ブライアンのお気に入り

知見夜空

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九月のこと

プロローグ・隣のキング様

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 高校2年の夏。日本人の絵宮風音えみやかざねは、交換留学でアメリカにやって来た。今年の8月から来年の6月まで、マクガン家にホームステイさせてもらいながら、地元の高校に通うことになる。

 マクガン家は40代半ばのご夫婦と、一人息子のジムの3人家族だ。夫妻も親切で温かい人たちだが、カザネは特に同い年のジムと仲良くなった。カザネは女でジムは男だが、2人ともアニメやマンガが好きと言う共通点があったので、新学期までのお休み期間に、まるで親友のように打ち解けた。

 アメリカに来る前のカザネは、ホームステイ先に馴染めるか、友だちはできるかと不安だった。しかしジムと仲良くなれた時点で、学校にも友だちが1人は居るということだ。

 カザネが留学した主な目的は、英語力の向上とアメリカの生活を知るためだった。生きた英語を学ぶためにも、この調子で話し相手がたくさんできたらいいなとカザネは期待した。

 そして9月に入り新学期。空もよく晴れて気持ちいい朝。マクガン家の近くのバス停で、カザネとジムがスクールバスを待っていると、

「よぉ、ジム」

 白人の男子高校生が、ジープの運転席から声をかけて来た。Tシャツにジーパンとラフな格好に、彼が所属するバスケ部のジャンパーを羽織っている。

 金髪碧眼とザ・アメリカ人な容姿の彼は、モデル顔負けの整った顔をカザネたちに向けて、

「誰だい? そのお前にソックリの小さなお友だちは。しばらく見ないうちに弟でもできたか?」
「わっ、ブライアンっ」

 ブライアンに声をかけられたジムは、ビクッと肩を震わせた。

(声をかけられただけで震えるって、ジムは彼が怖いのかな?)

 心配そうに見守るカザネに、ブライアンはふとあることに気づいて

「あれ、ソイツ。確かお前の家に居候している留学生か?」
「こ、こんにちは」

 実はカザネとブライアンは、今回が初対面ではなかった。彼はマクガン家の隣に住んでいるので、夏休み中におばさんから紹介されていた。と言ってもブライアンの家の前の通りで、5分にも満たない紹介があっただけなので、お互いに今日まで存在を忘れていた。

 ちなみにブライアンは、その時にカザネを12、3歳くらいの少年だと誤解した。カザネは黒髪短髪で凹凸の無い小柄な体を、ジムそっくりのオタクルックで隠している。ノーメイクのうえに眼鏡をかけているので、彼女に悪意の無い人間でも、典型的オタク少年にしか見えなかった。

 カザネ自身も自分がオタク少年に見えるだろうことは理解しているので、誤解したブライアンに悪印象を抱くことは無かった。むしろ初対面では、ハリウッドスターのようにハンサムなブライアンに「すごいな、アメリカ」と見惚れたほどだった。

 しかし大人不在の場で、二度目の再会を果たしたブライアンは

「朝から可愛いね、ボクたち。もう高校生だって言うのに、リュックにお気に入りのオモチャをつけて。2人だけでバス通学なんて大丈夫? ママに車で送ってもらわなくていいのかい?」

 完璧な笑顔でいきなりカザネたちをディスって来た。突然の煽りにカザネはジムを振り返って、

「あれ、ジム? もしかして私たちケンカを売られている?」
「ダメだよ、カザネ。反応しちゃ」

 ジムは目を合わせないようにしているが、ブライアンは構わず話を続けて

「なぁ、そっちの……カザネだっけ? 良かったら、俺の車に乗せてやろうか? いくらジムの家で世話になっているからって、学校でまでそんなナードとつるんでいたら、お前までイジメられるぜ」
「じ、ジム、学校でイジメられているの? と言うか、ナードって?」

 カザネの質問に、ジムは「うぅ」と唸りながら

「スクールカーストの底辺って言うか、僕みたいに女の子にもモテず男子にも馬鹿にされる日陰者みたいなこと……」

 アメリカの映画にはよく気弱で冴えない主人公と、態度のデカい運動部の少年という構図が出て来る。要するにその冴えないほうに属する人たちをナードと呼ぶようだ。

 気まずそうに自分の立場を説明するジムに、

「自分でナードの説明させられんの、ウケるな」

 ブライアンはカラカラと笑った。見た目だけなら魅力的な笑顔だが、

「高校生にもなって人をナード呼ばわりしてイジメるなんて、大きな体してずいぶんやることが幼稚なんだね」

 カザネは決して喧嘩っ早いタイプではない。赤の他人だったらスルーしていたかもしれないが、ジムはアメリカではじめての友だちで、居候させてもらっている恩もある。

 そのせいで思わずムッとして言い返したが、

「ちょっ、カザネ!? ダメだよ、ブライアンにそんなことを言ったら! ブライアンは学校のキングなんだから、彼に睨まれたら生きていけないよ!?」

 ジムの慌てように(えっ? そんなにヤバい人なの?)と内心ちょっと怯んだものの、

「ジムの言うとおり。ケンカは相手を見て売ったほうがいいぜ、お嬢ちゃん。東洋系ってだけでもマイナスなのに、チビでオタクで男だか女だか分からないお前なんて、ジム以上に雑魚だからな」

 ここまであからさまな侮辱を受けて、流石に黙ってはいられず

「だから君は自分より弱そうなヤツを選んでケンカを売るわけだ。でもそう言うのは、日本じゃ利口じゃなくて卑怯って言うんだよ」

 真正面から言い返すと、ブライアンは面白そうな顔をして

「へぇ? てっきりジムみたいな臆病者かと思ったら、ずいぶん勇敢じゃないか。特攻魂ってヤツかな? 日本人は命を粗末にするのが好きだね」

 淀みなくディスって来るブライアンに、カザネは思わず

「ジム~! アイツ、親どころか祖先までさかのぼって貶 けなして来るよ!」
「だからブライアンとはケンカしちゃダメだって。彼はスポーツ万能なだけじゃなくて頭もいいんだ。何を言ったって言い返されるよ」

 ジム曰くブライアンは映画でよく見るカッとなりやすい不良と違い、永遠に口論を続けられるタイプのようだ。今も気分を害するどころかニコニコとカザネを見ながら

「もう終わりかい? 日本人のお嬢ちゃん。せっかく楽しいおしゃべりだったのに」
「私は全然楽しくないし、もうバスが来たし、さよなら!」

 カザネはこれ以上付き合っていられないと、ちょうど到着したバスにジムと一緒に乗り込んだ。

 ケンカを買った自分も悪いが、アメリカ高校生活の大事な初日に、ケチがついちゃったなとカザネは軽く落ち込んだ。

 しかしブライアンとは8月に紹介されて以降、新学期の今日まで全く顔を合せなかった。お隣さんとは言え、ジムとも仲がいいわけじゃないようだし、そんなに会う機会は無いだろうと自分を安心させた。
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