私を侮辱しないと死ぬ呪いにでもかかっているの!?」

 その場はキレて手を振り払ったが、ブライアンが立ち去った後。

「と言いつつ、アイスは食べるんだね?」
「だって見たことないヤツで美味しそうだし、むしろこれでアイスを拒んだら、馬鹿にされ損という気もするので」

 苦笑するジムに、てへへと笑いながら返すと、

「えっ? なんでハンナまで頭を撫でるの?」

 疑問符を浮かべるカザネに、ハンナはクスクスと上品に笑いながら、

「ゴメンなさい。ブライアンじゃないけど、可愛いなって」
「どうせお子様だよー……」

 カザネは2人から隠れるように、またアイスをひと口食べた。


 カザネをからかい終えたブライアンは、いつもつるんでいる1軍グループに戻った。

「またあの日本人を弄りに行っていたのか? ブライアン」
「お前、本当にあの子が好きな」
「まぁね。割とお気に入り」

 彼らの近くの席で、そのやり取りを耳にしたミシェルは、

「お気に入りだなんて言って、あまり勘違いさせないほうがいいわよ。あの子異性に免疫が無さそうだし、ただでさえ日本女は金髪の白人男に目が無いんだから」

 ブライアンは彼女の嫉妬に気付いていた。しかし恋人でもない女の機嫌を取る義理は無いので、

「アイツはそういうタイプじゃないだろ。リュックにオモチャを付けて学校に通ってさ。生身の男よりアニメやコミックに夢中って感じ」

 ただカザネは男好きでは無いだろうとだけ、やんわりフォローすると、

「オタクもあそこまで行くと無邪気で可愛いよな」

 ジムとハンナから隠れるようにアイスを食べるカザネを見て、ブライアンは自然と微笑んだ。それは彼が普段、他人に見せるために作っている完璧な表情とは違う心からの笑顔。

 その稀有な笑顔が魅力的であるほど周囲の女たち、特にミシェルは危機感を覚えた。危機を感じた人間の取る行動は主に2つ。自分が逃げるか。もう1つは――――。
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